東日本大震災

南相馬・小高:2ヵ月遅れの草刈り2件 平熱でお手伝いする(援人 0804便)

Posted on 2017年8月10日. Filed under: ボランティア, 東日本大震災, 東京電力福島第一原発事故 |

ボランティアチーム援人、0804便、2017年8月5日(土)、南相馬市小高区でのお手伝いのメモ。

10人揃って出発! 今週も、ほぼ連続参加の人から今年初めての人までさまざま。
個人的に先週の野馬追を見てから、小高の未来に希望的観測ではなく確信めいたものを持つことができた気がする。より深く、より長く見守っていきたいと思う。毎回のお手伝いはそれを表現する手段。がんばってきます!

南相馬市鹿島区、八沢地区の慰霊碑と観音像。ここに来ると気持ちが引き締まる。

南相馬・小高でボランティア(援人 0804便)

サイヤさんに桃の王様「あかつき」がズラッと並んでいた。最盛期到来だ。

南相馬・小高でボランティア(援人 0804便)

朝礼、松本センター長の話。


(ブログ読み上げ)
小高は今日も同じ。ニーズは毎日4、5件依頼あり。今は2ヵ月ぐらい待ってもらっている。廃棄物を輸送しなければならないのがボディーブローのように効いて来た。秋になれば草刈りのニーズも減るだろうが、ここは辛抱。
(日経記事の説明)
高齢者が帰還者の多くを占める中で、避難指示解除による環境省の対応の変化、回収の打ち切り。
県の補助金外れた。帰還を考える人の交通補助に使うので、と。が、(記事の訂正)別の名目で内示をいただけた。寄付などと合わせてまた1年なんとかやっていく。県は我々の活動を必要としている。
草刈りはそのうち帰ろうと思う人にも必要だろう。今日行ってもらうところ、5月に受けたニーズもある。今受けるニーズに対応するのは9月か10月になる。
最近の事故事例、草に手を突っ込んだら蜂が出てきて頭を刺された。針が残ったら削らずに(毒が出てしまうため)叩いて取る。アナフィラキシー、15分程度で症状が出る。その時間を過ぎて出なければ問題ない。
ブヨ。ダニはイノシシが媒介するらしい。香水の匂いにつられて来る。皮膚を露出させないように。

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相馬野馬追 2017年:7年ぶりの小高郷の宵乗りと帰り馬を見て“つながった”(援人 0728便)

Posted on 2017年8月8日. Filed under: 東日本大震災 | タグ: |

ボランティアチーム援人、0728便、2017年7月29日(土)と30日(日)、福島県浜通りが誇るお祭り「相馬野馬追」を観てきた、その記録。

10人揃って八重洲を出発! 今夜はOLの仮装をしたKさん、K君が見送りに来てくれた。この便は野馬追を観に行くけど、援人の野馬追便はお手伝い便よりストイックで厳しいという感想もあるとか…。7年目の野馬追、今回は特に小高郷の勇姿をしっかり目に焼き付けてきます! 天気が心配だけど。

浪江で下りて小高を通過中。本格的な雨…。

相馬中村神社。今年も相馬野馬追が始まった!

相馬野馬追 2017年(援人 0728-30便)

真ん中の螺役の子、背が伸びたなぁ…(後で読んだ新聞記事によると、高校生だとか)。

相馬野馬追 2017年(援人 0728-30便)
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南相馬・小高:「野馬追に安心してお客さんを呼べる」と感謝の言葉をもらったお手伝い(援人 2017年 0721便)

Posted on 2017年7月24日. Filed under: ボランティア, 東日本大震災 | タグ: |

ボランティアチーム援人、0721便、2017年7月22日(土)、福島県南相馬市小高区(旧避難指示区域)でのお手伝いのメモ。

残念ながら逆転劇は起きず、今週は10人に1人足りない9人のメンバーで出発。

南相馬・小高でボランティア(援人 2017年 0721便)

3年ぶりに参加の人から毎週の人まで今回もバラエティーに富んだ構成ですが、長いスパンで参加してくれる人に会えるのもこの大世帯のよさかも。皆も参加してくれよな!
ここから2ヵ月ぐらいは暑さとの戦いになるはず。ギリギリのところでがんばり、災害ボランティアチームとして自信を高めていきたい。それでは行ってきます!

「南相馬市小高区のAさんは、広島で黒い雨にうたれた体験を持つ。原発事故後県外に避難した後、南相馬市原町区の借家で「自宅に戻りたい」と言いながら、今年3月に死去された。生前、「原発は平和利用で安全と信じてきたが、裏切られた」と怒りを語っていた」(福島民友 窓 読者のページ)

「非行」か。小高でこんな取り組みが行われるようになったんだなぁ。

南相馬・小高でボランティア(援人 2017年 0721便)

以前、河北新報だったか、南三陸の人の「震災で子どもたちも大きな精神的負担を負った。だから復興なんて背負わなくていい。自分がやりたいように人生を生きてほしい」という言葉にハッとしたことがある。

そもそも、生徒が1人も帰っていない町には「非行」などなかった。そして沢山の生徒が通うという「普通」が戻った今、「異端」が出てくるのも自然だろう。不謹慎かもしれないが、小高で不良の姿を見てみたい。

南相馬、雲雀ケ原、羊腸の坂。来週はここで…!

南相馬・小高でボランティア(援人 2017年 0721便)

サイヤさんに桃が出揃ってる!今は暁星(ぎょうせい)。

朝礼、センター長の挨拶。


時間がもったいないから始めよう(8:24)。

日経新聞読んでますか? 7月17(日)、小高のごみ処理を巡る難渋についての記事が載った。センターのブログにもそのことを書いた。実は昨日新聞が届いたばかり。

片付けゴミ、環境省が引き取りを打ち切った。片付けを担当するNPO法人(松本ボラセン)は復活を訴えている。伐採木、竹林など。回収がないので運ばざるを得ない。環境省は十分告知した、という立場。
旧避難指示区域は、2359人が居住している(原町の帰還率が高い)。帰還しない住民は原発への不安、除染の効果などを挙げる──という内容。

(ここから記事外の話)

南相馬市ボランティア活動センター、今年から県の助成から外れた。センターとしてはニーズはまだある。
年を越すところまで資金は集めたが。私もがんばっていきたい。

今日のニーズ、個人宅で引っ越しのための屋内清掃、伐採済みの木の移動。

南相馬・小高でボランティア(援人 2017年 0721便)

朝は曇ってたのにどんどん快晴に、そして酷暑に。雨雲は北東北の方へ行ってしまったらしい。
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福島県浪江町:酷暑の伐採木処理と塀の解体 なんとか完了(援人 2017年 0714便)

Posted on 2017年7月19日. Filed under: ボランティア, 東日本大震災, 東京電力福島第一原発事故 | タグ: |

ボランティアチーム援人、0714便、2017年7月15日土曜日、福島県双葉郡浪江町での災害ボランティア、FacebookやTwitterへの投稿などの切り貼りによるメモ。

なんとこの便も10人揃って出発しました!
リュックがとっても重いT井さん、浪江は行ったことあるけどお手伝いは初めての人、各地でボラ不足が頻発し裾野を広げなきゃと思う人、仕事で疲れ切った人…それぞれだけど、今回もきっちりニーズを完了させてきたい。行ってきます!

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0714便)

深夜の常磐道だより。四倉PA下り、増設部分の覆いが外されて見えるようになっていた。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0714便)

福島民友、福島県富岡町で来月から新聞配達が再開!

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0714便)

浪江駅近くで見た紫陽花。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0714便)

草刈りしたいなぁ、まずは駅周辺だけでも。小高はだいぶ綺麗になったけど、浪江はまだまだこれからだ。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0714便)

今日のお手伝いは援人だけ。家庭的なオリエンが9時を待たずに始まり、すぐに出発となる。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0714便)
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南相馬・小高で竹林伐採を仕上げる 翌日は二本松・東和で地獄坂を走る(援人 2017年 0630便)

Posted on 2017年7月6日. Filed under: ボランティア, ランニング, 東日本大震災 | タグ: |

ボランティアチーム援人、0630便、南相馬市小高区(旧避難区域)で2017年7月1日(土)にお手伝いをし、翌7月2日(日)は二本松市の「東和ロードレース」に参加してきた、メモまとめ。

南相馬・小高でボランティア→東和ロードレース“地獄坂”参加(援人 2017年 0630便)

小高ではニーズをきっちり「完了」させ、夕食は杉乃家さんで堪能。翌日は二本松・東和で蒸し暑さの中激しいアップダウンを体感し、さらには7月1日にオープンしたばかりの山木屋「とんやの郷」で地のものを使った昼食も味わうことができた便。
小高の風物、杉乃家さんの笑顔とおいしい食事、東和のあたたかい人たち、山木屋の復興の第一歩となる施設。今回も現地に足を運んだからこその、記憶に留まり続けるいい体験ができたと思う。この思いをまた次のお手伝いに注いでいきたい。

“地獄便”は前回10人、今回は16人となった。来年はキャラバン2台、20人で参加したいなぁ。

今朝の福島民友。福島第一原発を15.7mの津波が襲うという2008年の試算について、弁護側が旧経営陣を守るための主張が「試算に基づく対策では事故を防げなかった」。これを認めるなら、原発そのものはそもそもダメじゃないか!

南相馬・小高でボランティア→東和ロードレース“地獄坂”参加(援人 2017年 0630便)

南相馬、烏崎。サーファーと漁船。

南相馬・小高でボランティア→東和ロードレース“地獄坂”参加(援人 2017年 0630便)

南相馬・小高。雨上がってきた。電柱に「住宅フェア開催中」の貼り紙が。
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福島県浪江町:住民が戻り始めた町 コツコツと手を入れる作業が必要(援人 2017年 0623便)

Posted on 2017年7月5日. Filed under: ボランティア, 東日本大震災, 東京電力福島第一原発事故 | タグ: , |

ボランティアチーム援人、0623便、2017年6月24日、今年3月末に一部地域の避難指示が解除された福島県双葉郡浪江町での災害ボランティアのメモ。

初めて浪江町社協の下で、また援人として避難指示解除後には初めての浪江町でのお手伝い。

まず午前は2軒のお宅に別れ、家財移動・搬出、庭木伐採、草刈り、ブロック塀破砕などのお手伝い。庭木を根こそぎ取るのは小さな野菜畑にするから。眺望が開けた庭を見て感激された奥様、「までいに」やってくれて有難う、と。

3軒のお宅、ニーズは色々だったものの、数年前の小高を彷彿とさせるような印象。また町はいたるところが荒廃していた。荒れた景色で人の心は萎える。やはり草刈りや剪定は誰かがやる必要がある。コツコツと家や町をきれいにしていく作業は、より多くの人たちの帰還を促すために必要だ、と強く感じた。

小高、そして復興がはじまったばかりの浪江や富岡。進み具合は違うとはいえ、まだまだお手伝いが必要。これからも行きたい!

金曜夜23時の銀座一丁目には欠かせない道具たち。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0623便)

今夜も10人揃って八重洲を出発しました! まず、皆よく「なみえちょう」って読むけど「なみえまち」だから(笑)。
援人は去年、松本ボラセンの下で浪江町のお宅での大量の家財出しのお手伝いをしましたね。その様子を覚えている人、初めて行く人、さまざまですが、ようやく戻れることになった人たちの力に少しでもなれれば! がんばってきます。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0623便)

小高の6国沿いのローソンで仮眠を取り、朝。浪江・小高原発建設予定地跡を抜けて浪江町へ。

濃い霧の請戸港。水平線がまったく見えない。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0623便)

ボラセンに行く前、浪江町駅周辺を少し歩いた。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0623便)

浪江町役場の敷地内にある社会福祉協議会のボランティア拠点(集合は体育館だった)。
今日は全国から約30人が集まった。ニーズは8件。活動はブログにアップされるそうだ。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0623便)

9時集合はやや遅いと思ったが、迅速な判断、柔軟な対応など、働きやすいボラセンだ。
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南相馬・小高:涼風の中で伐採の継続 吹奏楽の音に励まされながら(援人 2017年 0602便)

Posted on 2017年6月16日. Filed under: ボランティア, 東日本大震災 | タグ: , , |

ボランティアチーム援人、0602便、2017年6月3日土曜日、福島県南相馬市小高区(旧避難指示区域)でのお手伝いのメモ。

0602便。ギリギリで10席が埋まり、継続のY地区の雑木伐採のお手伝いへ。追加ニーズも含めてすっきり終わらせることができた。夕食は二本松、杉乃家さんへ。芹川さん(お父さん)から、うれしいニュース発表が…(秘密)。
災害ボランティアは「行くこと」で成果を出すことができ、また次への原動力になる。まだまだ続けていきたい。

10人揃って出発しました! 後輩とランチしながら援人の活動を紹介した、自分の投稿で活動を紹介しようと思っている、最近薪割りが上達した、「あまちゃん」のささやかな幸せも東北の人には申し訳なく感じるというセリフに当時を思い出した(オレ)、日曜にTさんの講座でチェーンソーを学んだ、斜面の作業であれば十分に安全にやりたい、などなど。現在、下道で向島のあたり。それでは行ってきます!

04:03、道の駅南相馬着。Yさんはすぐ走りに行きました。

南相馬・北泉海岸。蹄の跡はあるけどお馬さんの姿はなし。

南相馬・小高でお手伝い(ボランティアチーム援人 2017年 0602便)

サイヤさん。地元の母子がおふかしをパニクりながら大量購入中。おふかしは逃げないから落ち着いて! と声をかけてあげたかった(笑)。

朝礼、センター長のお話。

遠くから来ていただき。雨が上がって爽やかな気分で。
当ボラセン、大きな曲がり角に。被災者さん、ボラセンはいつまでやっているのか、と。町の有力者の方と立ち話を。まだまだいますよ、よかった、ボランティアがいなかったらこの町はつぶれちゃうよ、と。
しかし実はいつまでできるかなと悩んでいる。いつ縮小しようか。できる限り、依頼のある限りとは思うが。どこまでいつまでという展望が見えない。手を打たなきゃいけない。せめてガソリン代程度は被災者さんにご負担いただくか。お金をもらってまで…という意見もあるが、かなりしんどい状況。
第一弾として、昨日のブログに書いた。入浴券などの値上げのお願い。大変申し訳ありませんが、6/10から450円に(元々その価格で仕入れている)。宿泊施設、これまで無量だったが1人500円までの範囲で寄付を。水、カップ麺などは今まで通り当分の間無料(水は半分は支援、カップ麺も。それ以外はセンター経費で賄っている)。機材もできるだけ大事に使ってほしい。センターの車を壊すと保険がきかない。

(さらに…)

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