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読書メモ:「町の未来をこの手でつくる 紫波町オガールプロジェクト」(Key: 公民連携, 稼ぐインフラ, えぐねランドスケープ…)

Posted on 2016年12月15日. Filed under: book | タグ: , |

町の未来をこの手でつくる 紫波町オガールプロジェクト(猪谷千香) 」、読了。

さすが元新聞記者、書く力があるなぁという印象。

「地方創生、地域活性化、まちづくり。さまざまなことが言われるが、オガールプロジェクトとそれに関わる人たちを見ていると、言葉遊びにすら思えてくる。それぐらい、オガールプロジェクトは稀有な存在である。(…)不謹慎かもしれないが、たとえ日本が滅びても、紫波町だけは生き残るのではないかと、半ば冗談、半ば本気で思ったほどだ」

と筆者があとがきで熱く語っている岩手県紫波町の「オガールプロジェクト」について、キーパーソンなどへの取材を軸に多面的に紹介している本だ。

ちなみに「オガール」について、この本を読む前に名前ぐらいは知っていた。で、読む気になったのはこんな理由だ。台風10号で被災の宮古市にボランティアに行った際、「紫波町社会福祉協議会」のマイクロバスや、ビブスを着た人を何度も見かけた。その「紫波町」の町づくりってどんなものだろう…と気になった。

(さらに…)

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映画「何者」を観て、小説「何者」を読んだ

Posted on 2016年12月9日. Filed under: book, Movie |

おそらく今日(2016年12月9日)でロードショー公開が終わった映画「何者」を駆け込みで観て、

何者 – 映画・映像|東宝WEB SITE
何者

そしてすぐに小説を読んでみた。

何者(朝井 リョウ):Amazon

ネット上で感想の断片に触れたりして記憶に引っかかっていた。で、意外な面白さに驚き、ある点(後述)について確かめたくてすぐに小説も読んだ。
以下、そのざっくりまとめ。

「何者」とはどういう意味か

物語は、さまざまな考えを呑みこんで就職活動を戦い、内定を得ることで社会に認められよう、つまり「何者」かになろうとあがく若者5人を描いている(実はこのタイトルに込められたもう一つの含意は終盤に明かされるのだが)。いわば就活ドラマだ。

しかしこの映画はネット時代の我々は「何者」かと問いかけていないか?

この映画では小道具としてTwitterが非常にうまく使われている。原作の小説もそうなのだが、小説は物事をリニアにしか提示できないが、映画では人物の行動とTweet(つぶやき)がオーバーラップするシーンが度々ある。その内容がちぐはぐであればあるほど、今や当たり前になった「日常生活についてちょくちょくネットでつぶやく」行為に対する異化効果が(小説以上に強く)生じていると思う。

楽しい飲み会の中にいて、スマホでTwitterをやっているお前は「何者」だ?
エアリプを飛ばし合うお前と相手は、誰に向かって「何者」として振る舞っている?
裏アカで暗い本音を吐き出すお前は「何者」だ? 現実のお前と統合されているのか?

…といった問いかけが行われているような気がした。

人は何かを吐き出し、他者と相互作用することで自己を形作っていく。テクノロジーの進歩は人がアウトプットする「場」「形・長さ」「頻度」を変えてきた(例:Twitterばかりやっていると長文が書けなくなる≒まとまった長考をしづらくなる)。

空想、妄想、公言しづらい暗い想念などは昔の人も持っていたものだろう。が、それをネットで吐き出せるようになった。それによって即座に人とつながれるようになり強化してきた現代人の「自己像(何者であるか)」は、それ以前とはだいぶ様変わりしてきたはずだ。

映画の中で、主人公たちのフラグメント化した自己が交錯していく様子を見ながら、これは若者の就職活動(だけ)を描いたものではない作品になっているなと感じられた。

少なくともぼくはそう感じたのだが、次に、原作の小説からしてそこまでを意図して書かれたものなのか、それともこの映画の監督が広げたのか、映画のイマジネーショナルな表現から自分がそれを掬い取っただけのかを知りたくて、すぐに小説を読んでみた(A)。

メタミステリー/叙述トリックを描く演出に驚き

少し脱線。「何者」は叙述トリックの側面がある作品だ。
主人公のモノローグが多くを占めている小説版でなく、内面を抑制して描きつつ進んでいく映画版の方が、“それ”が判明したときの驚きが強い。それだけでなく、その暴き方は主人公が取り組んでいた演劇をモチーフにした演出になっている。非常にドラマチックで映画版の独壇場であり、圧巻だった(映画好きはここだけでも観る価値があるんじゃないかなぁ)。

三浦大輔という監督はなぜこういう引き出しを持っているんだろう、と調べてみた。

三浦大輔 (作家) – Wikipedia

なるほど、自ら「ポツドール」という劇団を主宰している、つまり演劇に深い造詣を持っている人なのか。納得できた気がする。

映画版のよさと小説のよさ

疑問(A)を確かめるため、映画を観た後で小説を一気に読んでみた。
登場人物たちの性格造形や心の機微がより細やかに書かれているなど、小説ならではの点がある。そして小説版から感じ取れたのは、瑞月の

「十点でも二十点でもいいから、自分の中から出しなよ。自分の中から出さないと、点数さえつかないんだから。これから目指すことをきれいな言葉でアピールするんじゃなくて、これまでやってきたことをみんなに見てもらいなよ。自分とは違う場所を見てる誰かの目線の先に、自分の中のものを置かなきゃ。何度も言うよ。そうでもしないともう、見てもらえないんだよ、私たちは。百点になるまで何かを煮詰めてそれを表現したって、あなたのことをあなたと同じように見ている人はもういないんだって」

といった熱量の高い言葉に象徴されるように、理不尽な状況に打ちのめされながら、何者かになろうと戦う若者たちの物語として読まれるべきだろう、ということだ。

とりあえずここまで。

(ここまではネット上のレビューなどは一切見ずに書いた。後で見てみる予定。)

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読書メモ「天災から日本史を読みなおす 先人に学ぶ防災」(南海トラフまで猶予わずか, 4・5歳児を伴う避難訓練は大事, など)

Posted on 2016年11月30日. Filed under: book | タグ: , |

「天災から日本史を読みなおす 先人に学ぶ防災」(磯田 道史)、読了。

著者は映画にもなった「武士の家計簿」の人。“ベストセラー歴史家”といってもいいかも知れない。

磯田さんが災害史にこだわる理由は、母方の家系が日本有数の津波常襲地であり度々多数の死者を出してきた徳島・牟岐(むき)から出ており、津波をかいくぐって生き延びてきた人たちの上に自分の生がある、と自覚しているからだという。

この本の主張は一貫しており明確だ。“歴史に学べ、そして備えよ!”というもの。

たとえば、東日本大震災についてはこう語っている。

「考古学者たちは震災前からサインを出していた。仙台平野に沓形遺跡という約二〇〇〇年前の弥生時代の遺跡がある。震災の五年前から本格的に発掘され、当時は二キロ(現在は四キロ)内陸のこの遺跡から津波の砂の層が発見されていた。砂は分厚いところで五センチを超えていた。集落は津波で徹底的に破壊され、再び人が住みはじめたのは津波から四〇〇年後という衝撃的な事実もわかっていた。つまり、仙台平野は約二〇〇〇年前、約一一〇〇年前(貞観津波)、四〇〇年前(慶長三陸津波)、そして二〇一一年(東日本大震災の津波)と、はっきりしているだけで、二〇〇〇年間に四回もの大津波に襲われている。いずれも内陸四キロ前後まで浸水。五〇〇年前後の周期性をもったきわめて反復性の高い自然現象であったことがわかる。「あの時津波の砂に学んでいれば」という後悔が今後あってはならないだろう」

以下、“これからに備える”という視点でいくつか引用しておく。影響を受ける地域の人、親兄弟がいる人は読んでほしい。
(さらに…)

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読書メモ「牛に化粧品を売る」 Key: チェンジレバー, 選択肢3つ, レジ3回作戦, 4色ペン顧客台帳, やってみせ

Posted on 2016年11月29日. Filed under: book |

牛に化粧品を売る」(長谷川 桂子)、読了。

この本、すごかった。よくあるタイプの営業本かな(…まぁそれでもヒントはあるだろう)と読み進めたけど、グイグイ引き込まれた。

「 牛に化粧品を売る 「生涯顧客」を作る、カリスマ販売員の接客習慣」(長谷川 桂子)

Amazonでこの本に星一つのレビューを付けている人がいる。確かに奇を衒ったノウハウはない(口をあんぐり開けて特別おいしいものが落ちてくるのを待っているようなタイプ向けの餌はない、という意味)。「たったこれだけのことじゃがー。おまえらなんで、たったこれだけのことができんのならー」(筆者の岡山弁での檄)といった内容だ。

以下、思い出し用メモ。

牛(を飼っているお爺ちゃん)に化粧品(毛髪スプレーと高級ブラシ)が売れた話。

  • 売ることは聞くこと。相手に何か一言でも喋らせること。愚痴や悩みにもお客様の次の興味は隠れている。最悪なのは、「こんな新製品が出たんです」と一方的に説明をしてしまうこと。

接客について。

  • スタッフの接客力の磨き方、大切なのは「やってみせ」。毎月商品を決めて販売数を競い合う。「誰が来ても声かけてみるから、私がなんで失敗したのか、見よんなさい。成功したら、どの言葉がよかったのかちゃんと考えて」。実際に売れたセールストークはトイレに貼っておく。
  • 雑談を商談に変える「チェンジレバー」。芸能人の話題が出たらチャンス。「そうね、あののりピーっていろいろあったけど、とっても綺麗ね。なんであんなに綺麗なのかな?(眉の引き方のセオリーへ)」「あの女優さん綺麗な白い肌よね。シミひとつないでしょ。何でかな?(UV対策クリームの話へ)」「どうして旬の魚ってあんなにおいしいんでしょう?(ビタミンB群のサプリメントの話へ)」
    ただしチェンジレバーは販売員一人でなくお客様と一緒になって引くべき。会話の中に相手の言葉を引き出す仕込みを。そうでないとお客様は「売りつけられた」と思ってしまう。
  • 初めてのお客様、まだ関係ができあがっていないお客様には三分咲きの笑顔で。「理想は、美智子妃殿下の笑顔ですね。少し歯を見せて、口角が上がって、慈悲深さがあふれている」
  • 安達太陽堂には口紅が450色もあるが、3色出して選ばせる(この“技”はすごい。対面販売という“圧”もあるだろうが、ECのリコメンドエンジンなどでも参考になるのでは、と思った)。
    「まず…今つけている色を覚えます。そして…一番お勧めしたい色をまず、頭の中で決めます。これが一本目。…そして次に、今、お客様がつけていた口紅やお化粧、洋服の好みから、お客様にとって無難な、お客様がいつも好んでいる色を選びます。これが二本目。最後に、このお客様は絶対にこの色は選ばないだろうなという、お客様の好みとは対極の、『突飛な色』を選びます。これが三本目です。…必ずと断言してもいいですが、お客様は、それまでに興味を煽られていたこともあって、1本目を選びます」

売るチャンスを最大限活用する(これこそリアル店舗の力じゃないだろうか)。

  • 桂子のレジ3回作戦」。
    安達太陽堂はレジから出口まで24歩、15秒かかる。化粧水を買ってくださったお客様と雑談をしながら出口までお送りし、「今日は暑いですね。…首の後ろも、日焼け対策してる?」。反応が返ってきたら店内に引き返し、日焼け止めをご案内(1回目)。もう一度お見送り。途中、「秋の新色の口紅が出たんですよ」とご案内。春先なら「花粉大丈夫?」(2回目)。3回目はさらに車までお送りする途中で、など。
    安達太陽堂の商品陳列は一番奥の化粧品カウンターから見て、右手は口紅・ファンデーションなどの化粧品、中央は雑貨、左手は漢方などの薬類というレイアウトにしている。最初のお買い上げの後、お客様の興味のありそうなコーナーを歩き、お勧めする作戦。「24歩15秒の間にチャンスはいくらでもあります」。
    この接客を成功させるコツは、レジをその都度閉め、お客様にとって「失敗してもいいから一度買ってみよう」と思える3,000円を超えないこと。

顧客台帳の仕組みについて。

  • 3,000人のお客様について全て顏写真を貼り付ける。来店時に髪型を変えたこともわかるし、DMを書くときも目から入ってくる情報でいろんな記憶が甦る。
  • ペットの名前も必ず書く。「少子多犬化」の時代、「○○ちゃん元気?」でお客様との距離は縮まるし、ペットの名前が宛名に入ったDMをすぐ捨てる人はいない
  • カラーシールで属性を分ける。ピンク=気難しい人、グリーン=物忘れのひどい人、オレンジ=アイメイク商品は絶対に買わない人。
  • 4色ボールペンで属性を分ける。グリーン=午前中に買い物に来る人。ブルー=午後に来店する人。黒=配達をさせていただく人。パターンが変わったらご家族が病気になったなど家庭事情に変化があったかも知れない。フォローする。赤=売り出しDMのときだけ買う人。DMを確実に届け、反応がなかったら失礼にならないよう近況をおうかがいする。

バザールの仕組み。

  • バザールで来店いただいたそのときに3ヵ月後のバザールの予約をとっておこうと思ったのです」。バザールは予約の商売であり徹底的に準備をする。「戦う前の日に100%の準備が終わっていることが必要です」。
  • また、バザールを発案したことで、成功のために何をするかを考えたとき、顧客台帳の強化(ペットの名前、カラーシール、4色ボールペン…)、年間2万通のDM葉書への注力などが派生的に生まれた。

DMについて。

  • お礼のDMで「いかがですか?」「気にいっていただけましたか?」など商品の感想を尋ねることは絶対しない。「渋谷西武のミキハウスの店長が、綾ちゃんのセーターはきっと似合っているんでしょうね、と手紙をくれたときの私自身の気持ちを思い出してみると、やっぱりそうなんですね」。
  • DMには「あなたにもう一度会いたいわ」など相手がドキッとする一言を書く。

リピーターを育てることについて。

  • リピートとひと口に言うが、2度目の来店はそれほど難しいことではない。難しいのは3度目。そのお客様の1度目と2度目の買い物を見て興味のあるものをDMで案内する。また、サンプル品を見せ「(入荷は)来月ですから」など次に来るプロミス(約束)を得る。「化粧くずれ対策をしてくださいね」など宿題を出し、ちゃんとできてる? 相談に来てくださいね、とフォローDMを出す方法もある。

最後に、一番響いたところを丸々引用しておく(電車内で読んでいて涙が出た)。


地方新聞で知った情報や、お店のお客様からの情報で年間50回ぐらいの葬儀に参加します。
私が行った方がいいときもありますが、夫(社長)が参列することも多いです。
お客様との関係や、葬式の大小にもよりますが、これはお客様への気遣いでもあります。
親が死んで、化粧品店が香典を持って焼香に来たというと、いったいこの嫁はいくらほど化粧品を買い込んでいるんだと思われて、かえって辛い思いをさせてしまうこともあるからです。
安達太陽堂のVIPのお客様で年間50万~60万円ほど購入してくださっているお客様がいました。
このお客様が、交通事故で亡くなりました。
そのときは、私も本当に悲しかったけど葬式には出席しませんでした。
そのお客様はご主人が病気で入退院を繰り返されていました。周囲の方から、せめて自分が明るく振る舞うことでご主人を励まし家族が暗くならないように努めているという話を聞いていたので、私も応援していたのです。お化粧をされるのも、そのためだと思っていました。
ところが、闘病中のご主人ではなくて、ご主人を支えていたそのお客様が不慮の事故で亡くなられたのです。
お客様ご本人が亡くなられたので、参列させていただいて当然なのですが、参列しませんでした。
自分が入院して苦しんでいる間、嫁が化粧品を買い込んでいると知ったら、浮気でもしようとしていたのかとご主人が誤解されて、ご主人にとっても亡くなられたお客様にとってもこれほど不幸なことはないと思ったからです。
葬儀の日、心の中で手を合わせてお別れを言いました。気遣いを怠ったらかえって逆効果になることを忘れてはいけないと思います。

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「〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則」(ケヴィン・ケリー)を読んで

Posted on 2016年10月26日. Filed under: Activism, book | タグ: |

昨夜、WebSig24/7の「〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則(ケヴィン・ケリー)」の読書会(耳折会)その2に参加して考えたこと、ざっとまとめ。

  • おっと、またよくある罠に陥るところだった(…と気づいた)。この本はパラダイムを示したものではなく、「不可避な流れ」を示したものだ(われわれが向かう先はディストピアでもユートピアでもなく「プロトピア」だ、と最初の章にもある通り)というところには納得できていたものの、その不可避な流れは世界のどこででも同じように起こるものなんだと、また鵜呑みにするところだった。
  • 今回の読書会を通じて落ちてきたのは、直前に自分がこの本をやや批判的な視点でざっと再読したことと、W田さんの炭火の遠赤外線パワーのようなしつこい「日本ではどうなの?」という問いによって、そんなに簡単に実現するものじゃないんじゃね? そこを考察することが面白いじゃね? って切り口だった。
  • (自分のメモから拾うと)「なっていく」ものと「しがみついてしまう」ものとの相克はきっと起こる。その結果、きっと「なっていく」んだろう。日本でもアフリカでも。そこをちゃんと見ていきたい。
  • 本の民」と「スクリーンの民」の話。かつては「話し言葉」によって成り立っていた文明が活版の普及によって「書き言葉」主体となった。書き言葉は本というチャンク(塊)で流通した。それが現在、急速にスクリーンに取って代わられつつある。これは退廃ではなく適応だと考えるべきだろう。この本の中にもスクリーンの普及で人間が読む量は3倍になった、という指摘があったりするし。
  • 考えを少し進めてみた。スクリーン時代に人の思考はどうなるか。たとえば世界史には一国の通史と同時代史がある。学校で主に教えられるのは一国史だが、それは紙の本のリニア性とも関連するのでは? ハイパーリンクで行き来が容易になれば歴史認識は縦でなく横に広がりやすいものになるだろう。またたとえば、ある哲学者の思想を彼が書いた「本(固定化した塊)」で学ぶとき、1人の特異性にばかり目がいくが、アンバンドルされたページを行き来しながら関連思想や出来事と共に学べば、彼と他者、環境との関わりの方により目が行くようになり、特異性よりは時代精神の方への理解が深まるという風な変化も起こるのではないか。
  • 紙の本には終わり(読了)があり、人はそこから考えはじめる。しかしスクリーンには終わりがない。この不可避の流れは人の考え方にも影響を及ぼす。一つよい点を挙げれば、狭い視点での深掘りよりつながりに目が行き、たとえば現代人が肌感覚として捉えることができない気候変動のような大きな相互作用の仕組みへの理解に近づけるのでは、など?
  • 「コグニファイング」の章。有り余る計算パワーは何に使われていく(べき)か、というB西さんの指摘にハッとした。計算能力はもっと無駄づかいされるべき、されていくだろうというもの。エンターテイメント方面とか。これは自分の中にあった疑問と化学反応を起こした。データジャーナリズム的なやり方やインフォグラフィックのような表現はなぜ日本で普及しないのか? とここ数年考えていた。理由は英語圏で行われているような「ファクトによって説得していく」という考えそのものが、日本人にとっては“面白くない”ものだからではないか。
  • Change.orgのような生硬なアクティビズムに、日本人がなぜ拒否感を持つか。民主主義が根付いていないからか? いや“気恥ずかしい”うえに“ちっとも面白くない”からではないか。
  • なぜ人は選挙には行かないのに選挙特番を見るのか? “面白い”からだ。ならば(たとえば)日本で投票率を上げるためには、もっと選挙を“ネタ化”したらどうか? データサイエンティストはがんばってほしい──ではなく、データで何ができるかをわかった上で面白いコンテンツを繰り出せる奴らを総動員すべきだ。

脱線してしまったところで、一旦終わり。

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「白光」「身毒丸 ファイナル」「サムライ 評伝 三船敏郎」「安宅」「ふるさとの伝承/北海道・東北」「髑髏城の七人」(お盆に読んだもの観たもの)

Posted on 2016年8月16日. Filed under: book, Movie |

2016年8月のお盆に読んだもの、観たもののメモ。

「白光」(連城 三紀彦)

少女が殺され、独白などの形で“犯人”が次々現われては覆され、予想し得ない結末に向かっていく。工夫を凝らした語り口はなかなか面白かったが、人物のディテール描写があっさりしているため、頭の中で具体的な人として像を結ぶには弱い感じ。だからあまり思い入れできず、ストーリーに感心するだけになってしまった。
また、「戦地での体験」というのはジョーカーで、ちょっと手垢がついたモチーフという気もした。

「身毒丸 ファイナル」

評価が高いので借りてみた。なるほど藤原竜也はここからだったんだねぇ。そして演劇ってここまで自由なんだなぁ、と。異形のセットや登場人物が多いだけに、画質が残念。より鮮明な映像だったらもっと心動かされたかも。

「サムライ 評伝 三船敏郎」(松田美智子)

三船が出演した映画にまつわるエピソードなどを期待して読んだが、そういった内容と同じぐらいボリュームを占めるのは離婚裁判や三船プロダクションの隆盛、分裂、衰退の話。その点ではちょっと期待外れ。

しかし印象に残ったところも多数あった。
三船は終戦を九州の特攻隊基地で迎えた。上等兵として、まだ大人とはいえない特攻隊員たちを送り出す立場だったという。
終戦後、しばらく横浜・磯子に住んで復興工事の仕事をしていた(磯子から世田谷・砧のスタジオまで歩いて通ったこともあるという)。
俳優になってからは出演者だけでなくスタッフをとても気にかける気遣いの人で有名だった。
「赤ひげ」以降、黒澤作品への出演がないことから噂された黒澤明との不仲説は、近しい人たちは否定している。
50数本も共演をした志村喬との家族同様の付き合い、そして最後の共演となった撮影現場での話。
最晩年、認知症が進んだ三船の元に、かつて泥沼の離婚裁判の末に別居した妻・幸子さんが戻る。しかし三船は妻を見分けられず「おばさん」と呼んだという。

読み終わってしばらくして思うのは、繰り返し強調されるほど気遣いの人だった彼が、なぜ寂しい晩年を迎えなければならなかったか、だ。一つの見方だが、彼は壮年以降「経営者」となり、多くの人が彼との関係にお金や打算を介在させていたからでは…。だから失敗した経営者である彼に、多くの人は冷たかったのでは、などと考えてしまった。青臭いか。

あとがきに筆者が勧める三船のベスト作品がある。このうちぼくが観ているのは「酔いどれ天使」「蜘蛛巣城」だけ。三船は生涯で150本の映画に出たとか。まだまだ楽しめるなぁ!

ちなみに「酔いどれ天使」は、黒澤と三船が組んだ作品の中では(三船の黒澤映画への初出演作だが)最高傑作だと思う。主人公はアウトロー医師を演じる志村喬だが、ヤクザ役の三船が彼を、というか映画全編を食っている。この映画をこれから観る人が羨ましい。

「安宅(能楽名演集 能『安宅』 喜多流 粟谷菊生)」

「安宅(能)」と「勧進帳(歌舞伎)」をちゃんと観てみたいと思っていた。

「笈をおっ取り肩にうちかけ。虎の尾を踏み、毒蛇の口を逃れたる心ちして。陸奥の国へぞ、くだりける。」が、大好きな黒澤映画「虎の尾を踏む男達」の由来なんだと初めて知った。

「NHK ふるさとの伝承/北海道・東北 3」

リンク先は「北海道・東北」が全編入っているものだが、レンタル用はディスク一枚ずつ分割されているらしく、「3」には以下の5本が入っていた。

  1. 神楽が守る里 岩手県早池峰山麓の一年
  2. 早池峰に神が舞う 岩手県大迫町
  3. 桐の里は雪の中 福島県三島町
  4. 党屋が支える祇園祭 福島県田島町
  5. 若者が生まれ変わる山 福島県東和町の幡祭り

東京国立近代美術館フィルムセンターで行われている「ドキュメンタリー作家 羽田澄子」という企画上映のうち、「早池峰の賦」を観たかったのだが、行けなかった。

興味が湧いて調べてみると行き当たったのがこのDVDだ。岩手・大迫町(おおはさままち)の「早池峰神楽(はやちねかぐら)」を記録したドキュメンタリー2本、とてもよかった。
そして同じく収録されていた福島・旧東和町の「木幡の幡祭り」、こみいった成人の儀式がとても面白かった。
ウェブでは隠津島神社のサイトの説明がやや詳しい(が、番組中でも説明されているが、3年かけてやる行事を1年にまとめたり、年々簡素化されているという)。

「髑髏城の七人」

異様に面白かった「歌舞伎NEXT 阿弖流為(アテルイ)」は一体なんだったのか? と色々調べてみて突き当たった源流は、劇団☆新感線の“いのうえ歌舞伎”(脚本はあの中島かずき!)らしかった。で、なかでも傑作らしい「髑髏城の七人」(2011年版)を購入、お盆に観ようと取っておいた。

画面全体から溢れるすごい熱量。180分が60分ぐらいにしか思えない濃密さ。
しかし観終わってかなり疲れた。やはりジャンル越えの面白さだなぁ。これを観ずに死ねるか、って感じだ。

2017年に東京・豊洲にできる劇場のこけら落としで「髑髏城の七人」の新バージョンが上演されるらしい。(観られるかどうかわからないが)とても楽しみだ。

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「ダイソーは必ず潰れる」 矢野社長の痛気持ちいい言葉(「社長の哲学」読書メモ)

Posted on 2016年7月15日. Filed under: book, Company | タグ: |

100円ショップのダイソーを知らない人はいないと思うが、その経営者である矢野博丈氏(株式会社大創産業 代表取締役)は有名ではない。Wikipediaにも「矢野はいわゆる経済団体に参加せず、経済誌などのインタビューもほとんど受けないため、マスメディアにあまり登場することはない」(矢野博丈 – Wikipedia)とある。

彼の発言を以前どこかのネットメディアで読み、ずっと興味を持っていた。で、有名な経営者だから本を出しているんでは──と検索してみたが、ない。かろうじて引っかかったのは以下の本だ。

イエローハット、MKグループ、ドトールコーヒーの経営者と共に矢野氏が登場するが、この本は講演録のようだ。だから正確には著書とはいえないが、それでも矢野氏の“魅力的な”言葉を味わうことはできる。

矢野氏のどこに魅力を感じるか。経営者は自社を取り巻く環境や将来について過剰に怖れを抱く(いわゆる)パラノイア的側面が多かれ少なかれあり、それが優れた経営者の資質だといわれることもある。大企業の経営者ともなればそういった側面をうまく糖衣でくるむ人が多いが、矢野氏の場合はむき出しなのだ。だから読んでいて“痛気持ちいい”と感じてしまう(ぼくの場合は)。

(ちなみに、ドンキの社長はもっとガツガツしている。)

以下、「社長の哲学」から自分用に抄録をまとめておく。

今、日本という国は本当に恐ろしい、厳しい、悲しい、すごい国になってまいりました。われわれ日本人の心の貧困、また日本人の劣化は目を覆うばかり。世界に誇れるような日本人の強い遺伝子を持った人がいなくなってきた。今さえよければいい、自分さえよければいいという人ばかりです。経済もまさに『祇園精舎の鐘の声』で、平家のようにつぶれていく寸前でありましょう。この日本をどう変えていけばいいのでしょうか。新たな啓蒙が求められている時代であると思います」

  • 20世紀は青い色、今は灰色。21世紀は思わぬ悪いことが起きる「守り続ける世紀」だ

「私は31年間この商売を続けていますけれど、最初のころは店頭販売をするために朝4時5時に家を出て、店先に6時ごろにつけて、商品を下ろしてベニヤ板の上に物を並べていました。準備が終わって、売る前に腹ごしらえをしようと喫茶店にモーニングを食べに行くと、商店街の親父さんがのんびりやってきてモーニングを食べていました。私たちは食べたらすぐに帰るけど、彼らはゆっくり新聞を読んだりしていました。(…)20世紀にはそれでもやっていけたのです。その同じ商店街が、今シャッター街といわれるようになっている。時代は変わったのです」

  • 勝ち組、負け組という言葉が流行したが、もう古い。生きるか死ぬかの時代になっている

『大創産業という会社は必ずつぶれるんだ』ということ。必ずつぶれる会社をいつまで保たすか、その期日を先延ばしにするには社員が努力し頑張るしかない。たくさんの先輩たちが働くという強い遺伝子を発揮してダイソーをつくってくれたけど、このままでは5年先にはつぶれてしまう。それをなんとか5年5ヵ月保たせたい。そのあともう5日延ばしたい。その気持ちを鮮明に持って、みんなで頑張るしか道はない」(入社式で新入社員に話す内容)

「笑い話になりますが、金を差し出したとき、私の肘は曲がっていました。返さなくてはという思いの半面、返したくないという思いも5割あって、肘がまっすぐに伸びなかったのです」( 夜逃げ同然で出てきた東京で、状況した兄に借金を返す場面の話)

  • ダイソーには社長室も応接室もない。秘書らしいものもいないし、役員も3人だけ。社員はパートを入れると2万2千人ぐらいいるが、会社のあり方は創業時とあまり変わらない。20世紀はどんどん大きくなることが正しかった。しかし21世紀は大きかった企業が縮んでいく時代だ

「それまでの私は、つぶれる会社に勤めてくれる社員を怒れませんでした。朝の5時6時から夜の11時12時まで働いてくれる社員を怒れるはずがない、そう思っていたのですが、伊藤会長にお会いした翌日から、社員を怒ることができました。それも必死で怒れるようになりました。そのことが今の会社ができた大きな理由だと思っています」(セブン&アイの伊藤名誉会長から薫陶を受けて辿り着いた考え)

馬鹿野郎、俺だってつぶれる夢を月に1回は見るぞ。ヨーカ堂やセブン-イレブン、大した会社じゃないんだ。いいか、中台戦争が起きたり、中近東戦争が起きたり、ヨーカ堂が不祥事を起こして新聞で叩かれたら、1人客単価100円は減るんだ。それだけで赤字になってしまう。そんないい会社じゃないんだよ、馬鹿野郎」(伊藤会長)

俺の生きている間だけ生きられればいいよ」(ジャスコ 岡田名誉会長)

私は経営者に向いてないんだ」(ユニー 家田元会長)

他にも、矢野社長がダイソーを創業するまでの流転の日々についての記述が結構ある。家族を連れ広島から東京に逃れてきたとき、箱根駅伝のランナーを茅ヶ崎あたりで見かけたときの情景や、「10年ほど前までは、茅ヶ崎の景色が映ると泣いていました」という一節などはしみる。

万人受けするものではないと思う。理解できない人も多いだろう。
が、ぼくは矢野社長の考え方をときどき思い起こしたい。

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