西日本豪雨:愛媛・西予で重量級の床下泥出し(援人 2019年 0118便)

Posted on 2019年1月31日. Filed under: ボランティア | タグ: , , |

ボランティアチーム援人、0118便、2019年1月19日土曜日、西日本豪雨の被災地である愛媛県西予市で、OPEN JAPANの下での災害ボランティアの記録。

今週はこれから愛媛へ。床下泥出し、まだ終わってないお宅があるそうだ。がんばってこよう。

西日本豪雨 愛媛県西予市で災害ボランティア(援人 2019年 0118便)

6:21、石鎚山SA。あと少し。寝ぼけてアイスコーヒー買ってしまったー。

西日本豪雨 愛媛県西予市で災害ボランティア(援人 2019年 0118便)

「語りかけ称え被災のみかん選る」。宇和島の被災みかん農家の方だろうか。今朝の愛媛新聞。

西日本豪雨 愛媛県西予市で災害ボランティア(援人 2019年 0118便)

愛媛感のあるマットだ…。

西日本豪雨 愛媛県西予市で災害ボランティア(援人 2019年 0118便)

お手伝い開始前。床下にびっしりと土砂が。

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西日本豪雨 愛媛・西予で床下泥出し 水害ボランティア(援人 2018年 0913-17便)

Posted on 2018年9月20日. Filed under: ボランティア | タグ: , |

ボランティアチーム援人、三連休に休みを1日足して2018年9月13日夜に東京を出発、金曜から日曜まで3日間、西日本豪雨の被災地である愛媛県西予市でお手伝い。そのメモ。

西日本豪雨災害 愛媛県西予市でボランティア(援人 2018年 0913-17便)

今さらながら「破戒」(島崎藤村)を読んでいる。“智識は一種の饑渇(ひもじさ)である”という一節があってハッとした。で、そこがポピュラーハイライト(Kindleで多くのユーザーが傍線を引いている箇所)になっていた。

被災地へ行って苦境にある人のお手伝いをすることの奥底にも、名状しがたい渇望があるのかもしれないなぁと思う。

人生2度めの愛媛へ。3日間、これ以上無理だよってところまでがんばってきます。

初日のお手伝い先情報、以下の通り。

愛媛県西予市宇和町皆田 Hさん宅

家は平屋、キッチンを含めて5部屋。依頼主は親戚の家に避難中。娘さん(他県在住)からの依頼。床上60cm浸水。家具や畳の搬出、床上の泥出しは本人や他のボランティアにより既に完了。
床下に泥が入っている様子で臭いが強い。床板を剥がして泥出し・消毒をする。床板はなるべく再利用したい。キッチン下は泥を取らずに消毒する。出た泥は土のう袋に詰めて家前の私道または花壇に置いておく。
入る前に電話する。近所の人が開けてくれる。

2018年9月14日(金)

昨夜21時に東京八重洲を出て、今は松山自動車道。

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愛媛県西予市、ピンクのガソリンスタンド向かいのローソンで。“6人じゃ人手が足りないだろう”と、黒猫が仲間に加わった!

西日本豪雨災害 愛媛県西予市でボランティア(援人 2018年 0913-17便)

泥出し後、ブラッシング仕上げ中。

BGMはU.S.A.(DA PUMP)。近くの小学校で運動会の練習中のため、何度も何度もかかる…。

西日本豪雨災害 愛媛県西予市でボランティア(援人 2018年 0913-17便)

終わりました。松山から来られた娘さん、2日間コースだと思っていたようで驚かれ、感謝の言葉をいただく。
またも愛媛ホスピタリティでブドウ、梨、ロールケーキ、弁当、飲み物など沢山出していただいてしまった…。

今日のお宅、8月の立間の家のように床下に160cmぐらいの深さの場所が。芋室(いもむろ)、芋穴(いもあな)というらしい。
(後で検索してみると、愛媛県に多いようだった。)

結構汚れたので風呂は大洲の臥竜の湯。男だけなので28分!

西日本豪雨災害での愛媛県の状況は、全国的にどれだけ知られているんだろう。
たとえば今日ぼくが愛媛新聞で知った、予讃線がようやく全面復旧した話とか、被災した宇和島で極早生みかんが出荷されたこととか。

愛媛でのお手伝い、8月に続いて2回め。今日の西予市の川沿いのお宅でのお手伝いは、まだこうなのか…という手つかず状態の床下泥出しだった。

平屋の五部屋の床下の泥をかき出し、ブラッシングまでを午前中で終了。8月にも見たが、このお宅の一部屋の床下の一角は深さ1.6mぐらいある。「芋室(いもむろ)」といって芋を長期保存する場所だったらしい。

西日本豪雨災害 愛媛県西予市でボランティア(援人 2018年 0913-17便)
午後はオスバン消毒。並行して剥がした床板の泥落としとスポンジかけ。追加の依頼をもらった納屋の床の清掃も終え、ニーズは完了となった。

西日本豪雨災害 愛媛県西予市でボランティア(援人 2018年 0913-17便)
天気は曇り、ときどき雨。気温は徐々に上がっていき蒸し暑かった。

この家の持ち主の90代の女性は、別の家に仮住まい中だ。娘さんはスマホでぼくらの活動風景をカシャカシャ撮り、お母さんに報告するとのこと。
と、1分もしないうちに“母がありがとうございますと伝えて、と言ってます”という。

え? 90代の女性がそんなに早く反応を返せるの? と疑問に思い、休憩時に聞いてみた。お母さんはもう20年ぐらい前にパソコン(Mac)を使いはじめ、この家でパソコンを教えていたこともあった人だという。

紋切り型の高齢者の暮らしという想像を上書きする、意外な情報。会ったこともない方のこの家での暮らしが浮かび上がってくるような、身近さが増すような、あたたかい思いが湧いた。

愛媛には「いもたき」という行事があるのか。スーパーで大洲の里芋などがプッシュされてた。

先月と違って寝室にクーラーがいらない愛媛の夜。

2018年9月15日(土)

OJベース朝ミーティングに参加。
肥田さんの北海道報告。そして今朝は東峰村から3人の方が来られた。昼以降は杷木松末から、30人以上の方がボランティアに来られるという。うーむ。

西日本豪雨災害 愛媛県西予市でボランティア(援人 2018年 0913-17便)

愛媛でのお手伝い2日目。今日、西予市野村のイベントで、FC今治の岡田さんと、なんと福島からやってくる日本代表専属シェフの西さんのコラボが実現するんだとか…!

今日のミッションその1。西予市明間(あかんま)、家屋裏の土石出し。

西日本豪雨災害 愛媛県西予市でボランティア(援人 2018年 0913-17便)

二軒目。床下泥出し開始。隣の家は倒壊し、OJ重機チームが道を無理矢理開いている状況だ。ここはまだ水道も復旧していない…。

足の悪いお爺さん、椅子に座りながら泥かきをしているなぁ。これでいいのか、と感じてしまう光景。

あの豪雨があった日から毎日、こういう光景を歯噛みしながら眺めている人たちがいるんだ。まだまだ終わってないし、忘れるわけにはいかない。

西日本豪雨災害 愛媛県西予市でボランティア(援人 2018年 0913-17便)

16:06、現場を撤収。通気口から潜って二部屋を、台所はフローリングを全部剥がして泥出し。ともかくベチャベチャで粘着質の泥に苦戦した。援人お手伝い史上一、二を争うぐらい嫌ったらしい泥だったんじゃないか。明日も継続だ。

「稲田さんも浜田さんも(宇和島市)吉田在住。西日本豪雨の「出水」後、昼間は猛暑の中後片付けに奔走し、夜になってやっと少し「虫の音」や「星のゆらめき」に解放されるのだ。お二人とも大変な日常を淡々と詠んでおられるが、その大変さを思えば心が痛む。」

西日本豪雨災害 愛媛県西予市でボランティア(援人 2018年 0913-17便)
今朝の愛媛新聞から。

愛媛・西予でのお手伝い2日目。明日の3日目が正念場なので、簡潔に吐き出しておく。

OPEN JAPANの下、西予市宇和町明間(あかんま)でお手伝い。なぜ今もこんな地域があるのか、こういうご依頼があるのか。聞いた情報や個人としての解釈も含め色々あるのだが、今それを仔細に書くエネルギーはない。

一軒目、家屋周りの土石撤去、1時間あまりで終了。

そこから上に登った集落は土砂崩れの直下にあるような様相だった。まるであみだくじのように、土砂が流れた筋にある家は潰れ、そうでない家はほぼ無傷。のどかに畑仕事をする人もいれば、眉をしかめ山を凝視する人の姿もあった。

西日本豪雨災害 愛媛県西予市でボランティア(援人 2018年 0913-17便)
ご依頼宅の隣家は、大きく傾き潰れていた。それでもこの家の老夫婦はまた住むご意向とのこと。床下に入った泥はベチャベチャ、粘着質。泥出し作業をしながらいちいちこそぎ落とさないとテミやネコがどんどん重くなる。かなり疲れる泥出し作業となり、潜って二部屋、丸ノコやバールで板を剥がして一部屋をほぼ終了したところでタイムアップ。

西日本豪雨災害 愛媛県西予市でボランティア(援人 2018年 0913-17便)
ぼくらの作業に歩調を合わせるように、老夫婦、息子さん夫婦、娘さん2人が家財整理や納屋の土砂出しを進めていた。

家の特殊な構造に阻まれ、思うように作業を進められない苛立ちや不安。扱いの難しい泥との戦いによる徒労感。蒸し暑さ。

MPを削られることでHPも減っていくような、苦しいお手伝いだった。それでも依頼主の望む状態に持っていきたい。

明日がラスト、そして正念場だ。

2018年9月16日(日)

お手伝い3日目、明間(あかんま)でのお手伝い2日目。朝7時スタート。土石流が流れた側に面した家の左半分も泥出しすることになり、1日作業が決定(昨日までの範囲なら余裕で午前で終わっていた)。

西日本豪雨災害 愛媛県西予市でボランティア(援人 2018年 0913-17便)
またも芋室風スペースがあり、2mもの深さ。ガルバテミは泥がこびりつき重くなり、プラテミは耐えきれず壊れていく。もはや泥出しというより炭坑堀り作業だ。

西日本豪雨災害 愛媛県西予市でボランティア(援人 2018年 0913-17便)
途中でテミリレーをやめ、床下スコップリレーに変更。スピード上がったが、これでどこまで行けるか。

床下から出た大量の泥の山を見て、上で重機を操っていたOJトオルさんが呆れて笑っていた。

西日本豪雨災害 愛媛県西予市でボランティア(援人 2018年 0913-17便)

17時前、タイムアップ。完了できず。朝から作業の全容がわかっていれば、とか6人じゃなく10人いれば…などの後悔あり。が、見えていた条件下でベストは尽くした。OJから合流のN君とG君(スウェーデン人)もひたすらがんばってくれた。テミも3枚も壊れた。

西日本豪雨災害 愛媛県西予市でボランティア(援人 2018年 0913-17便)
よくやった!!!

愛媛県西予市宇和町。なぜ今まだこういうご依頼があるのか。被災された方の個々の事情はボラセンの「ニーズ数」には反映されず、報道やネットをいくら見ていてもわからない。来て、這いつくばり泥だらけになってお手伝いする覚悟があればわかる。毎回思うこと。

ボランティアが足りている、足りていない。ニーズが増えている、収束しつつある。そういう語り口でまとめようとすることが、考える早さも違えば事情も違う方々を取り残すことにつながる。気をつけなければならない。

床下泥出しをやっていると、不思議な感覚を味わうことがある。

すぐ近くに仲間がいても、どれだけ声を掛け合って協働していても、孤独を感じるのだ。“いるのは自分だけ、たった1人だ”という感覚を味わう。
昨日Hさん宅で、一番狭苦しいドン突きのスペースのべちゃべちゃの泥をかき取っているときにそれが降ってきた。

孤独は、自分を見下ろす自分という存在によって強く意識される。そのときぼくはこれ以上進めない場所にいて、目の前にまだテミ5杯分ぐらいの泥があった。後ろではYさんがリレーしてくれていたが、泥は自分しか見えない。“もうこれ無理して取らなくてもいいんじゃないか?”、そんな声が聞こえてきた。この一角を取っても残しても大差ないし、ここを依頼主が見ることは絶対にない。今日を最後に、この家が解体される日までこの状態を見る人はいないだろう…。

そんな頭が痺れるような感覚に立ち止まった後(実際は腹這いだったが)、嫌ったらしい泥との戦いを再開した。

愛媛での3日間のお手伝いが終わってしまった。

やれるだけのことはやったのだが、6人チームでやれることは大局から見ればとても小さい。それをまた思い知った。
Hさん宅を終わらせることができなかったモヤモヤ感が残る。1日汗だく泥まみれになって床下に這いつくばれば、その家の復旧は「ニーズ一件」という冷めた言葉から大きくはみ出すリアルとして我が身にのしかかる。

行って、受け止めて、東京に戻ってもその重みを忘れないでおく。

最終日、4:45に東京へ向け出発。

この橋を渡ったぞぉ! そして四国・愛媛で3日間ガッツリお手伝いしてきたぞぉ!

西日本豪雨災害 愛媛県西予市でボランティア(援人 2018年 0913-17便)

振り返り。

3日間で3件のお手伝い。1件目、床下泥出し、床板洗浄、蔵の床清掃、ついでにご近所の崩落した川べり修復。2件目、家屋裏の土砂出し。3件目、大きな家の床下泥出し(3日目に範囲拡張)、この案件は完了できず。

最近の情報から宇和島だろうと思っていたが、いずれも西予市内、手つかずの床下泥出しで驚く。OJジョッキーさんによれば大洲も潜在ニーズありとのことで、広島や岡山に比べ報道もネット情報も少ない愛媛について認識を改める必要がある。

3件目のニーズが典型だが、土砂崩れ現場近くであり隣家が倒壊という厳しい状況で、OJ重機隊が車を救出するという助力の中で、老夫婦はやっぱりここに住みたいという意向が汲み取れた。それが床下ニーズにつながっている。人が考える速度はさまざま。ある条件が叶えば次に進めるといった事情もあり、たとえ社協がローラー作戦をやってもこうしたお手伝いにはつながらない。災害支援に深い洞察を持っているOPEN JAPANならではの強みだろう。

6人というチームの難しさ。頭の切り替えができず10人規模の布陣を考えてしまうことがあった。また床下泥出しでは、6人では2ラインは組めず1ラインにすると人が余る。

道具、概ね適切だった。ドロドロの重い泥で半月ホーやプラテミが壊れたが仕方ない。酷い泥だと伸縮式など可動部のある道具は弱いと実感。DCM丸ノコ、駄目。

3件目のお宅、ぼくらのお手伝いに並行して家族揃って片付けをされていた。足の悪いお爺ちゃんまで座って泥出しを。明るく強い方々で、よい雰囲気だった。

さっき気づいたが、旧母屋の方は床下の土砂より先に家裏に簡易水路を作るべきだった。大雨が降ればまた床下に入ってしまうかも。

兵藤さん宅を完了できなかったのは残念だ。最初に全作業を見通せていたら。1日中真剣にボラをやり、その合間に“どこそこに何百人のボラが来た”“ボラが多い少ない”といった情報を眺めると空疎に感じる。大局観は重要だ。でも皆が評論家になる必要はない。

個々人の活動者にとって、あてがわれたご依頼1件はニーズ総数などよりずっと重い。次回はもっとしっかりやること。しっかりやるとは、信頼できるメンバーで協働すること、厳選した道具で効率を上げること、作業段取りをしっかり組み立てて臨むこと、つまりできる限り不確定要素を減らしつつ、最後の最後は精神力でがんばることだ。

愛媛にはまた行きたい。皆で行こう。

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西日本豪雨 愛媛西予・宇和島:8日間・70人日力でのお手伝い(援人 2018年 0812-19便)

Posted on 2018年8月24日. Filed under: ボランティア | タグ: , , , |

ボランティアチーム援人、2018年8月12日(日)から19日(日)まで、西日本豪雨の被災地である愛媛県西予市・宇和島市でのお手伝いの記録。この便では、メンバーそれぞれが参加可能な期間に(2日間から最長8日間まで)自力で現地に行き、集まって活動することに。結果、合計約「70人力」でのお手伝いになった。

以下、そのまとめ(8日分あるので超長文)。

8月12日(1日目)

愛媛新聞。「西日本豪雨 肱川氾濫887ヘクタール 国交省発表 04年台風時の1.6倍」。

西日本豪雨 愛媛県西予市・宇和島市で災害ボランティア(援人 2018年 0812-19便) Disaster volunteer / Western Japan heavy rain

お手伝い初日。OPEN JAPAN渓筋ベースでの朝のミーティング参加からスタート。

西日本豪雨 愛媛県西予市・宇和島市で災害ボランティア(援人 2018年 0812-19便) Disaster volunteer / Western Japan heavy rain

みかん狩りドライブスルーって(笑)。宇和島市吉田町で。

西日本豪雨 愛媛県西予市・宇和島市で災害ボランティア(援人 2018年 0812-19便) Disaster volunteer / Western Japan heavy rain

夏休み8日間、西日本でのお手伝い1日目。愛媛県宇和島市吉田町で。何度もボラが入っているお宅だが、床下は手つかずだ。泥が30cmも溜まっている箇所も。明日も継続となった。

西日本豪雨 愛媛県西予市・宇和島市で災害ボランティア(援人 2018年 0812-19便) Disaster volunteer / Western Japan heavy rain
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