南相馬・小高:年またぎの竹林伐採 救急車を呼び人気(ひとけ)を知る(援人 0106便)

Posted on 2017年1月11日. Filed under: volunteer | タグ: , |

ボランティアチーム援人、0106便、2017年1月7日土曜日、福島県南相馬市小高区での災害ボランティアの記録(メモを再構成したもの)。

今夜これから南相馬へ。今年最初のお手伝い。

年が明けた。3月が来るとあの未曾有の震災から6年になる。あれから沢山の災害が起こった。気候変動の影響もあり、減ることはないだろう。

個人として、またチームとして「行く」というコミットをやめるつもりは毛頭ない。が、焦りはある。

同じ顔ぶれ、仲間内だけでやっていくならジリ貧だ。手を求める人や地域は増えているのに、支援する層は厚くなっているか? 今年は改めてそのことも考え取り組んでいきたい。

10人揃って八重洲を出発しました。
この便参加メンバーの思いは同じ。あの現場を少しでも進めたい。そのために力を尽くしてきます!
ちなみにYさんと中野は翌日赤羽でハーフマラソン。あ、Kくんも?

夜明け間近、国道6号のファミリーマート前。浪江・富岡方面には車がひっきりなしに流れていく。

南相馬・小高でボランティア活動(援人 0106便)

援人事件簿、2017年第一弾!(第一弾にして早くもベスト10候補か?)
新春のサイヤさんへのご挨拶にと、中野が前日に東京駅で買ってきたお土産。夜中にYさんがバリバリ開けて食べてしまった(笑)。

南相馬・小高でボランティア活動(援人 0106便)

朝礼、松本センター長の言葉。

「ずっとおめでとうございますを言いにくかった。今年はどうか。各地で相変わらず災害が多い。
新年の挨拶、ブログに書いたので読んでほしい。小高区、昨年は避難指示解除があったが、環境は劇的によくなってはいない。帰還も未だ進んでいない。昨年にも増して支援をお願いしたい。
問題点、帰還者は高齢の方が多く、片付けなどできずボランティアに頼らざるを得ない。若年層は帰ってこない。この傾向は悪化の一途。あるとき読んだ楢葉町の医師の手記に、このままでは町が崩壊してしまうだろう。医療機関が留まらねばならない、とあった。ここも同じ。
ボランティアの重要性はますます高まっている。皆さんも忙しいだろうが、ぜひ支援を。
昨日は活動者一名だった。今日は約40名。木の伐採2件など。」

お手伝いは、年末から続く竹林伐採の続きだ。

南相馬・小高でボランティア活動(援人 0106便)

とても広い現場だが、朝早くから集中的に伐採を行い、以後は枝打ちと玉切りに専念する流れで進めると、あと1~2回で終わりそうな進み具合になってきた。

南相馬・小高でボランティア活動(援人 0106便)

ぼく自身はずっと手のこで玉切りをやった、相当ハードで、後半消耗してきたので、最も効率的なやり方を模索しつつやった。
まず切る位置は目の真下あたり。右や左に見るかたちだと力が逃げる。次に、常に均質な力でギコギコやるのでなく、まず最初に力を込めてザッと切り込む。歯が入ったらやや力を抜いてギコギコ進め、切り終えるときも力を込めザッと切り捨てる。こういう風に緩急をつけると、より少ない力で切ることができるようだ。逆にずっと同じペースでギコギコやると消耗が激しかった。個人差はあるだろうが。

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南相馬・小高:氏神再興のため杉材磨き 広大な竹林伐採終わらず(援人 1216便)

Posted on 2016年12月20日. Filed under: volunteer | タグ: , , |

ボランティアチーム援人、1216便、2016年12月17日(土)、南相馬市小高区(福島第一原発事故による旧避難指示区域)でのお手伝いの記録。

金曜夜、八重洲。2週間ここに来ないと“超久々だ”と感じる体内時計に促されて5年9か月。

南相馬市小高区でボランティア(援人 1216便)

10人…いや残念ながら今回は満席にならず、9人揃って八重洲を出発。

今年もいろいろあったけど、気づくと来年は浪江、富岡、飯館などの避難指示区域の解除が予定されている。今後ぼくらボランティアの出番もあるかも。
ただ状況がどう変わっていっても、ニーズあるかぎり行き続けると決めれば変化には対応できるはず。まずは今年最後から2回めのお手伝い、しっかりやってきます。

早朝、南相馬市鹿島区、八沢地区の慰霊碑の先から海を臨む。

南相馬市小高区でボランティア(援人 1216便)

サイヤさんで。「章姫」が出てるよ~。

南相馬市小高区でボランティア(援人 1216便)

南相馬市ボランティア活動センターは、お借りしていた小松屋旅館別館が解体準備に入ったため、現在すぐ裏のプレハブハウスに移設されている。

久々のボラセン、いろいろ備品が移動中だ(現在進行形)。これまでの(朝のマッチング後一刻も早く出発するのための)最適化した動きが通用しない面があり、しばらくは都度観察と再構築が必要。

南相馬市小高区でボランティア(援人 1216便)

朝礼、松本センタ―長の挨拶(抜粋)。

「昨日は雪が少し降った。
被災者を取り巻く環境が変わってきた。伐採した木などは環境省が回収しない方向になってきている、など。
ある依頼者、センターへ来て依頼を伝えた後、センター長の笑顔に救われた、一人じゃないんだと思った、と涙を流していた。しかし被災者のゴミなどは自腹で処理する方向へ進む。また、トン袋に入れないと持っていかないという方針変換も…」
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南相馬・小高:14代続く家 通いの片付け6年めのお手伝い(援人 1028便)

Posted on 2016年11月2日. Filed under: volunteer | タグ: , , |

ボランティアチーム援人、1028便、2016年10月29日土曜日、約1ヵ月ぶりの南相馬市小高区(旧避難指示区域)でのお手伝いの記録。

南相馬ラブ部の一人部活として、個人的には超久々のすき家(原町店)へ。土曜朝5時過ぎ、客入り8割強。千手観音君はよりたくましく成長していた。それを羽生結弦君の成長にときめくオバさんファンのような気持ちで眺めながら、卵かけご飯+サラダを食べる。

南相馬・小高(旧避難指示区域)でボランティア(援人 1028便)

南相馬・原町のセブンで。これが普通に買えるとは、さすがずんだ/じんだ文化圏だぜ。

南相馬・小高(旧避難指示区域)でボランティア(援人 1028便)

鹿島区の寳蔵寺まで紅葉を見に行く。

南相馬・小高(旧避難指示区域)でボランティア(援人 1028便)

新田川、真野川などで鮭を探す。少しだけ見ることができた。

南相馬・小高(旧避難指示区域)でボランティア(援人 1028便)

小高。着替えてから開店したばかりのローソンにダッシュし、のち小高川。

鮭いないなぁ…と探していたら、つーっと水面をつんざくように一匹上がっていった。写真は撮れなかったが、鮮烈な姿だった。

南相馬・小高(旧避難指示区域)でボランティア(援人 1028便)
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南相馬・小高:依頼6ヵ月後の草刈り 久々に「完了」(援人 0902便)

Posted on 2016年9月5日. Filed under: volunteer | タグ: , |

ボランティアチーム援人、2016年9月3日土曜日、東日本大震災および東京電力福島第一原発事故の被災地である福島県南相馬市の20km圏内でのお手伝いのメモ。

一月ぶりの南相馬。やはり金曜夜は北上するキャラバンのシートで仮眠、が一番落ち着く。

南相馬市ボランティア活動センター、松本センター長、朝礼での言葉。

「小高の避難指示解除のときのような状況が、お隣の浪江町で始まっている。(ボランティアを告知する)チラシを作ったが印刷に回せない。ボランティアが土曜日でもこれだけしか集まらない。来週も厳しい。人が毎日足りない。なんとか省力化を、環境省と相談した。竹の伐採について協議するため、担当が2名来る。内閣府からもトンバッグについて月に100枚なんとかしようと。やり方を変え、トンバッグに入れる時間が短縮できるならしたい。
来れるときには来て、復興のお手伝いをしてほしい」

炎暑の熊本でお手伝いしてきた翌週、南相馬・小高は避暑地のような過ごしやすさだった──わけがない。ぼくらはガテン系ボランティアだ。多少の涼しさに乗じて刈払機をブン回していると、汗は際限なく流れた。

熊本でのお手伝いは外にいるだけで体力を削られる戦いだったが、今日は刈払機をハードに使うと汗だくになった。気温はそこそこだが、しっかり動くとやはり暑い。
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南相馬・小高:この竹林終わるのか 行動したように考えること(援人 0624便)

Posted on 2016年6月26日. Filed under: volunteer | タグ: , , |

ボランティアチーム援人、0624便、南相馬市小高区(避難指示区域)での2016年6月25日土曜日のお手伝いの記録。

避難指示解除まであと3週間。5年間ほぼ毎週末、東北に通うことができた。健康な体に産み育ててくれた親のお陰。そしてもう一つ、キャラバンのシートの揺りかご効果のお陰も。初期の風邪、筋肉痛、そして今晩の頭痛に至るまで、キャラバンで仮眠すれば南相馬に着く頃にはだいたい治ってしまうから。

朝、ミーティング前の小高で見た光景。

朝礼、センター長のお話。

「昨日も4人ぐらい。毎日1、2人。伐採などあと10件。200人ぐらい。竹の伐採、8件、のべ500人。草刈り、家の掃除など、明日5件。残っているニーズ、87件。今日は3件。新たな依頼が1日3、4件ある。昨日は7件あった。
住民の方は7月12日に皆さんお帰りになるが、7月12日以降も、また来年もやってくれるのか、という質問が多い。1、2年は間違いなく続けていきたい。
土日だけの活動としたかったが、無理だ。当分月曜と火曜日のみ休みでやっていく」

日差しは強くなかったが体を動かすととても蒸し暑く、作業中は汗が水のように流れ続けた。そんな中水分補給は大事だが、ほどほどにしないと逆にバテてしまう面もある(長時間の有酸素運動では水の摂りすぎで悪化するケースもあるそうだ)。

ニーズについての依頼主の表現は微妙なのだが。すっきりさせたいという意向を叶えようとするとやはり全伐採しかなさそうだ。
今日は高台にトンバッグを置いていい許可を取り付け、高台での作業に集中。場所も広く効率的にできた。チッパー、またも不調。今回は歯がなぜか逆回転のみ。が、Nさんが機転を利かせなんとか使った。

南相馬・小高でボランティア(援人 0624便)

Iさんがノコギリで手を怪我、病院へ。自分も似たような怪我は何度かしている。改めて注意したい。


今日、なぜ小高で醤油を買ったのか?

南相馬・小高でボランティア(援人 0624便)

  1. 今日は非常に蒸し暑く、竹林伐採のお手伝い中汗が滝のように流れた。で、水分と塩分を補給するため。
  2. 家で醤油が切れそう。日用品はなるべく南相馬で買うようにしているから。

正解はもちろん2番。

終わらない竹林伐採。ぼくらのチームだけでのべ40人ぐらい入っている。毎回作業手順は研ぎ澄ましているし、今日も必死で働いた。でも終わるのは避難指示解除ギリギリになってしまいそうだ。

南相馬・小高でボランティア(援人 0624便)

正直、感情的に強く思い入れできる作業ではない。でも完遂しなければならない。

考えたように行動するか、行動したように考えるか。人を助けると決めたら、苦しくても後者を選ぶべきだ。

やっているとニーズの根底にあるものが染み込んでくる。善悪も好悪もなく。「自分が」気持ちいいかどうかじゃない。「自分と周りの世界にとっての」意味があるかどうか。やり終えれば、それが何らかのかたちで腹に落ちてくると思うんだ。

避難指示解除までのお手伝い、あと2回。


帰路、四倉PAで「サービス丼」(と、ラーメン)を食べてみた。

南相馬・小高でボランティア(援人 0624便)

ご飯の上にキャベツが敷かれ、コロッケ、メンチカツ、目玉焼きが乗り、ドロッとしたデミグラスソースが回しがけしてある。これに味噌汁、お新香、おかず味噌がついて500円。サービスし過ぎです!

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南相馬・小高:5年目最初のお手伝いは伐採木片付け 広野ですいとんを食べる(援人 0304便)

Posted on 2016年3月7日. Filed under: volunteer | タグ: , |

ボランティアチーム援人、2016年3月5日土曜日(0304便)、南相馬市小高区で。5年目の3月、最初のお手伝いだ。

毎年3月は被災地に多くのマスコミがやってくる。外の人にとっては「節目」であっても、そこに住む人にとってはずっと続く「日常」であり、静かな暮らしを掻き乱されることを嫌う人も多いようだ。ぼくらは住民の方々を下支えする裏方。この時期は特に、粛々とお手伝いをすることを意識しよう、とグループに投稿した。

予想通り、朝のセンター内にテレビの取材クルー。小高の決まりきった取り上げられ方には少しうんざりしてきた。評論家は離れた場所にいて嘆いてみせればいい。しかし、(以下略)。

援人号0304便南相馬行き

お手伝いは、色々なチームが累計7、8回は入った家の敷地内、元畑(一部は養蚕のための桑畑だったとか)で伐採された雑木や竹の袋詰め。20cm以上の大径木(多くはきちんと玉切り済みだが)も多かった。

援人号0304便南相馬行き

朝センター長は「半日で終わるだろう。次も用意している」と。確かにざっと見ではそれぐらいの作業量だとも思える。しかし太い木が多く、枝は長いまま、木質化した大量のつるもあり、トンバッグ詰めは苦戦。

午前で終えよう! という夢は消え、2回トンバッグを補充し、16時近くまでかかってやっと終わった。

依頼は締め切り付きなので、ともかく終わらせるのが肝心だ。トンバッグに詰めるため下処理する、隙なく詰めるなどすれば確かに沢山入れることはできるが、ペースを考えずその作業が目的化してしまうとと進捗が制御できない。全体を見てその日の落としどころを決めたい。またトンバッグ詰めを一人でやる場面を何度か見たが、非効率だ。声かけして連携したい。今日は女性が5人、ハードな作業だったが善戦したと思う。

ご夫婦は現在郡山に家があるとか。ご主人は最初所用で出掛けていたが、やがてぼくらと共に懸命に働いていた。依頼主にも感謝され、すっきりとした気分で帰京できる。


昼、東町エンガワ商店に行くと、小高駅を安倍総理一行が訪れているところに遭遇。

援人号0304便南相馬行き


夕食。この日は広野町のイオン広野店(ひろのてらす内)のオープン日。中には有名な西シェフのレストラン「くっちぃーな(CUCCINA)」が入っていると知ったので、皆で行ってみた。

援人号0304便南相馬行き
ぼくが食べたのは「すいとん定食」。福島県をかたどった皿に盛られた新鮮な刺身も付いて(置き方が逆だったが・笑)、美味しかった。

援人号0304便南相馬行き

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南相馬・小高:震災6年めの「津波被災家屋」でのお手伝い(援人 0108便)

Posted on 2016年1月14日. Filed under: Fukushima, Great East Japan Earthquake, volunteer | タグ: , , |

ボランティアチーム援人、0108便(活動日:2016年1月9日土曜日)、福島県南相馬市でのお手伝いの記録。

震災から6年目に入る2016年最初のお手伝い。東京から車で3時間半の場所でぼくらがやったお手伝いは、海まで500mもない津波被災の跡が残るお宅からの家財出しだった。
床下や庭にはさまざまな瓦礫を巻き込んだまま土砂が残り、トイレや浴室の床や壁には泥がついてひび割れていた。
復旧が進むペースは本当にまちまちなのだ、と痛感する。特に原発災害の被災地では。

渋谷にあるジャパンレンタカーのお洒落な店舗。スキーや登山のための道具を持ったグループで賑やかな雰囲気だ。

南相馬市小高区(避難指示解除準備区域)で災害ボランティア(援人 0108便)

三連休はここからスタート。…といっても金曜日の夜はもちろん南相馬へ。
小高でボランティア→荒川でハーフマラソン→常総でボランティア、の一人なんとかアスロン開始だ。

未明の南相馬IC、気温0度。

早朝、鹿島区の男山八幡神社で「ジャンボ絵馬」を見る。
社務所から出てきたお婆さんとしばし歓談した。今でも仮設住宅に行くボランティアが定期的に訪れ、社務所に寝袋で泊まっていくとか。頭が下がる。

南相馬市小高区(避難指示解除準備区域)で災害ボランティア(援人 0108便)

小高でのお手伝い初めの前に、短い時間だが小高神社で初詣をする。

南相馬市小高区(避難指示解除準備区域)で災害ボランティア(援人 0108便)
(さらに…)

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