Activism

「〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則」(ケヴィン・ケリー)を読んで

Posted on 2016年10月26日. Filed under: Activism, book | タグ: |

昨夜、WebSig24/7の「〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則(ケヴィン・ケリー)」の読書会(耳折会)その2に参加して考えたこと、ざっとまとめ。

  • おっと、またよくある罠に陥るところだった(…と気づいた)。この本はパラダイムを示したものではなく、「不可避な流れ」を示したものだ(われわれが向かう先はディストピアでもユートピアでもなく「プロトピア」だ、と最初の章にもある通り)というところには納得できていたものの、その不可避な流れは世界のどこででも同じように起こるものなんだと、また鵜呑みにするところだった。
  • 今回の読書会を通じて落ちてきたのは、直前に自分がこの本をやや批判的な視点でざっと再読したことと、W田さんの炭火の遠赤外線パワーのようなしつこい「日本ではどうなの?」という問いによって、そんなに簡単に実現するものじゃないんじゃね? そこを考察することが面白いじゃね? って切り口だった。
  • (自分のメモから拾うと)「なっていく」ものと「しがみついてしまう」ものとの相克はきっと起こる。その結果、きっと「なっていく」んだろう。日本でもアフリカでも。そこをちゃんと見ていきたい。
  • 本の民」と「スクリーンの民」の話。かつては「話し言葉」によって成り立っていた文明が活版の普及によって「書き言葉」主体となった。書き言葉は本というチャンク(塊)で流通した。それが現在、急速にスクリーンに取って代わられつつある。これは退廃ではなく適応だと考えるべきだろう。この本の中にもスクリーンの普及で人間が読む量は3倍になった、という指摘があったりするし。
  • 考えを少し進めてみた。スクリーン時代に人の思考はどうなるか。たとえば世界史には一国の通史と同時代史がある。学校で主に教えられるのは一国史だが、それは紙の本のリニア性とも関連するのでは? ハイパーリンクで行き来が容易になれば歴史認識は縦でなく横に広がりやすいものになるだろう。またたとえば、ある哲学者の思想を彼が書いた「本(固定化した塊)」で学ぶとき、1人の特異性にばかり目がいくが、アンバンドルされたページを行き来しながら関連思想や出来事と共に学べば、彼と他者、環境との関わりの方により目が行くようになり、特異性よりは時代精神の方への理解が深まるという風な変化も起こるのではないか。
  • 紙の本には終わり(読了)があり、人はそこから考えはじめる。しかしスクリーンには終わりがない。この不可避の流れは人の考え方にも影響を及ぼす。一つよい点を挙げれば、狭い視点での深掘りよりつながりに目が行き、たとえば現代人が肌感覚として捉えることができない気候変動のような大きな相互作用の仕組みへの理解に近づけるのでは、など?
  • 「コグニファイング」の章。有り余る計算パワーは何に使われていく(べき)か、というB西さんの指摘にハッとした。計算能力はもっと無駄づかいされるべき、されていくだろうというもの。エンターテイメント方面とか。これは自分の中にあった疑問と化学反応を起こした。データジャーナリズム的なやり方やインフォグラフィックのような表現はなぜ日本で普及しないのか? とここ数年考えていた。理由は英語圏で行われているような「ファクトによって説得していく」という考えそのものが、日本人にとっては“面白くない”ものだからではないか。
  • Change.orgのような生硬なアクティビズムに、日本人がなぜ拒否感を持つか。民主主義が根付いていないからか? いや“気恥ずかしい”うえに“ちっとも面白くない”からではないか。
  • なぜ人は選挙には行かないのに選挙特番を見るのか? “面白い”からだ。ならば(たとえば)日本で投票率を上げるためには、もっと選挙を“ネタ化”したらどうか? データサイエンティストはがんばってほしい──ではなく、データで何ができるかをわかった上で面白いコンテンツを繰り出せる奴らを総動員すべきだ。

脱線してしまったところで、一旦終わり。

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南相馬:小高神社に初詣 そして過酷な竹林伐採で1年がスタート(援人号 0109便)

Posted on 2015年1月14日. Filed under: Activism, volunteer | タグ: , , |

ボランティアチーム援人、南相馬・小高行き援人号0109便のお手伝いの記録。

2012年に有志で立ち上げた援人の活動の4年めがスタートした。
2014年1月9日金曜日の夜に東京・八重洲を出発するこの便から、1年の長いマラソンがまたはじまる。

福島・南相馬(避難指示区域)でボランティア

朝、ボランティアセンターに向かう前、ほんの少しの時間相馬小高神社に立ち寄って初詣をした。小高のために汗を流す者の一人として、メンバーと共にやはり年初はここへ詣でておきたかった。

やがてここでまた人が穏やかに暮らせますように、と祈った。

福島・南相馬(避難指示区域)でボランティア

その祈りが何かにつながったのか、お手伝いは去年12月20日に惜しくも終了させられず継続案件となっていたお宅へ、再び向かうことに。

去年の1219便では、このSさんのお宅周りの斜面の竹林伐採をやり、およそ3/5ほどの進捗で終わっていた。今回、当初伐りっぱなしでいいと指示された竹を庭に引き上げて丈詰め・枝打ちもしてほしいというニーズが、依頼主から新たに告げられた。

福島・南相馬(避難指示区域)でボランティア

この追加ニーズの作業量がすごかった。伐った丈は恐らく100本近くあり、どれも直径10cm以上の立派なもの。ただでさえ重いのにツルが絡まり、かかり木になったものも多く、庭への引き上げは相当な重労働だ。
(さらに…)

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ツールとツール屋の話(「草の根活動家のためのツール会議」に参加して)

Posted on 2012年12月3日. Filed under: Activism, patagonia | タグ: , |

2008年に松原広美さんのブログ記事(残念ながらGreenzさんはサイトリニューアルの際にこの記事を削除しちゃったようなので、Wayback Machineでどうぞ→ Tools for Grassroots Activist By Patagonia )で見て強烈な印象を受け、それ以来(たぶん)何度もTumblrでquoteしたり頭の中で反芻などをしてきて、もうぼくの一部になっているような言葉だけど、やっぱり冒頭で引用しておこう。

「公正な社会では最良の情報を得るものが勝つ。しかし、私たちは公正な社会を相手にしているわけではない。私たちは、敵が戦いに使うツールと同じツールを使って戦う必要がある。そしてもっと賢く、もっと巧妙にやらなければならない。成功した革命はすべて、上からではなく、下から始まったという事実を忘れてはいけない」
イヴォン・シュイナード(パタゴニア創業者)

2012年11月30日から12月2日までの3日間、山梨県の清里高原「清泉寮」で行われたパタゴニアの「ツール会議(草の根活動家のためのツール会議 TOOLs for Grassroots Activists Conference in Japan)」に参加してきた。光栄なことに講師の一人として。

パタゴニア:環境保護への行動:草の根活動家のための「ツール会議」
http://www.patagonia.com/jp/patagonia.go?assetid=16778

TOOLs for Grassroots Activists Conference in Japan

ツール会議は、環境問題へのさまざまなラディカルな取り組みで知られるパタゴニアの施策の中でも、創業者イヴォンが特に気に入っているものだという。そして3日間ご一緒したパタゴニアの社員の人たちからも「一番好き」「とても気に入っている」という声をいくつも聞いた。

振り返ってみると、かなり特別な3日間だった。なので、いつもなら“いいことはシェアしてナンボ”主義のぼくだけど、どんなことがあって何を感じたかをあまり詳しく書く気がしないぐらいに。

というわけで、いくつか点描を。
(さらに…)

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