旅:冬の知床で流氷に会ってきた話(と、流氷はいつまで見られるんだろうという話)

Posted on 2010年2月27日. Filed under: 未分類 | タグ: , |

先週末、北海道の知床半島で念願の流氷を見てきた。

日常に戻りきって感動を忘れちゃう前に、冬の知床でのすばらしい体験をシェア。

冬の知床、忘れられない風景

直前まで流氷の状況をウォッチし続け、「今だ!」ってタイミングで飛行機を予約したため(+幸運のお陰で)、今年ぼくらは流氷に会うことができた。

とっておきの写真をお見せします。

プユニ岬から望む、流氷で覆われたウトロ港方面(知床)。真っ白な流氷原。

プユニ岬から流氷で覆われたウトロ港方面(知床) Shiretoko, Winter

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「まじめなことを不真面目に」や「場外乱闘」が増えたら世の中もっと豊かになる、と思えた平田さんの話(WebSigエコピ勉強会)

Posted on 2008年12月12日. Filed under: WebSigエコ&ピース | タグ: , , , |

(2008年)12月3日のWebSigエコピ勉強会にゲストとしてお招きした「畑がついてるエコアパートをつくろう」の平田裕之さんの話がとてもよかったので、感想をシェア。先週はWebSig系イベントが3つ(エコピ、NewNew、年末会議)もあり、その全部にメインで関わっていたので今ごろになってしまったんですが。

イベントの概略は以前のエントリー、

「畑がついてるエコアパートをつくろう」の平田さんの話が聴けるよ
https://nakanohajime.wordpress.com/2008/11/27/ecoandpeace_ecoapartment/

にあるけど、平田さんは東京都足立区に“エコアパート”という、環境配慮型であり、土間や畑が、ついでにコミュニティまでくっついたオルタナティブな集合住宅を建てる中心になった人です。

前回のエントリーでも、このエコアパートプロジェクトには低炭素社会とか、コミュニティの再生とか、森を守ることとか、自分で作って食べることとか、それらをひっくるめてビジネスに還元するとかいろんな学ぶべき要素が含まれていると書きました(あと、その成功にウェブが重要な役割を果たしているってのもウェブ屋的には要注目ポイント)。

で、実際に勉強会で平田さんのお話を聴いてみて、改めてぼくに響いたポイントをまとめておきます。

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「畑がついてるエコアパートをつくろう」の平田さんの話が聴けるよ (WebSigエコピ勉強会のお知らせ)

Posted on 2008年11月27日. Filed under: WebSig24/7, WebSigエコ&ピース | タグ: , , , , , |

すでにmixiコミュ([mixi] WebSigエコ&ピース(愛称:エコピ))ではお知らせ済みだけど、こっちでもお知らせ!

ウェブ屋×楽しい環境・社会貢献」にトライしているWebSigエコピの毎月の勉強会ですが、12月は2008年最後にふさわしいすごいゲストを招いて、開催は「12月3日木曜日」です。

★今年最後は「畑がついてるエコアパート」平田さんがゲスト★エコピ勉強会(2008年12月)
http://mixi.jp/view_event.pl?id=37364934&comm_id=393756
(※mixi内のお知らせです。ログインしないと見られません)

今回のゲストは、「畑がついてるエコアパートをつくろう」プロジェクト(同名の本もあります)の平田裕之さん。

畑がついてるエコアパートをつくろう

畑がついてるエコアパートをつくろう

平田さんは、2006年から2007年にかけて東京都足立区に、エコロジカルであり、コミュニティをさまざまなかたちで巻き込む仕掛けなども持つ“エコアパート”をつくる中心となった人です。
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Blog Action Day:環境経済学で考えてみる食べ物と地域の「貧困」の話

Posted on 2008年10月15日. Filed under: WebSigエコ&ピース | タグ: , , , , , |

(この記事は、「エコピのブログ」に書いたものと同じです。)

中野です。エコピのブログ、一発め。

思いやりはお金に換算できる!?」(著:有路 昌彦)を読みました。


本の表紙:思いやりはお金に換算できる!?

Blog Action Dayの2008年度のテーマ「貧困」に絡めて、この本の感想を書いてみます。

1970年代に登場した「環境経済学」という学問の紹介と、そのノウハウを通じて社会や環境の問題を考えてみようというアプローチの本。
ここでいう「環境」とは、森や海といった自然のこと(だけ)ではなく、「住環境」や「オフィス環境」というように、ぼくたちを取り巻くさまざまな条件を意味しているようです。

環境経済学は、簡単にいえば、目先の儲けに集中する「拡大再生産」に代わって、「長期の全体最適」を促します。「地球にはエネルギー資源がない? なら火星まで取りに行けばいいじゃん」(18ページ)といったイケイケスタイルを超え、「もろもろの条件の均衡点、つまり、『やじろべえの軸』を探し、バランスを取ること」(25ページ)が使命だと説明されています。
「やじろべえの軸」とは、たとえば自然資源でいえば刹那的に取り尽くし破壊し尽くしてしまわず、自然が復元し増えてくれるバランスに配慮する、といったところ。

また環境経済学では、苦しいことは嫌いで楽しいことは大好きという人間の本性を認めたうえで「できるだけ多くの人が喜び、楽しめるように設計し、そのうえで抜けがけや意地悪をしにくいシステムをつくる」(49ページ)ものだと説明されています。
「経済学」なので、京都のお祭りの経済効果(トラベル・コスト法)、森林が水を貯める能力はダム何基分(代替法)のようにお金をモノサシとして積極的に使うことで、全体最適を図ろうとします。

で、ここで「貧困」につながる話をしましょう。

「第三章 絶対的食糧難はもう始まっている」では、世界の水産資源が同時多発的に枯渇してきたこと、そしてそれに“貢献”しているのはぼくたち日本人で、「いやホントに、日本人は自分では意外と知りませんが、世界の魚を枯渇させていっているという点では『極悪』だと思いますよ、残念ながら」(97ページ)とさえ言っています。これはなかなかショッキング。

ではどうしたら? という点で、ひとつは、魚を買うとき、たまには(このゆるさが大切だ、と本書では何度も強調されています)水産物のエコラベル「MSC認証」付きのものを買ってみること。MSCマーク付きの魚は持続可能性に厳しく配慮した漁場管理の下で捕られていて、アラスカのサケやギンダラ、南アフリカのメルルーサ、アルゼンチンのホタテなどすでに世界で1400種を超える魚に付けられているらしい。
もうひとつは、外国産大型魚に押され、流通量が少なくなっている近海の魚を(たまには)食べ、買い支えること。これらの魚を丸ごと一匹勝ってきて、さばいてみることも勧めています。

もうひとつ「貧困」との関わりで見ておきたいのが、「第五章 超・高コスト社会から『イチ抜けた』するために」という章。
この章では主に、社会関係資本(人と人とのつながり)を増やすことで社会コスト(安全、教育、医療にかかるお金)を下げようと主張しています。

たとえば「おじいちゃんのウロウロは社会コストを下げる」。元気なお年寄りが外に出て花を植えたり、散歩をしていたりすることには防犯効果があり、警察のコストを減らせる。ゴミの分別をする、ゴミをつくらないことはゴミ処理のコストを減らす。結局のところ「サイフはひとつ」(160ページ)であり、コストが浮けば、税金でよりよい別のサービスが受けられるようになる、というわけです。

その中で、こうした社会コストを下げるための仕事では「ボランティアをしてはいけない」とも指摘しています。活動が長続きするためには、実際に働いた人が対価をもらうことも含めてシステムにする(「経済の一部になる」168ページ)べきで、そうでないと長くはまわらない、つまり持続可能でないからだそうです。

この点は、ぼくらはエコピ(WebSigエコ&ピース)の活動として社会・環境貢献団体のウェブサイト制作をお手伝いしていますが、考えさせられます。

まとめ。

アフリカの「絶対的貧困」のような問題を見ると、彼我の差のあまりの大きさに、ぼくらは何をすればいいのか戸惑います。が、たとえば「捕りすぎている」「食べ過ぎている」日本人として、「おいしいものを長く食べ続けていくためにはどうすればいいのか?」について意識を向けることも重要なのだとわかりました。

もうひとつ、「高コスト社会」とは人が官製サービスに頼り切り、近所や地域のさまざまな価値の発見がおろそかにされ、そのマッチングが図られていない状態と見ることができます。
一市民(一町民)としてできることは、なんだろう? ご近所を散歩してその魅力の発見に努めたり、区のウェブサイトを見て起こっていることに注目したり、イベントに参加してみたり、か(この本を読んでから、勇気を出してトライしてみています)。

ゴツい処方箋ではないけど、2008年10月15日のBlog Action Dayに貧困についてぼくが考えたのは、こんなことです。

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[本] 生きていた!生きている? 境界線上の動物たち

Posted on 2008年9月9日. Filed under: 読書 | タグ: , , |

を読んだ。

絶滅の危機にある、またはすでに絶滅したとされる動物たちのことを、現地取材などを活かしながら綴った本。出版は98年なのでやや古い。シマフクロウ、ニホンカワウソ、ツキノワグマ、イヌワシなど有名な動物ばかりでなく、名前も知らなかったクニマス、ウケクチウグイのようなものも登場する。
明治の中ごろまでニホンアシカは東京湾を訪れていた、なんて史実も紹介される。

以下、強く印象に残ったところ。強調はすべてぼくによるもの。

「天狗たちの黄昏 イヌワシ」の章。

「これらの開発計画の最大の欠陥は、事前の環境調査(アセスメント)がまったく行われていない点だ、と菅家さんは語る。ダム計画ではまったくゼロ、大規模林道における調査はイヌワシが博士山を去ってから始められた。そして菅家さんが「A級戦犯」と語る広域基幹林道では、イヌワシの巣に最も近い心臓部の森を切り開くのにもかかわらず、植生の調査しか行わない。そして肝心のイヌワシの生息調査は「工事しながら調査する」という。これは建設省と水資源開発公団が長良川河口堰で行ったのと同じ手口のごまかしだ。」(43ページ)

アセスメントと聞いて、植物だけでも1300種を超える多様性を誇る(これは日本でトップレベルだとか)高尾山のどてっ腹にトンネルを掘るという「高尾山トンネル」問題を思い出した。

高尾山トンネル崩落、続報(動画つき):詩人53の【コノコトコトコトモノコトコラム】
http://53.ram.boo.jp/?eid=798796

1. 環境省による環境アセスメントはないの?
高尾山トンネル工事が話に持ち上がった当初から、アセスメントはある。が、環境省によるアセスメントはなく、都が行なっている。都の出してくる調査報告はあまりにもいい加減。高尾山にはない植物の名前が載っていたり、あるいはあるはずの植物が載っていなかったり。堪り兼ねた住民が、住民によるアセスメントを行ない、毎回提出しているが、返事は「問題ない」の一点張り。八王子城趾のトンネル工事の際には、「オオタカの産卵・巣立がゼロになった」という報告にすら、同様の回答だった。

「ウドの大魚 ウケクチウグイ」の章。

「農工業用水や発電などの水利用は、すべて効率性や利便性を追求するだけでは「次の変化」に対応できないことを人間が知るべきです。ひとつの目的のためだけに高効率を求めると、他の面ではまったくだめになってしまいます。コンクリートの三面張りもそうですが、治水効率は良くても、生物の多様性にはまるでだめです。(略)
ウケクチウグイは図体が大きいだけで、食用にも遊魚にも鑑賞にも適しません。人間には何の利用価値もない魚です。しかし、そういう魚が生きていて、その魚が生態系の中で、どういう役目を果たしているのか。それが忘れられ、軽視されています。そうした世の中では、全体が健全になることができないと思います。」(79ページ)

この取材は97年~98年のものだけど、この頃からこんなことが言われていたのか、という感じ。

「古代島の妖精 アマミノクロウサギ」の章。

「今から100万年ほど前に、九州と琉球列島の間にトカラ海峡が生まれた。この時点で大陸につながる細長い半島状になった琉球列島は、北から順に島として独立していった。そうか!本州から見れば中途半端に感じる位置の奄美大島だが、大陸から見れば奄美こそが“大陸の果て”に位置する島であったのだ。そして古代の動物たちが、新世代の動物たちとの生存競争を免れて生き残るタイムカプセルとなった。」(225ページ)

なんで琉球列島でも特に奄美大島に固有種が多いのかという話、納得した。

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[環境] 「持続可能」や「環境にやさしい」はちゃんと検証しないと

Posted on 2008年8月9日. Filed under: 未分類 | タグ: , , , |

今読んでいる「自然産業の世紀」という本の、「FSCの森林認証制度とこれからの林業」という章、脚注から。


ここでいう「適切な森林管理」とは法や規制の遵守とともに、森林の持続可能性に配慮した管理を意味する。しかしFSCでは、「持続可能な森林管理を認証」とは表現しない。これは、ISO14021における「持続可能性に関する概念は、きわめて複雑であり、いまだ研究途上にある。現時点では、持続可能性を計測したり、達成を確認する確実な方法がない。したがって、持続可能であると主張してはならない」という要求事項に基づくものである(JIS Q 14021、5、5)
」(63ページ・太字はぼくによるもの)

ほー、なるほどと思った。

ググッてみたところ、ISO14021に上記の記述があるのは、

商品詳細(Q&A 環境商品表示の実務) | 新日本法規出版株式会社 Webショップ
http://www.sn-hoki.co.jp/shop/product/book/detail_4969_8_0.html?hb=1


■第3章 環境配慮主張
第1 タイプⅡ環境ラベル(ISO 14021/JIS Q 14021)
1 環境配慮の主張と国際規格の内容
2 タイプⅡ環境ラベル規格の目的
3 すべての環境主張に適用される要求事項
4 シンボルの使用とその他の情報
5 主張の根拠と検証
6 個別の主張項目
Q59 個別企業の環境広告とISO規格
Q60 タイプⅡ環境ラベルの目的と規格の目的
Q61 あいまいな主張の具体例
Q62 具体的な数値を示した上でのあいまいな表現
Q63 「エコ」、「グリーン」等の商品名
Q64 不純物濃度
Q65 「有害成分を含まない」という表現
Q66 「持続可能性」の主張
Q67 主張の実証と検証
Q68 説明文が必要になる場合
Q69 第三者による実証とタイプⅡ環境ラベル
Q70 「実現可能性」の主張
Q71 主張の陳腐化
Q72 生産に関係する主張と主張する地域
Q73 メビウスループ以外のシンボル

あたりか。

他にもウェブで見つけた、

タイプII 環境ラベル及び宣言 自己宣言による環境主張
http://homepage2.nifty.com/wa-net77/report72.pdf

の「環境主張に適用される要求事項」の補足説明では、「(2)製品が環境に有益若しくは環境に優しいと大まかにほのめかす環境主張をしてはならない」とか「(5)自己宣言による環境主張は、主張だけでは誤解を招くおそれがある場合、説明文を付けなければならない。予測できるすべての状況において限定条件なしに有効である場合に限り、説明文なしに主張を行ってよい」といった記述がある。へー、ちゃんとしてるんだなぁ、と思った。

ネット上のコンテンツでは、(薬事法や景表法などの縛りがないわけではないけど)、「環境にやさしい」「エコ」といった環境への配慮を謳うキャッチフレーズは、今まさにBuzz(バズ)とも言ってもよく、野放図に、ムード先行で使われまくっているという現状がある。

これ、あまり容認していると、結局はトンデモの跋扈を許すことになり、百害あって一利ないことになるよな。このへん、ちゃんと考えていかないと。そうしないと、環境インパクトを低減したり、新たな循環をつくりだすために知恵を絞り、汗をかいたりしている人たちに本当に申し訳ないと思うんだ。

// しかし疑問なんだけど、ISOとかJISとかってなんでウェブ上で誰でも読める状態にしないんだろ? ぼくの勘違い?

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[シロクマ] Polar bear figure

Posted on 2008年7月15日. Filed under: 未分類 | タグ: , |


Polar bear figure, originally uploaded by jetalone.

家族買い(割引なし)。

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