福島

南相馬・小高:暮らすための草刈り 雨に打たれ急斜面と戦いながら(援人 2017年 0526便)

Posted on 2017年5月29日. Filed under: ボランティア, 福島 |

ボランティアチーム援人、0526便(活動日:2017年5月27日土曜日)、原発災害による旧避難指示区域、南相馬市小高区でのお手伝いのメモ。

小雨が降ったりやんだりの天気は、斜度のキツい場所での草刈り・雑木伐採というお手伝いに意外にもなかなか好適だった。リスクもあり、道具の状態も必ずしもよくなかったが、予測を上回る進捗で終えることができた。あと1回で(ぼくらか別チームかはわからないが)あそこは完了できるだろう。

すでに帰還された方、戻る準備中の方、戻ったばかりでまた少しずつ生活環境を築き上げている方など、歩み方はさまざまだと、今回もまた思った。センターにニーズが寄せられ、ぼくらでもお役に立てるのは幸福なことだ。また行こう。

(※グループに向けて書いたメッセージ)

先日、南相馬市から「旧避難指示区域内の居住人口が2,000人を超えました」という発表がありました。うれしいニュースです。

同時にこれは、超長期の避難によって変わってしまった住環境、帰還者の世代別人口のアンバランスなどの要素を考えれば、さまざまなサポートの必要性が増していることの証しだといえます。未だに家財出しなどの初期ニーズもありながら、厳しい条件下の町に住み続けるためのサポートも必要になってきました。
援人はこれからも、「公」にも、血縁などの「私」だけでもできない「共助」の精神でお手伝いを続けたいと思います。共鳴したらぜひ動いてください。一緒に行きましょう!

10人揃って出発しました!今回はYさん提案の下道を混ぜたルートということで、今は蔵前あたり。
初参加のKさんは、NHKの番組を観て援人を調べたそうです。本当にそういう人がいるんだなぁ。では、行ってきます!

南相馬の朝。小雨から曇り、また小雨。

「山形県産アスパラ使用」。本当に画一なんてものはない。コンビニだって地域の生態系の一部なんだ。だから東北っぽいものをさがせシリーズ(適当)、その372。

南相馬・小高でボランティア(援人 2017年 0526便)

鹿島区のあたり、田植えが済んだ水田が連なっているなぁ。

南相馬・小高でボランティア(援人 2017年 0526便)
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南相馬・小高:「誰のせいなのか」 まだ帰れない旧家の家財整理のお手伝い(援人 0519便)

Posted on 2017年5月22日. Filed under: ボランティア, 福島, 東日本大震災, 東京電力福島第一原発事故 | タグ: |

ボランティアチーム援人、0519便、2017年5月20日土曜日、福島県南相馬市の旧避難指示区域でのお手伝いのメモ。

空気はやや冷たいが日射しは夏並みの強さになった。休憩時に差し入れを沢山食べ過ぎ、水分補給摂り過ぎ、軽労働で体が逆にのらず…などで少しバテた。特に水分については去年も学んだが、暑いからとぬるい水分を沢山飲むと大抵バテる。体を他の方法で冷やしつつ、水分は抑制が必要。
センター長からは1日と言われた蔵の家財整理、母屋の家財整理・移動だが、11時頃には粗方終わってしまい、庭の草がかなり伸びていたので草刈りを申し出て、こちらも終わった。

南相馬 旧避難指示区域で災害ボランティア(援人 2017年 0519便)

お母さんはテキパキと働き、明るい人だったが、ぼくらのペースに合わせたためかやはり疲れも見え、こちらから休憩を申し出た。千葉から来られていること、自力では来れないこと、リフォームにまだ3年かかること、「誰のせいなんだろうねぇ」という言葉。
依頼主と共にお手伝いすることは、その方の震災後の人生を(ごく一部でも)知ることだ。知れば、こういう方々の役に立ちたいと思う。助けが必要かどうかは東京にいてわかるものではなく、行って見て知るものだ、と改めて実感。

9人揃って出発しました! 八重洲に赤ら顔(笑)で見送りに来てくれたメンバー、差し入れありがとう。
明日の南相馬は暑そうだけど、今回もチームワークよくがんばってきます!

常磐道、最高3.3μSv/hか。また少し下がったなぁ。

南相馬 旧避難指示区域で災害ボランティア(援人 2017年 0519便)

道の駅南相馬、快晴。すでに割と暑い。今日もがんばろう!
朝のコンビニで東北を探せシリーズ(不定期連載)。これ東北限定かなぁ?

南相馬 旧避難指示区域で災害ボランティア(援人 2017年 0519便)

南相馬、鹿島の一本松。道路が整備され、一時よりは来やすくなった。しかしすでに枯死していて、今年の冬には見られなくなってしまうという。

南相馬 旧避難指示区域で災害ボランティア(援人 2017年 0519便)

うわぁ。こういうニュースを南相馬で知る幸せ。

サイヤさん、今朝もとんでもない量の行楽弁当を作ってた。(^_^;) 運動会かな。

朝礼、松本センター長のお話。

「今回初めての人は? 結構いるようだ。
シャープの労働組合さん、次回はJTBさんも。お世話になっている。
6年前の挨拶、読ませてもらう。我々ボランティアは皆さんの笑顔が見たい。それが復興の確かな証。がんばってまいります。
この気持ちは今も変わりません。
2011年から今まで、活動の幅を広げ、今また浪江の方々から依頼が来るようになった。今回で累計3件。事務的な余裕はなく時期尚早と考えていた。とはいえ依頼が来れば。今日現場視察依頼がある。
自分なりの充実した支援をやってほしい。できる人ができるときにできることを。人と同じことは絶対できない。落ち込むこともなく有頂天になることもない。使命とは命を使うこと。
被災者さんとお会いするとき、態度や言葉遣いに注意をしてほしい」

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南相馬・小高で3件のお手伝い 富岡・夜ノ森で満開の夜桜を観る(援人 2017年 0414便)

Posted on 2017年4月17日. Filed under: ボランティア, 福島, 東日本大震災 | タグ: , , , , |

南相馬・小高で3件のお手伝い 富岡・夜ノ森で桜ライトアップを観る(援人 2017年 0414便)

ボランティアチーム援人、0414便、2017年4月15日土曜日、南相馬市ボランティア活動センターの下でのお手伝いのメモ。

この日は3件のニーズを完了させ、朝は高見公園、夜ノ森公園(原町)、 雲雀ヶ原祭場地、小高神社、小高川沿い、貴船神社、そして夜はライトアップされた富岡町の桜並木と、何があってもやってくる浜通りの春を味わうことができた便になった。
仮設でお手伝いした2軒。また別の仮設に移るというご夫婦、心労を軽くしてあげることができたかな。
中通りに引っ越しされるというご夫婦、立つ鳥跡を濁さずのお手伝いができたかな。
まだまだ行きたい。

10人揃って八重洲を出発しました!
写真は出発前に屋根の傷までチェックする馬場くん。
さあ浜通りまで桜前線を追いかけながら、今週もしっかりお手伝いしてこよう!センター長の依頼票がわかりやすいものでありますように…。(祈

南相馬・小高でボランティア(援人 2017年 0414便)

2:47、道の駅南相馬に到着。

おぉ。相馬の原釜尾浜海岸だけでなく、南相馬の北泉海岸も来年夏あたり「開設を検討」…?(福島民友)

南相馬・小高でボランティア(援人 2017年 0414便)

南相馬、夜ノ森公園、桜が満開。

南相馬・小高でボランティア(援人 2017年 0414便)

広い公園だけに大雑把な場所取りをしている人も(笑)。

南相馬・小高でボランティア(援人 2017年 0414便)
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南相馬・小高:竹林伐採 家屋解体と駅前の賑わいに移ろいを見る(援人 2017年 0324便)

Posted on 2017年3月29日. Filed under: ボランティア, 福島, 東日本大震災 | タグ: , , |

ボランティアチーム援人、0324便。2017年3月25日(土)の南相馬市小高区でのお手伝いのメモ。

バールのようなもの、カーブソーのようなものなどをパッキングし、黒猫に見送られて出発。

南相馬・小高でボランティア(援人 2017年 0324便)

今回の写真、一枚目。
東京ではそろそろ桜だが、小高はまだまだ梅だ。この梅の木はもう一カ月もがんばってるんじゃないかな。この木の近くの現場で竹林伐採だった。終わっても夜まで上腕腕が痺れている。

南相馬・小高でボランティア(援人 2017年 0324便)

二枚目。
ボラセン近くのお宅、玄関脇の梅が好きだった。今日ついに足場が組まれていた。家屋解体となったようだ。

南相馬・小高でボランティア(援人 2017年 0324便)

三枚目。
二本松・杉乃家さんに行けたら「必勝カツ丼」を頼むと決めていた。明日は勝ちたい戦がある。雨天決行らしい。

南相馬・小高でボランティア(援人 2017年 0324便)

金曜夜。10人…と言いたいところだけど、残念ながら1人キャンセルがあり9人で寒風吹く八重洲を出発しました。年度末、仕事も忙しい時期になんとか集まり、見知ったメンバーでお手伝いに行けるのはうれしいもの。今週も力を尽くしてきます!

南相馬・小高でボランティア(援人 2017年 0324便)

深夜の小高、気温0度。

朝の松本ボラセン。災害ボランティアは若者が…という紋切り型は持っていないが、最近あまりに老齢者ばかり目立つのが気になる。もう少し壮年層以下にも来てほしいもの。

朝礼、松本センター長の挨拶から。

「今回初めての人は? ビデオ観てもらったが、二年前と内容はほとんど変わらない。県がつくるものなので。ボランティア来てくださいという趣旨。このほかに民放でも最近取材があった。
できる人ができることを。各々目標が違う。達成するのにどうするか。まず安全第一。目的感をしっかり持つ。ゆっくりやるのは大事だが効率も考えて。言語、動作、態度で表現していく。被災者さんも見ている。達成感をもってお帰りいただきたい。
昨日のブログにも書いたが、環境省が小高からの瓦礫出しを2月で終了した。3月からは搬出、運搬まで被災者負担に。かなりのボリューム。仕事が増えた。またボランティアに来てください。クリーンセンターへの持ち込みは平日のみ。今日は伐採木の積み込みあり。運ぶのは平日。こういう体制になってしまった。」

お手伝い、定番の番狂わせで竹林継続。今日はひたすら伐採し、かなり疲れた。重い竹を運ぶときあまりに滑るのでしばらく素手を試す。手応えはいいがノコ挽きで力を込めるとマメができそうな兆候あり、戻す。伐採中、かかっていた(自立していると思っていた)竹が頭を真正面から直撃。過去最大級の衝撃。ヘルメット被っていてよかった。午後、伐採だけでも完了を、とピッチを上げた結果積もり過ぎ、引き出しが非常に困難に。2年前頃、まだ竹林伐採に慣れない頃やったミスだ。やはり各工程が極端に滞らないよう進めるのがベスト。
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平成28年度相馬野馬追(本祭 火の祭 野馬懸)を観に行く(援人 0723便)

Posted on 2016年7月28日. Filed under: 福島, | タグ: , |

福島県南相馬市の避難指示区域でのお手伝いを続けてきたボランティアチーム援人の仲間20人で、平成28年度相馬野馬追を観に行った。以下、その記録。

平成28年 相馬野馬追

2014年の野馬追を思い出す。その年も小高でボランティアをしていたが、高齢の依頼者以外、人には滅多に会わなかった。雲雀ヶ原祭場前、お行列に現われた小高郷の騎馬武者たちを見て、「ああ、小高ってこういう人たちが住んでいたんだ」と了解できた。避難指示解除後初めての野馬追、とても楽しみだ。

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南相馬・小高:またも竹林伐採 避難指示解除「前」と「後」で激変はない(援人 0715便)

Posted on 2016年7月18日. Filed under: ボランティア, 福島, 東日本大震災 | タグ: , |

ボランティアチーム援人、0716便(活動日 2016年7月16日土曜日)、南相馬市小高区でのお手伝いの記録。

7月12日火曜日午前0時を境に、南相馬市の20km圏内は(帰還困難区域を除き)普通に人が暮らせる町に戻った。この便は「人が暮らす町でお手伝いできる」最初の便となった。

避難指示解除「前」はできるだけ数多くお手伝いに行くことを目標としてきたが、これから先はややペースを落とし、ニーズの推移もしっかり見たいと思う。しかし今後さらに活動者数が減る見込み、という先週センターで聞いた話も気になっている。

常磐線が小高まで開通した日、取材を受けていた高校1年生。小学4年生のときから避難生活を続けているとか。若い世代が町を引き継ぐまでの間、やるべきことを黙ってやるのは大人の責任だ。

早朝、道の駅南相馬で読んだ福島民友。

南相馬・小高でボランティア(援人 0715便)

NDFが筆を滑らせた? あるいは観測気球を上げてみた? 福島第一原発の「石棺化」。浜通りの自治体も、地元紙(福島民友)も猛反発している。こうして未だに翻弄されているのだ。

7時前、常磐線の原ノ町駅へ。8人のメンバーをここで降ろし、7時15分発の電車で小高駅に向かってもらう。5年4ヵ月と10分の旅だ。

南相馬・小高でボランティア(援人 0715便)

この日のお手伝いは、小高区南部の畑(跡地)で竹林伐採。5年で畑が竹林に覆われてしまったという。
避難指示解除の前も後も竹林伐採。急に何か変わるわけではない。やるべきことがあるなら精一杯やるだけだ。

南相馬・小高でボランティア(援人 0715便)

作業環境は広すぎず狭すぎず。そうなると作業の単純度(繰り返し頻度)は高くなり作業負荷は上がる。最後はノコで手のひらにマメができかかるほど、なかなかキツい作業だった。

伐採、後処理班のペースに左右されないよう徐々に伐採、ほどよい量をかかり木状態に。ときどきあらぬ方向に倒れるのは要注意。

南相馬・小高でボランティア(援人 0715便)

玉切りは180cm、切断機を通さないため凸凹を気にする必要なく、伐採、枝払い、玉切り全てをカーブソー(Silkyズバット)でこなし、効率的だった。

昼、開店したばかりの谷地魚店さんを少しだけ覗く。

南相馬・小高でボランティア(援人 0715便)

ホッキ貝を取り置きしておいてもらったのだが、夕方取りに行ったとき、店は主婦たちで賑わっていた。

避難指示解除「後」の今日の小高の町の様子は、「前」と比べて大きな違いはなかった。

車も人もよく見かけたが、“ここに人がいるのはもう珍しくない。当たり前のことだ”という自分の意識の変化が、町を見る目を変えた気がする。

避難指示解除は、何かを劇的に挽回するものじゃないと思う。

1年待ち、3年待ち、5年も経ってしまった。
戻っていいよと言われたけど、それだけの年月は重い。戻る人は10人に2人にまで減ってしまった、ということだろう。

町の人たちは「ただちに」町に帰ることを断念したのではなく、少しずつ諦めていったのだ。

それと逆の流れを起こすのにも、小さなものごとを積み重ねていき、1年、3年、5年という区切りで見たら明らかに何か変わった、といえる状況をつくっていくことが大切だろう。

少しずつ人が戻れる感じに変えていくことで、人を呼び戻す。あるいは新たに呼び込む。
それをやる主体は町の人たちだが、ぼくらボランティアができることも、これからも変わらずあるはずだ。

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南相馬・小高:避難指示解除前最後のお手伝い完了 まだ先へ(援人 0708便)

Posted on 2016年7月11日. Filed under: ボランティア, 福島, 東日本大震災 | タグ: , |

ボランティアチーム援人、2016年7月9日土曜日(0708便)、南相馬市小高区でのお手伝いの記録。

この便はぼくらにとって住民の方々の帰還前最後のお手伝いになった。7月12日、東京電力福島第一原発事故によって5年4ヵ月続いた避難指示がようやく解除されるからだ。

常磐道を深夜に北上。2時半、助手席に座った四倉PAから先は穏やかな雨が降っていた。

南相馬・小高でボランティア(援人 0708便)

朝、原町火力発電所の北側の烏崎海岸に行ってみた。目当ての馬の練習の人はいなかったが、こんな天気でもサーファーたちが出ている。

南相馬・小高でボランティア(援人 0708便)

朝礼、センター長のお話。

「最近の傾向、ボランティアが減った。以前は年間1.5万。今年は4,000人ぐらいになるだろう。引っ越し作業の依頼が増えている。要望は聞くのだがその日には対応できないことが多い。今月、ボランティアは300人を割るだろう。ブログを書いても無駄。先週、内閣府と県から5人、視察に来た。今後について、いつまでやるかと。エンドレスだと考えている。
帰ってくるのは主にお年寄り。木の伐採ニーズは終息に向かうだろうが、竹はまた生えてくる。国としては5年は継続してやっていきたいと。高速無料化も要望してみたが、話はよくわかる、ただ他省庁のことだからと。県には2年前から言っているが、無理か。一人でもボランティアに来ていただきやすい環境を作りたいが」

5回もの継続となったKさん宅の竹林伐採の追い込み、今回は全員この現場の経験者だ。
(さらに…)

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