南相馬・小高:今年最後のボランティアはまたも竹林伐採 のち菓詩工房わたなべの「お疲れ様」ケーキ(1226便)

Posted on 2014年12月29日. Filed under: volunteer | タグ: , , |

ボランティアチーム援人、1226便、2014年12月27日土曜日のお手伝いの記録。

今週も10人のメンバーが東京・八重洲に揃い、今年最後の南相馬・小高へ向けて出発。

このルーティンに慣れたせいか、金曜夜にぼくが一番落ち着く場所は東北道をひた走るワゴンの車中。日産キャラバンのシートでの仮眠に身体が本当によく馴染んでいる。こないだトヨタハイエースで行ったときは、シートが変わったので首が寝違えたほどだ(笑)。

南相馬・小高でボランティア(援人号 1226便)

天気予報から東北道ルートでの福島入りを予定していたが、途中からチェーン規制がはじまったため(スタッドレスは履いていたが)北関東道から常磐道へとルートを変更した。

未明、いわきで風花が舞う。予報と違い、中通りだけでなく浜通りでも結構降るのかな…と思った。

国道6号線の、枝道に全て柵が立てられた“バリケード地帯”は何度通っても息が詰まり、気が重くなる。
そして大熊町の福島第一原発に最接近したところでは、車内の線量計が指す値は今回も10μSv/hを超えた。

南相馬・小高でボランティア(援人号 1226便)

南相馬、厳寒の冬の朝。前夜の雪が残る海沿いを走った。道路の左右は平坦で、それは津波被災地域だからだとわかっていても、綺麗だなと感じてしまう。

南相馬・小高でボランティア(援人号 1226便)
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南相馬での12月23日から12月25日、そして2011年最後の震災ボランティア

Posted on 2011年12月31日. Filed under: 未分類 | タグ: , , , , , , , , , |

2011年12月23日(金)から25日(日)まで、福島県南相馬市でのボランティアの記録。

今年ぼくがお手伝いに行った場所は岩手県の大船渡市、陸前高田市。宮城県は気仙沼市、南三陸市、牡鹿半島(石巻市)、東松島市だ。2011年最後のお手伝いは、ボラバス仲間であるJiroさんからもらった情報に従って初めて福島県に足を運んでみることにした。

2011年12月23日

往路は、年末年始だけ特別な時刻表で運行される高速バス「相馬ライナー」で行くことにした。

10時30分ごろ、東京駅丸の内口の新丸ビル脇の行幸通りは皇居方面へ向かう人、戻ってくる人で賑わっていた。ビラを配る人もいて、プラカードには「文化の日を明治の日に改めましょう」「女性宮家創設反対」などと書かれていた。

東京の中でも特に洗練された“ザ・丸の内”というようなエリアから、大地震と原発事故という二重の災いに苦しむ相馬市行きのバスが出る。少し奇妙な感じを抱きながらバスの出発を待った。

丸の内, 福島県南相馬市でボランティア Volunteer at Minamisoma city, Fukushima pref. Affected by the Tsunami of Earthquake and Fukushima Daiichi Nuclear Accident

バスの乗車率は6割ほど。一人客、若い男性がやや多い。乗り慣れたボランティアバスと違って全員が大荷物というわけではなくトランクルームは結構空いていた(乗車前に大きなリュックを預けると「ボランティアですか?」と聞かれた)。

相馬ライナー, 福島県南相馬市でボランティア Volunteer at Minamisoma city, Fukushima pref. Affected by the Tsunami of Earthquake and Fukushima Daiichi Nuclear Accident

快晴の東北自動車道。
iPadで福島第一原発についてのウェブページや自治体の除染マニュアルを読み、少し覚悟めいたものをする。別のタブでは青空文庫の「クリスマス・カロル」(ディケンズ)のページを開き、交互に拾い読みした。「福島のために今まで何もしてこなかった」という自罰的な思いと、クリスマスという時期と、強欲なスクルージが改心する話を重ねる。

14時過ぎ、バスは二本松インターチェンジを降りた。
目の前を流れていくのは平和な田畑や端正な家並みだが、少し緊張しながら眺めていた。

福島県南相馬市でボランティア Volunteer at Minamisoma city, Fukushima pref. Affected by the Tsunami of Earthquake and Fukushima Daiichi Nuclear Accident

国道を行くバスは、報道で名前をよく見聞きする飯舘村(いいたてむら)に入った。
道路沿いの家々のほぼ全ての窓はカーテンが閉まり、人の気配がない。

飯舘村, 福島県南相馬市でボランティア Volunteer at Minamisoma city, Fukushima pref. Affected by the Tsunami of Earthquake and Fukushima Daiichi Nuclear Accident

目に入った「除染モデル事業実施中」という看板。タイベック(化学防護服)を着た5~6人のグループが路地に入っていく姿も見え、ちょっと驚く。
後で南相馬で読んだ福島民報の中に、この活動についての記事があった(「除染モデル事業開始 JAEA 飯館で来月下旬まで」)。

「除染モデル事業実施中」(飯舘村), 福島県南相馬市でボランティア Volunteer at Minamisoma city, Fukushima pref. Affected by the Tsunami of Earthquake and Fukushima Daiichi Nuclear Accident
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