東日本大震災

南相馬・小高で3件のお手伝い 富岡・夜ノ森で満開の夜桜を観る(援人 2017年 0414便)

Posted on 2017年4月17日. Filed under: ボランティア, 福島, 東日本大震災 | タグ: , , , , |

南相馬・小高で3件のお手伝い 富岡・夜ノ森で桜ライトアップを観る(援人 2017年 0414便)

ボランティアチーム援人、0414便、2017年4月15日土曜日、南相馬市ボランティア活動センターの下でのお手伝いのメモ。

この日は3件のニーズを完了させ、朝は高見公園、夜ノ森公園(原町)、 雲雀ヶ原祭場地、小高神社、小高川沿い、貴船神社、そして夜はライトアップされた富岡町の桜並木と、何があってもやってくる浜通りの春を味わうことができた便になった。
仮設でお手伝いした2軒。また別の仮設に移るというご夫婦、心労を軽くしてあげることができたかな。
中通りに引っ越しされるというご夫婦、立つ鳥跡を濁さずのお手伝いができたかな。
まだまだ行きたい。

10人揃って八重洲を出発しました!
写真は出発前に屋根の傷までチェックする馬場くん。
さあ浜通りまで桜前線を追いかけながら、今週もしっかりお手伝いしてこよう!センター長の依頼票がわかりやすいものでありますように…。(祈

南相馬・小高でボランティア(援人 2017年 0414便)

2:47、道の駅南相馬に到着。

おぉ。相馬の原釜尾浜海岸だけでなく、南相馬の北泉海岸も来年夏あたり「開設を検討」…?(福島民友)

南相馬・小高でボランティア(援人 2017年 0414便)

南相馬、夜ノ森公園、桜が満開。

南相馬・小高でボランティア(援人 2017年 0414便)

広い公園だけに大雑把な場所取りをしている人も(笑)。

南相馬・小高でボランティア(援人 2017年 0414便)
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浪江駅から常磐線乗車 富岡町の夜ノ森の桜ライトアップ 雨の小高でお手伝い(援人 0407便)

Posted on 2017年4月14日. Filed under: ボランティア, 東日本大震災 | タグ: , , , , |

ボランティアチーム援人、0407便、2017年4月8日(土)と9日(日)、(一部)避難指示解除されたばかりの浪江町と富岡町巡りと、南相馬市小高区でのお手伝いのメモ。

1日目、早朝、浪江町・大平山霊園→浪江町・請戸漁港→浪江駅から開通したばかりの常磐線で原ノ町へ→原町の珈琲亭いこいでモーニング→再び常磐線で浪江駅へ→散歩しながら浪江町役場に併設のまち・なみ・まるしぇへ→スーツ姿の警備スタッフがとても多く安倍総理が来ると知る→富岡町・夜ノ森へ→ギネス記録をめざすハイタッチに参加させられる→富岡二中のイベント会場へ→杉良太郎のステージ→さくらモールとみおかで買い物→小高・双葉屋旅館へ→夜は再び富岡町、震災後初めてライトアップされた桜トンネルへ→よさこい踊りに遭遇→帰路、国道6号で浪江町で上がった花火を見る→小高の島魚で夕食→双葉屋旅館で二次会、就寝。
2日目、6国ファミマでY号と合流→朝練→ボラセン→ニーズを1時間で終了→再びE地区へ→ほぼ10回に及んだ大規模竹林伐採ニーズついに完了!!!

残念ながら10人に満たず、せっかくなので2つの空席には「希望」と「勇気」を乗せて八重洲を出発しました! 酔ってないよ。
以前浪江町のお宅でお手伝いしたとき、一気に浪江の方の顔が見えた気がしたし親近感も湧いたけど、今回の富岡のイベントにはまだ帰還されてない方もバスで沢山来るとのことなので、丁寧に見て回ることでしっかり色々感じて来たいと思います。ちなみに今車内はおしゃべり真っ盛りで普段の便より賑やか。皆楽しみなんだなぁ。それでは行ってきます!

朝のファミマ。慌ただしい復興工事の人たちに混じって地元の人が徒歩で来たりしているなぁ。買うものも違うからわかる。いつもバタバタしているとなかなか気づかないことだ。

福島民報に今日の「富岡町復興の集い2017」が大きく載っている。

富岡町復興の集い2017→小高で災害ボランティア(援人 2017年 0407便)

浪江町、町営大平山霊園の慰霊碑。「私達は、災害は再び必ずやってくることを忘れてはならない」。小雨。

富岡町復興の集い2017→小高で災害ボランティア(援人 2017年 0407便)

請戸漁港。確かに南相馬から船は帰っていたが、付近は工事中の荒れ地だらけ。水揚げ施設のようなものも見えず、まだまだという印象。

富岡町復興の集い2017→小高で災害ボランティア(援人 2017年 0407便)

浪江駅から原ノ町へ。大人になって電車の切符(正確には乗車駅証明書)でこんなにドキドキするとは…!

富岡町復興の集い2017→小高で災害ボランティア(援人 2017年 0407便)

原町の珈琲亭いこいで、まったりとモーニング(2回目の朝食)。

富岡町復興の集い2017→小高で災害ボランティア(援人 2017年 0407便)
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南相馬・小高:竹林伐採 家屋解体と駅前の賑わいに移ろいを見る(援人 2017年 0324便)

Posted on 2017年3月29日. Filed under: ボランティア, 福島, 東日本大震災 | タグ: , , |

ボランティアチーム援人、0324便。2017年3月25日(土)の南相馬市小高区でのお手伝いのメモ。

バールのようなもの、カーブソーのようなものなどをパッキングし、黒猫に見送られて出発。

南相馬・小高でボランティア(援人 2017年 0324便)

今回の写真、一枚目。
東京ではそろそろ桜だが、小高はまだまだ梅だ。この梅の木はもう一カ月もがんばってるんじゃないかな。この木の近くの現場で竹林伐採だった。終わっても夜まで上腕腕が痺れている。

南相馬・小高でボランティア(援人 2017年 0324便)

二枚目。
ボラセン近くのお宅、玄関脇の梅が好きだった。今日ついに足場が組まれていた。家屋解体となったようだ。

南相馬・小高でボランティア(援人 2017年 0324便)

三枚目。
二本松・杉乃家さんに行けたら「必勝カツ丼」を頼むと決めていた。明日は勝ちたい戦がある。雨天決行らしい。

南相馬・小高でボランティア(援人 2017年 0324便)

金曜夜。10人…と言いたいところだけど、残念ながら1人キャンセルがあり9人で寒風吹く八重洲を出発しました。年度末、仕事も忙しい時期になんとか集まり、見知ったメンバーでお手伝いに行けるのはうれしいもの。今週も力を尽くしてきます!

南相馬・小高でボランティア(援人 2017年 0324便)

深夜の小高、気温0度。

朝の松本ボラセン。災害ボランティアは若者が…という紋切り型は持っていないが、最近あまりに老齢者ばかり目立つのが気になる。もう少し壮年層以下にも来てほしいもの。

朝礼、松本センター長の挨拶から。

「今回初めての人は? ビデオ観てもらったが、二年前と内容はほとんど変わらない。県がつくるものなので。ボランティア来てくださいという趣旨。このほかに民放でも最近取材があった。
できる人ができることを。各々目標が違う。達成するのにどうするか。まず安全第一。目的感をしっかり持つ。ゆっくりやるのは大事だが効率も考えて。言語、動作、態度で表現していく。被災者さんも見ている。達成感をもってお帰りいただきたい。
昨日のブログにも書いたが、環境省が小高からの瓦礫出しを2月で終了した。3月からは搬出、運搬まで被災者負担に。かなりのボリューム。仕事が増えた。またボランティアに来てください。クリーンセンターへの持ち込みは平日のみ。今日は伐採木の積み込みあり。運ぶのは平日。こういう体制になってしまった。」

お手伝い、定番の番狂わせで竹林継続。今日はひたすら伐採し、かなり疲れた。重い竹を運ぶときあまりに滑るのでしばらく素手を試す。手応えはいいがノコ挽きで力を込めるとマメができそうな兆候あり、戻す。伐採中、かかっていた(自立していると思っていた)竹が頭を真正面から直撃。過去最大級の衝撃。ヘルメット被っていてよかった。午後、伐採だけでも完了を、とピッチを上げた結果積もり過ぎ、引き出しが非常に困難に。2年前頃、まだ竹林伐採に慣れない頃やったミスだ。やはり各工程が極端に滞らないよう進めるのがベスト。
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久々の陸前高田 気仙沼横丁で最後のラーメン 小高でお手伝い(援人 2017年 0303便)

Posted on 2017年3月13日. Filed under: ボランティア, 東日本大震災 | タグ: , , , |

土曜日は大船渡で朝ごはん、陸前高田で未来商店街、旧ボラセン跡地、川の駅よこた、一本松茶屋、奇跡の一本松、気仙沼ではシャークミュージアム、K-Port、気仙沼横丁などを訪問。あたみ屋で最後のラーメンを食べ、はまらん屋のお母さんの話を聞き、6年間の道のりの重さを感じた。
日曜日は小高・E地区の竹林伐採シーズン2をしっかりやり切り(もちろん継続だが)、夕食は広野町くっちぃーなで。

6年もたった沿岸被災地の今を、場所を訪れることで知るだけに留まらず、偶然の人との出会いにも強く印象づけられ、最初気仙沼横丁に行こう、と思い立ったときには想像できなかったぐらいの収穫があった旅だった。

陸前高田。久しぶりすぎて、色んな感情が溢れてくる。

気仙沼横丁に行く / 小高で災害ボラをやる(援人 0303便)

大船渡市魚市場で朝食。吉次の煮付け、うんまい。

気仙沼横丁に行く / 小高で災害ボラをやる(援人 0303便)

陸前高田市横田町、かつて災害ボランティアセンターがあった場所。今では更地になっている。

気仙沼横丁に行く / 小高で災害ボラをやる(援人 0303便)

今、かさ上げ工事などの関係で奇跡の一本松までは駐車場から歩いて10分もかかるようになっている。たどり着くまでの時間に意味があるような気がする。

気仙沼横丁に行く / 小高で災害ボラをやる(援人 0303便)

陸前高田には2012年以降は訪れていないはずで、かさ上げが進み、方向感覚を失うほどとわからないのでは、と恐れていたが、だいたい思い起こすことができた。逆にこれだけの時間が経ってかさ上げや防潮堤の建設がこの進み具合ということは、この先何年で完成するのだろう、と思わされた。
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2017年3月11日河北新報別刷り「東北で暮らす人も、東北に戻れない人も…」「6年の道程に今、願う」

Posted on 2017年3月13日. Filed under: 東日本大震災 |

2017年3月11日(土)の河北新報には、別刷りが2つ入っていた。

岩手日報・河北新報・福島民報が主催する「スマイルとうほくプロジェクト」。

2017-03-13 12.11.59

2017-03-13 12.12.18

東北で暮らす人も、東北に戻れない人も、
すべての人が、
幸せに暮らせなくてはならないと思う。

(裏)
あの震災から6年。東北の人の暮らしは少しずつ変化しています。
暮らしていた家に戻った人、いまもなお仮設住宅で暮らす人、
そして、東北をはなれ、遠い街で暮らしている人。
ひとりひとりが生きるために、それぞれの道を進んでいます。

そんな中で、悲しいことも起きています。
こどもへの差別的発言、風評被害。
被災したすべての人が、当たり前に、
幸せに暮らせる社会でなくてはならないと思います。

この紙面は、岩手・宮城・福島の3県の新聞だけでなく、
首都圏のさまざまな場所で配布されます。
6年という月日を振り返り、そして「いま」を正しく見極めることが、
きっと、この国全体の力になると信じて。

続いて、河北新報の広告特集。

2017-03-13 12.12.54

2017-03-13 12.13.04

6年の道程に今、願う。

雨の日も雪の日も、ホームに立てば時刻表通りに来る列車。
以前は、行き来を繰り返す毎日に何の疑問も抱かなかったけれど、
これほど再開通の日を待ち遠しく思ったのは、
当たり前に過ぎていく日常が、いかに幸せだったかを知ったから。

休むことなく、ただ前へと進んできたこの6年。
誰もが笑顔で過ごせる日々を1日も早く取り戻したい、
その思いが、故郷の再生を支える原動力となりました。

踏切の音、発車ベル、行き先を告げる車内アナウンス。
たくさんの希望を乗せ、再び動き出した列車が、未来へと走り続けます。

撮影地/JR常磐線 山下駅

(裏)
年月を経て、震災による傷跡が
目に見えにくくなってきた被災地。
一方、震災の継承や次の災害への備え、
地域コミュニティーの再構築など、
取り組むべき課題はまだ山積みです。

3月11日は、私たちがこれまで以上に被災地、
そして被災者に思いを寄せながら、
復興に向かって、ともに歩み続けるという
決意を新たにするときです。
揺るがぬ思いを胸に、力強く、次の一歩を。

なおも前へ、
歩むために。

撮影地/JR常磐線 山下駅

※2016年12月10日、東日本大震災で被災した常磐線相馬~浜吉田の運転が再開。区間内の新地駅、坂元駅、山下駅が内陸側へ移設された。

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南相馬・小高:またも竹林伐採はじまる 重なる町のいいニュース(援人 2017年 0127便)

Posted on 2017年1月31日. Filed under: ボランティア, 東日本大震災 | タグ: , |

ボランティアチーム援人、東日本大震災と福島第一原発事故の被災地である南相馬市20km圏内、小高区(旧避難指示解除準備区域)行きの記録。活動日は2017年1月28日(土)、1月最後のお手伝いだった。

そういえば今週、(東京では話題になってないが)かつて建設計画があった小高・浪江原発の建設予定地を東北電力が返還へ、というニュースがあった。
もし福島浜通りの海沿いに原発がもう一つ建っていたら震災の時どうなっていただろう。その後の対応は東京電力と東北電力で違ったものになっただろうか…などと深夜の車中で考える。

南相馬市小高区で災害ボランティア(援人 0127便)

朝、北泉海岸。

南相馬市小高区で災害ボランティア(援人 0127便)

福島民友に載っていたニュース。「復興公営住宅で孤独死 福島 飯館から避難 70代男性」。

南相馬市小高区で災害ボランティア(援人 0127便)

去年、熊本で早朝に熊本城の内外をランニングした際、“セイショコさん”の愛称で知られる加藤神社の周りは、石垣がところどころ崩れ迂回路さえある状態なのに、沢山の人が散歩をしていた。

地域で愛される寺や神社は、散策のコースになることが多い。

朝、南相馬・小高の小高神社近くで、ウォーキングしている人を2人見かけた。
朝に散歩するとうことはもう帰還されているんだろうな、とうれしくなった。日常の光景が少しずつ戻ってきた。よいニュースが少しずつ積み重なっていくといいなぁ。

お世話になった小松屋旅館さん、ついに解体が始まった。

南相馬市小高区で災害ボランティア(援人 0127便)

朝礼、松本センター長の言葉。

「ブログにも書いたが、センターを元校長先生が訪れ、しばし懇談をした。最近小高のことがメディアで全然取り上げられない。夜は暗い小高の町をなぜ映さないのか。昼と夜は人口が違う。市も把握できてないんじゃないか。
私(センター長)の実感としては、夜に電気がついている家は周りにほとんどいない。
復興はまだまだ。やることは山ほどある。仮設にいる人もボランティアセンターを知らず役所に駆け込み、役所から依頼が回ってくるケースも未だにある。
できるときに、できる人が、できることを、の精神で。」

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岩泉町でえぐり取られた庭に土砂を運ぶ 南相馬小高で長大な法面の草を刈る(援人 0930便)

Posted on 2016年10月5日. Filed under: ボランティア, 東日本大震災 | タグ: , |

ボランティアチーム援人、0930便、岩手県下閉伊郡岩泉町(2016年10月1日土曜日)、福島県南相馬市(2016年10月2日日曜日)でのお手伝いの記録(メモやFacebook/Twitter投稿を切り貼りしたもの)。

ボランティア不足の岩泉町へ、先週便への参加を含め、すでに岩泉でのお手伝い経験があるメンバーが大半という濃い愛に溢れる便。ギリギリまでがんばってきます!

岩手県岩泉町と福島県南相馬市でお手伝い(援人 0930便)

4:29、紫波SA。岩手はもう寒いっ。

岩手県岩泉町と福島県南相馬市でお手伝い(援人 0930便)

岩泉町でいわて国体開会のニュースを聴く。岩泉町は軟式野球の会場になるはずだった。

実は岩手日報(9/19付け)にチョイ役でデビューしていた件。岩泉町安家の畑中商店さんの記事。今日も朝から営業中!

関東・東北豪雨から1年、まだまだ復興半ばの茨城県常総市の農家さんがつくった新米、岩泉町安家のOPEN JAPANさん(肥田ひーさーさん)に確かに届けました。小分けして困っている方々に配っていただけるとのことです。元気村のポチ店長(西山克彦さん)、ありがとうございました!

岩手県岩泉町と福島県南相馬市でお手伝い(援人 0930便)
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