ツールとツール屋の話(「草の根活動家のためのツール会議」に参加して)

Posted on 2012年12月3日. Filed under: Activism, patagonia | タグ: , |

2008年に松原広美さんのブログ記事(残念ながらGreenzさんはサイトリニューアルの際にこの記事を削除しちゃったようなので、Wayback Machineでどうぞ→ Tools for Grassroots Activist By Patagonia )で見て強烈な印象を受け、それ以来(たぶん)何度もTumblrでquoteしたり頭の中で反芻などをしてきて、もうぼくの一部になっているような言葉だけど、やっぱり冒頭で引用しておこう。

「公正な社会では最良の情報を得るものが勝つ。しかし、私たちは公正な社会を相手にしているわけではない。私たちは、敵が戦いに使うツールと同じツールを使って戦う必要がある。そしてもっと賢く、もっと巧妙にやらなければならない。成功した革命はすべて、上からではなく、下から始まったという事実を忘れてはいけない」
イヴォン・シュイナード(パタゴニア創業者)

2012年11月30日から12月2日までの3日間、山梨県の清里高原「清泉寮」で行われたパタゴニアの「ツール会議(草の根活動家のためのツール会議 TOOLs for Grassroots Activists Conference in Japan)」に参加してきた。光栄なことに講師の一人として。

パタゴニア:環境保護への行動:草の根活動家のための「ツール会議」
http://www.patagonia.com/jp/patagonia.go?assetid=16778

TOOLs for Grassroots Activists Conference in Japan

ツール会議は、環境問題へのさまざまなラディカルな取り組みで知られるパタゴニアの施策の中でも、創業者イヴォンが特に気に入っているものだという。そして3日間ご一緒したパタゴニアの社員の人たちからも「一番好き」「とても気に入っている」という声をいくつも聞いた。

振り返ってみると、かなり特別な3日間だった。なので、いつもなら“いいことはシェアしてナンボ”主義のぼくだけど、どんなことがあって何を感じたかをあまり詳しく書く気がしないぐらいに。

というわけで、いくつか点描を。
(さらに…)

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[Patagonia] こんなことをやるブランドではないはず

Posted on 2008年3月7日. Filed under: patagonia | タグ: |

あー苦しい。

mixiのPatagoniaコミュに書いたこと、そのまま貼り付けておくに留める。今は。

PatagoniaのWebサイトからシー・シェパード問題についてのステートメントが
消えたという件は、いろいろ考えてみたけど残念でなりません。

アースデイの情報は掲載の価値があっても、シー・シェパードへの支援について
ファン/ユーザーが懸念しているという問題は揮発性ということかな。

六ヶ所村の問題を真摯に考えるPatagoniaに共鳴するユーザーが、同じ目線で
シー・シェパード問題についての姿勢を注視しているということがわからない
のかな。

そんなことはないと思うんだけど。

ファッション/アウトドアイクイップメントのメーカーであるだけでなく、イヴォン・シュイナードの理念や哲学で強烈な求心力を発揮してきた「ブランド」が、こんなことでいいんだっけ。そんなわけはないはず、という思いが突き上げてくる。

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[patagonia] パタゴニアのシー・シェパード支援問題

Posted on 2008年1月31日. Filed under: Company | タグ: , |

J-CASTニュース : 「パタゴニア」が反捕鯨団体支援 日本支社に抗議のメールや電話
http://www.j-cast.com/2008/01/31016219.html

この問題、まぁずっとウォッチしていて苦しい思いをしていたけど、自分なりの暫定結論を出し、tumblrに書いた。

nakano.tumblr.com
http://nakano.tumblr.com/

一連のやりとりはmixiのPatagoniaコミュでも見ている。それほどファナティックにPatagoniaの哲学に心酔してきた何人かの方々の発言はすごいと思った。が、ぼくはシュイナード率いるPatagoniaのオルタナティブな会社経営のあり方も含め敬意を払うべき点はそれでも多数あると思っていて、つまりファンをやめない。

というわけで、ぼくはPatagoniaのウェアを着続けます。

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[patagonia] Management By Absense

Posted on 2007年12月22日. Filed under: Company | タグ: , |

greenz.jp – パタゴニアは誰のもの? イヴォン・シュイナードが語る企業のカタチ
http://greenz.jp/2007/12/21/patagonia1/

greenzにイヴォン・シュイナードの記事が載ってる! うれしくて、よーく読んだ。

にしても。

それを、独自のMBAスタイルの経営、すなわち”Management By Absense(不在による経営)“とよび、ヒマラヤや南米の極限環境で自社製品を身につけてフィールドテストを行い、製品の改良点や新しいアイディアを持ち帰るのが、彼の任務であり、何よりの楽しみである。

この“MBA”、こないだのWebSigモデ忘年会でも話題になったテーマだけど。やってみたいなぁ。

マネジメントって、いくつかの段階があると思う。
トップセールスってのは容易なものだし、仕組み化できてない組織はトップが走り回らざるを得ないから、トップが日常業務に忙殺される。これ、トップマネジメントのやり方としては最低レベルだろう。仕事時間の3~5割ぐらいを会社の中長期的な方向のために投資する、これがその次ぐらいか。ぼくはたぶん今この入り口あたりだろう。
より先へ進んでいるのが、シュイナードの不在による(不在でもまわる)経営なんだろうね。

つか、来年は具体的なアクションプランを考えよう。Web屋にとっての“フィールドテスト”がどんなものか、ってのも含め。

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Patagonia(パタゴニア)の環境保護の実践をWebで知る:The Footprint Cronicles(フットプリント・クロニクル)

Posted on 2007年10月4日. Filed under: CSR, patagonia | タグ: , , , |

パタゴニアから届く封筒は、切り取って別の封筒として使えたり宛名を書く欄が2つあったり、大抵リユース可能になっている。こないだ届いた商品が入っていたビニール袋も接着部を切り離すと再利用できるようになっていたけど、その袋には”the more you know, the less you need“と書いてあった。

で、パタゴニアから届いたメールマガジンで知ったコンテンツ、「『吟味された生活』の実践」。

パタゴニア:「吟味された生活」の実践
http://www.patagonia.com/web/jp/patagonia.go?assetid=23438&slc=jp_JP&sct=JP

ここでは、一企業としてのパタゴニアの日常と習慣を考察します。日々の業務に問題意識を投げかけ、産業規模で展開される習慣やそれに付随する影響を改めることが目的です。

上のページからのリンク先は英語コンテンツだ。

フットプリント・クロニクル
http://www.patagonia.com/web/jp/footprint/index.jsp

pata02

Patagoniaの代表的なアイテムであるウールのクルーネック、シンチラベスト、エコレインシェルジャケットなどについて、誰がどこでデザインし、どんな出自の素材を使い、どこで縫製され、どこから配送され、そして最後にどこでリサイクルされるかの道筋が示されている。
(さらに…)

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[management]「社員をサーフィンに行かせよう」から(その2)

Posted on 2007年7月12日. Filed under: CSR | タグ: , , |

準備稿その2。

私はそれまでずっと、企業家を自任するのをあえて避けてきた。私はクライマーであり、サーファー、カヤッカー、スキーヤーであり、そして鍛冶職人だ。ただ単に、私や仲間がほしいと思う性能のいい道具や機能的なウェアの製作を楽しんでいるだけ。(…)ところがいまや、所有する企業は多額の個人資産を受け入れ、従業員とその家族みんなの生活が、自分たちの成功にかかっていた。
自らの責任と金融債務についてじっくり考えた結果、ふいに、自分が企業家であり、おそらくこれから長い間、企業家であり続けなくてはならないことを悟った。また、このゲームに勝つには、真摯な姿勢で取り組む必要があることも。
しかし、と同時に、一般的なビジネス慣習に従っていては、決して自分は幸せになれないこともわかっていた。機内誌の広告に登場する青白い顔をしたスーツ姿の屍から、できるだけ遠くに身を置きたいと思った。企業家にならざるをえないなら、自分なりの方法でなろう、と。

経営書の多くは、当たり前のことだが、成功した経営者によって書かれていて、しかも彼らはスタート時点から頂点をめざすことに疑いを持っていない。
ぼくは逆に、シュイナードのようなreluctantなスタートのしかたにとても魅かれる。それは20代の頃、およそ自分は私企業への就職には向かない、と悶々としていた時期があったからだろうな。

一般的な慣習を破って自分なりの制度を打ち立てることは、経営の創造的な側面であり、ひときわ充足感の得られる仕事だ。とはいえ、私はなんの下調べもせずやみくもに飛びつくような人間ではない。
一例を挙げれば、1978年に出版したアイスクライミング技術に関する本は、完成までに12年かかった。(…)
ビジネス知識の探求においても、私は同様の姿勢で取り組んだ。数年かけてビジネスに関する本を読みあさり、私たちに適切な理念(フィロソフィー)を探した。とりわけ、日本やスカンジナビア諸国の経営スタイルを説いた本に関心を向けた。アメリカのビジネス手法は、数多くある道の一つにすぎないことを知っていたからだ。

経営は「創造的行為」だ、と看破している。
後段の「パタゴニアの理念 – 製品デザインの理念」内の「革新的であるか、発明であるか」も併せて読めば、シュイナードがいう「創造」が「すでにあるアイデアをもとに生む革新」であり「フュージョン(融合)料理」を意味していることがわかる。

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[management]「社員をサーフィンに行かせよう」から(その1)

Posted on 2007年7月11日. Filed under: CSR | タグ: , , |

顧客仕事に追われてどんどん凡庸になりそうなので、ちゃんとしたエントリーを書くための準備稿として吐き出しておく。

イヴォン・シュイナードの「社員をサーフィンに行かせよう」から。

「社員をサーフィンに行かせよう」と言っている私自身、世界中の自然を渡り歩いている。一年のおよそ半分は会社にいない。サーフィン、フライフィッシング、フリーダイビング(素潜り)。山登りもしばらく休んでいたが再開した。テニスもよくやる。今年も四月はカナダのブリティッシュ・コロンビア州に釣りに、六月はロシアとアイスランドに、七月にはワイオミング州に登山と釣りに行く予定だ。
これを私なりにMBAと呼んでいる。「経営学修士」ではなく、「Management By Absense(不在による経営)」だ。いったん旅行に出ると、私は会社には一切電話しない。そもそも携帯電話もパソコンも持っていかない。もちろん、私の不在時に、彼らがした決断を後で覆すことはない。社員たちの判断を尊重したいからだ。そうすることで、彼らの自主性がさらに高まるのだ。

私が企業家になって、すでに五十年近くの月日が経つ。そのことを打ち明ける心苦しさは、自分が「アルコール依存症」や「弁護士」であると告白する人の心情に似ている。なにしろ、この肩書きに敬意を抱いたことは一度もない。ビジネスこそ、大自然の敵にして先住民文化の破壊者であり、貧しい人から奪ったものを富める者に与え、工場排水で土壌汚染を引き起こしてきた張本人なのだから。
それでもビジネスは、食べ物を作り、病気を治し、人口増加を抑え、雇用を生み出し、生活の質をおおむね向上させる能力を持っている。しかもこれらの善行をなすと同時に、魂を売り渡すことなく利益を上げることもできるのだ。

冒頭のこの二節を読めば、イヴォン・シュイナードが経営者としていかにエキセントリックであるかわかる。読み始め、「こういう本か」と身構えかかったが、この後をちゃんと読み進めば、彼が企業経営をきちんと研究し(かつ米国の大企業に学ばずに)、社員の満足度もとても高い会社の実現に成功していることがわかってくる。

一九七〇年には、シュイナード・イクイップメント社はアメリカ国内最大のクライミング道具会社になっていた。
そしてまた、環境の敵としての道も歩み始めていた。クライミングの人気は次第に高まっていたが、まだコロラド州ののエルドラド・キャニオンやニューヨーク州のシャワンガンク山脈、ヨセミテ渓谷といった人気ルートに集中し、同じ壁が何度も登攀の対象になっていた。
もろいクラックでは、打ち込み時、回収時ともに繰り返しハンマーで硬鋼製ピトンを叩いてきたせいで、岩の形がひどく損なわれつつうあった。エル・キャピタンのノーズルートを登ったとき、その二、三年前の夏には無垢だった岩が激しく変容しているのを見て、私はげんなりとして帰宅した。
フロストと私は、ピトン事業から手を引くことを心に決めた。長年にわたって歩むことになる環境配慮への道への大きな第一歩だった。ピトンはビジネスの主力であったが、私たちが愛する岩をこの手で壊していたのだ。

パタゴニア以前、シュイナードは山登り用品の会社を経営していたが、その最初の転進は「環境への配慮」からだった。これには驚いた。
現在のようなかたちの環境運動が生まれたのは1965~70年ぐらいにかけてだと言われている。彼がいかに早い時期に「環境とビジネスの折り合い」を考えていたかわかる。

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