南相馬・小高:今年最後は18人チームで3件のお手伝いをやり終える(援人 1225便)

Posted on 2015年12月26日. Filed under: ボランティア | タグ: , , |

ボランティアチーム援人、1225便、福島県南相馬市小高区での災害ボランティア、2015年12月26日土曜日の記録。

金曜日、そしてクリスマス、師走の今日、援人号南相馬行きはついに年内最終便。車2台18人となった。ニーズによっては2チームに分割されてもいいように割り振りも考えた。できる準備はやった。

楢葉町・木戸川漁協が、今年戻ってきた鮭から卵のふ化を「5年ぶり」に再開させたという記事が目に留まった(福島民報12/23)。

南相馬市小高区(避難指示解除準備区域)で災害ボランティア(援人 1225便)

震災と原発事故は沢山のものをめちゃくちゃにしてしまったけど、こうやって「つなぎ直す」「つなげていく」営為の大切さを改めて思う。援人も、今年も淡々と続けてきた。今夜の便が最後の仕上げだ。

ニーズはあらかじめわかっていた。

1. 敷地内の草刈り、伐採木の移動(移動先は依頼主と協議)。1本だけ1mの高さで切った木があり、高さをもう少し詰めたい
2. 1.の現場の300mほど手前。解体した納屋の材木、外壁材などの分解、切断、トンバッグ詰め。チェーンソー、高速切断機など必要。

2つのニーズとも10人で半日程度の作業量。2チームに分かれるのが妥当か、集中するのがよいか。現場を見て決めようと考えた。

朝礼。社会福祉協議会の門馬会長の挨拶は、「この町は文化の息づく町だった。鎌倉、北条の時代から。大して栄えもしない、潰れもしない。この町を守りたい。直したい」。

続いて松本センター長、「今お借りしている旅館の解体は1~2年後ぐらいになるのではないか。旅館オーナーはできるだけ最後の方にしてもらう、と。ボランティアセンターの活動は続けていく。農業支援なども考えている。来年も小高で。皆さんと相談しながらやっていきたい」。

午前のニーズはいずれも依頼主不在、仕上げレベルがやや曖昧だったが、2チームに分かれ、時々人を融通し合いながらやり切った。
(さらに…)

全文フィードを読む | Make a Comment ( None so far )

南相馬・小高:4年8ヵ月目の被災財出し 控えめに迅速に(援人 1106便)

Posted on 2015年11月18日. Filed under: ボランティア | タグ: , , |

ボランティアチーム援人、1116便、福島県南相馬市の避難指示解除準備区域(小高区、原町区の一部)でのお手伝いの記録。

(※以下、帰京して寝る前に書いたFacebook投稿を、少しだけ手直しして貼り付け)

明日(というかすでに今日)は常総だけど、被災されて避難中の方の大事な決断のときをサポートしたのだから、きちんと振り返っておきたいと思う。

小学校すぐ近く、商店、住居、畳の部屋の広い教室が連なるお宅で被災財片付けのお手伝い。

依頼主は、避難中のいわきから軽自動車で到着された、70~80代くらいの小柄なご夫婦だ。

被災財出しはデリケートなお手伝いだ。

センターのニーズ票の内容を見て、その粗い記載には頼ることができないと判断し、家屋の奥へと入っていくご主人と共に「出す(廃棄する)もの」にテープで印をつけていく。──と判断してすぐ、ご主人がヨタヨタと歩きながら自分で出そうとするので、それを随時サポートする方針に変える。

南相馬市小高区(避難指示区域)で災害ボランティア(援人 1105便)

指示を聞き洩らさないようにしつつ、何人かのメンバーを呼び寄せ、選り分けと搬出をやってもらう。

家電類はおおむね残す、それ以外は出すという判断をされるのだが、傍で吟味すると使える食器や着物、思い出の品と思われるものも出てくる。そこで、控えめに「これまだ使えそうですね」「残された方がいいのでは」と話しかけていく。

初めてお会いした方であり、来歴を知っているわけでもない。だから適切なサポートができたと胸を張ることはできないが、急かすことなく、判断を押し付けないよう心がけながら、できるだけの敬意をもってお手伝いを続けていった。

南相馬市小高区(避難指示区域)で災害ボランティア(援人 1105便)

結果、沢山の家具類と被災財がトンバッグ8袋分、ガレージに並んだ。
(さらに…)

全文フィードを読む | Make a Comment ( None so far )

南相馬・小高:熱では長続きしない 終わらせることに執着するチームでありたい(援人 0918便)

Posted on 2015年10月3日. Filed under: ボランティア | タグ: , , |

ボランティアチーム援人、0918便、2015年9月19日土曜日のお手伝いの記録(であると同時に、シルバーウィーク1/5日めの活動記録)。

この便は車2台、16人のメンバーで向かった。

土曜日なのに、松本ボラセンに集まった活動者は少なかった。

南相馬市小高区で東日本大震災ボランティア(援人 0918便)

豪雨被害の被災地へ流れたのか。やむを得ないとも思う、が。2012年4月からはじまった出来事を思い出す。避難区域が再編され誰でも日中立ち入りができるようになると、熱に浮かされた沢山のボランティアが小高に詰めかけた。そして、大半の人はやがて来なくなってしまった。

熱は必ず冷める。熱だけを原動力にしたら続かない。ぼくらは小高に、もはやそういうもの(だけ)に頼って通ってはいない。最後までやると決めている。こういう逆風の中でこそ、改めて明らかにしておきたいことだ。

この日の活動では、実は心に期していることがあった。
(さらに…)

全文フィードを読む | Make a Comment ( 1 so far )

南相馬・小高:帰還に向けた希望のお手伝い しかし町の様相はまちまち(援人 0626便)

Posted on 2015年7月3日. Filed under: ボランティア | タグ: , , , |

東京電力福島第一原発事故による避難指示解除準備区域、南相馬市小高区での復興ボランティア活動、ボランティアチーム援人0626便、2015年6月27日土曜日のお手伝いの記録。

出発時、深夜の東京・八重洲は雨だった。常磐道を北上中もずっと雨、そして南東北の梅雨入りが宣言された土曜日、終日雨が降る中での作業となった。

南相馬・小高でボランティア(援人 0626便)

早朝、原町・北泉の海岸で。重い雲の下、沖でサーファーたちが波待ちをしていた。

南相馬・小高でボランティア(援人 0626便)

朝、雨の中だったがボラセン内は溢れるほどの人。嬉しい光景だった。

南相馬・小高でボランティア(援人 0626便)

朝のマッチングで松本センター長から渡された作業依頼表は、3つ。午前に1件、午後に1件で2件までの対応は何度も経験あるが、3件は初めてかもしれない。
(さらに…)

全文フィードを読む | Make a Comment ( None so far )

南相馬・小高:そこを明け渡さないため何度も草を刈る (援人 0619便)

Posted on 2015年6月24日. Filed under: ボランティア | タグ: , , |

ボランティアチーム援人、0619便(活動日:2015年6月20日土曜日)、福島県南相馬市小高区でのお手伝いの記録。

この日のお手伝いは、久しぶりの草刈りだった。

南相馬・小高でボランティア(援人 0619便)
5月に入った頃から、国道6号線沿いや小高郊外では緑が濃くなり、草の背丈も伸びはじめていた。また原町では、田植えされた苗があっという間に青々と茂っている。そろそろ必要なんだろうな…と思っていたところで、順番が回ってきたらしい。

朝、朝食後に訪れた原町区の真野川漁港。
未明まで降った雨は上がり、強く陽が差しはじめたところで、静かな海面は鏡のように漁船を写し出していた。

南相馬・小高でボランティア(援人 0619便)

小高区塚原でのお手伝い、まず1件め。道路から櫛状に、畑の間を500~600mほど延びる引き込み道の草刈りだった。

車一台通れるぐらいの砂利道と、畑へと落ち込んだ斜面が民家までずっと続く。草の密度はさほどないが、タンポポのようにロゼット状に地面にへばりついた葉や下草が多く、刈払機を地面スレスレで使うことになる。すると砂利がバンバン跳ね飛び、なかなか危険だ。平坦な道なのでできるだけ正確に単調な動きを繰り返す。これがなかなかキツかった。

南相馬・小高でボランティア(援人 0619便)

現場はともかく縦に長いので、離れたメンバーとの意思疎通が難しい。今回のような現場では、最初からチームを分割するべきだったと後で気づいた。

やや粗えの出来だが、1件めは午前で終了した。

センターでの昼食後、同じく塚原の2件めのお宅へ。高台の住宅群のやや下にあるこのお宅でのお手伝いは、今回で3回めだった。

見覚えがある家を囲む斜面や側道の草は、またもリセットされている。

初訪時はこのお宅だけで1日かかった記憶がある。が、今回は半日だけなので、場所に優先度を付け、担当を割り振って早速スタートする。メンバー全員が刈払機を持つことにした。

南相馬・小高でボランティア(援人 0619便)

何度も同じ場所をやることには、正直徒労感もある。が、度々依頼されるのは家に思いがあるからなのだろう。
最初に伺ったとき、依頼主(シニアの女性)は、自前の背負い式刈払機を慣れた動きで操っていた。
最近はどうされているのかな、お元気だろうか、と気になった。
(さらに…)

全文フィードを読む | Make a Comment ( None so far )

南相馬・小高:町に血がめぐれば、犬はダンスしクロネコも通る(援人号 0605便)

Posted on 2015年6月8日. Filed under: ボランティア, 福島, 東日本大震災 | タグ: , |

福島県南相馬市小高区行き、ボランティアチーム援人、0605便、2015年6月6日土曜日のお手伝いの備忘録。

この日は先週便(0529便・中野は不参加)からの継続、センターから北東へ1.5kmほどの農村部のお宅での伐採済みの竹など移動、玉切り処理だった。

南相馬・小高でボランティア(ボランティアチーム援人 0605便)

金曜深夜、集合場所の八重洲は雨。常磐道を北上していく間も、雨は勢いを強めたり弱めたりしながらずっと車体を叩いていた。

朝食は国道6号線沿いのセブンイレブンで。南相馬名物の「アイスまんじゅう」(松永牛乳)がセブンイレブンで24時間買えるようになった、という話題をTwitterで知っていた。が、雨で肌寒いし、しかも朝っぱらだし…。
買ってみた。

南相馬・小高でボランティア(ボランティアチーム援人 0605便)

ボランティアセンターに到着する頃、天気は小雨から曇り空に変わってきた。
午後になって陽が差しはじめるまで、大半は涼しい空気の中で肉体労働に集中できる日になった。

刈った竹を90cm以内に玉切りする作業は、高速切断機が圧倒的に速い。3人チームでそれにあたってもらう。そして残りのメンバーは、散在した竹の山をカッターの作業場所まで運んでいく作業にまずは専念する。

南相馬・小高でボランティア(ボランティアチーム援人 0605便)

一方、カッター作業がボトルネックになりはじめたこともあり、細い竹は並行して手ノコで処理もしていく。

南相馬・小高でボランティア(ボランティアチーム援人 0605便)

また、重い竹を持てない女性陣は雑木などをネコで運ぶ。適材適所で、無駄な動きがないよう働く。

南相馬・小高でボランティア(ボランティアチーム援人 0605便)

午後、玉切り用の竹の山の消化まであと10分か…追加で10分、と目算して作業時間を延長し、全て完了できたのは16時過ぎだった。

南相馬・小高でボランティア(ボランティアチーム援人 0605便)

個人的には、午前の重い竹運びは上半身・下半身共にこたえた(これを打っている翌々日も腕に筋肉痛が残っているぐらい)。終盤、玉切りチームが疲れた様子なので交代したが、中腰でのカッター作業は腰がキツかった。
いつもは皆が疲れた顔をしはじめる頃からもう一度力を振り絞れるのだが、我ながらカッター操作に加わるのは危ないと感じはじめたので交代してもらったほど、終盤は疲れ切った。

途中、飲み物の差し入れに来られた依頼主は6月中旬までには終えてほしい…と仰っており、チームで2週かけて依頼を一つ完了できたことは、ボランティアとしてシンプルな喜びだ。

南相馬・小高でボランティア(ボランティアチーム援人 0605便)

昼、小高駅前で「ROKKOKU SONG」というイベントが行われていた。
(さらに…)

全文フィードを読む | Make a Comment ( None so far )

南相馬・小高:震災5年めの泥出し 除染で住民にかかる重荷 (援人 0522便)

Posted on 2015年5月24日. Filed under: ボランティア | タグ: , , |

南相馬市小高区(避難指示解除準備区域)行き、ボランティアチーム援人、0522便(活動日:2015年5月23日土曜日)の活動記録。

未明、常磐道の楢葉町を過ぎたあたりで空はうっすらと明るくなり、3時半過ぎ、南相馬に着く頃には地平線が赤みを帯びはじめた。

南相馬・小高でボランティア(ボランティアチーム援人 0522便)

朝、「のまおい夢気球プロジェクト」というイベント開催中の原町・雲雀ヶ原では、気球が上がりはじめていた。

南相馬・小高でボランティア(ボランティアチーム援人 0522便)

この日は快晴。強い陽射しだが風は案外涼しく、湿度もあまりないため不快さはあまり感じず。お手伝い先は2軒、2つのお宅とも完了することができた。

朝礼でセンター長から「タタミ50枚搬出、床下のドロ出し…」などと書かれた作業依頼票をもらい、軽く驚く。こんなニーズがまだ出てくるのか、と。
(さらに…)

全文フィードを読む | Make a Comment ( None so far )

« 前のページ

Liked it here?
Why not try sites on the blogroll...