Blog Action Day:環境経済学で考えてみる食べ物と地域の「貧困」の話

Posted on 2008年10月15日. Filed under: WebSig eco & peace | タグ: , , , , , |

(この記事は、「エコピのブログ」に書いたものと同じです。)

中野です。エコピのブログ、一発め。

思いやりはお金に換算できる!?」(著:有路 昌彦)を読みました。


本の表紙:思いやりはお金に換算できる!?

Blog Action Dayの2008年度のテーマ「貧困」に絡めて、この本の感想を書いてみます。

1970年代に登場した「環境経済学」という学問の紹介と、そのノウハウを通じて社会や環境の問題を考えてみようというアプローチの本。
ここでいう「環境」とは、森や海といった自然のこと(だけ)ではなく、「住環境」や「オフィス環境」というように、ぼくたちを取り巻くさまざまな条件を意味しているようです。

環境経済学は、簡単にいえば、目先の儲けに集中する「拡大再生産」に代わって、「長期の全体最適」を促します。「地球にはエネルギー資源がない? なら火星まで取りに行けばいいじゃん」(18ページ)といったイケイケスタイルを超え、「もろもろの条件の均衡点、つまり、『やじろべえの軸』を探し、バランスを取ること」(25ページ)が使命だと説明されています。
「やじろべえの軸」とは、たとえば自然資源でいえば刹那的に取り尽くし破壊し尽くしてしまわず、自然が復元し増えてくれるバランスに配慮する、といったところ。

また環境経済学では、苦しいことは嫌いで楽しいことは大好きという人間の本性を認めたうえで「できるだけ多くの人が喜び、楽しめるように設計し、そのうえで抜けがけや意地悪をしにくいシステムをつくる」(49ページ)ものだと説明されています。
「経済学」なので、京都のお祭りの経済効果(トラベル・コスト法)、森林が水を貯める能力はダム何基分(代替法)のようにお金をモノサシとして積極的に使うことで、全体最適を図ろうとします。

で、ここで「貧困」につながる話をしましょう。

「第三章 絶対的食糧難はもう始まっている」では、世界の水産資源が同時多発的に枯渇してきたこと、そしてそれに“貢献”しているのはぼくたち日本人で、「いやホントに、日本人は自分では意外と知りませんが、世界の魚を枯渇させていっているという点では『極悪』だと思いますよ、残念ながら」(97ページ)とさえ言っています。これはなかなかショッキング。

ではどうしたら? という点で、ひとつは、魚を買うとき、たまには(このゆるさが大切だ、と本書では何度も強調されています)水産物のエコラベル「MSC認証」付きのものを買ってみること。MSCマーク付きの魚は持続可能性に厳しく配慮した漁場管理の下で捕られていて、アラスカのサケやギンダラ、南アフリカのメルルーサ、アルゼンチンのホタテなどすでに世界で1400種を超える魚に付けられているらしい。
もうひとつは、外国産大型魚に押され、流通量が少なくなっている近海の魚を(たまには)食べ、買い支えること。これらの魚を丸ごと一匹勝ってきて、さばいてみることも勧めています。

もうひとつ「貧困」との関わりで見ておきたいのが、「第五章 超・高コスト社会から『イチ抜けた』するために」という章。
この章では主に、社会関係資本(人と人とのつながり)を増やすことで社会コスト(安全、教育、医療にかかるお金)を下げようと主張しています。

たとえば「おじいちゃんのウロウロは社会コストを下げる」。元気なお年寄りが外に出て花を植えたり、散歩をしていたりすることには防犯効果があり、警察のコストを減らせる。ゴミの分別をする、ゴミをつくらないことはゴミ処理のコストを減らす。結局のところ「サイフはひとつ」(160ページ)であり、コストが浮けば、税金でよりよい別のサービスが受けられるようになる、というわけです。

その中で、こうした社会コストを下げるための仕事では「ボランティアをしてはいけない」とも指摘しています。活動が長続きするためには、実際に働いた人が対価をもらうことも含めてシステムにする(「経済の一部になる」168ページ)べきで、そうでないと長くはまわらない、つまり持続可能でないからだそうです。

この点は、ぼくらはエコピ(WebSigエコ&ピース)の活動として社会・環境貢献団体のウェブサイト制作をお手伝いしていますが、考えさせられます。

まとめ。

アフリカの「絶対的貧困」のような問題を見ると、彼我の差のあまりの大きさに、ぼくらは何をすればいいのか戸惑います。が、たとえば「捕りすぎている」「食べ過ぎている」日本人として、「おいしいものを長く食べ続けていくためにはどうすればいいのか?」について意識を向けることも重要なのだとわかりました。

もうひとつ、「高コスト社会」とは人が官製サービスに頼り切り、近所や地域のさまざまな価値の発見がおろそかにされ、そのマッチングが図られていない状態と見ることができます。
一市民(一町民)としてできることは、なんだろう? ご近所を散歩してその魅力の発見に努めたり、区のウェブサイトを見て起こっていることに注目したり、イベントに参加してみたり、か(この本を読んでから、勇気を出してトライしてみています)。

ゴツい処方箋ではないけど、2008年10月15日のBlog Action Dayに貧困についてぼくが考えたのは、こんなことです。

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