東京電力福島第一原発事故

福島県浪江町:酷暑の伐採木処理と塀の解体 なんとか完了(援人 2017年 0714便)

Posted on 2017年7月19日. Filed under: ボランティア, 東日本大震災, 東京電力福島第一原発事故 | タグ: |

ボランティアチーム援人、0714便、2017年7月15日土曜日、福島県双葉郡浪江町での災害ボランティア、FacebookやTwitterへの投稿などの切り貼りによるメモ。

なんとこの便も10人揃って出発しました!
リュックがとっても重いT井さん、浪江は行ったことあるけどお手伝いは初めての人、各地でボラ不足が頻発し裾野を広げなきゃと思う人、仕事で疲れ切った人…それぞれだけど、今回もきっちりニーズを完了させてきたい。行ってきます!

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0714便)

深夜の常磐道だより。四倉PA下り、増設部分の覆いが外されて見えるようになっていた。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0714便)

福島民友、福島県富岡町で来月から新聞配達が再開!

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0714便)

浪江駅近くで見た紫陽花。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0714便)

草刈りしたいなぁ、まずは駅周辺だけでも。小高はだいぶ綺麗になったけど、浪江はまだまだこれからだ。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0714便)

今日のお手伝いは援人だけ。家庭的なオリエンが9時を待たずに始まり、すぐに出発となる。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0714便)
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福島県浪江町:住民が戻り始めた町 コツコツと手を入れる作業が必要(援人 2017年 0623便)

Posted on 2017年7月5日. Filed under: ボランティア, 東日本大震災, 東京電力福島第一原発事故 | タグ: , |

ボランティアチーム援人、0623便、2017年6月24日、今年3月末に一部地域の避難指示が解除された福島県双葉郡浪江町での災害ボランティアのメモ。

初めて浪江町社協の下で、また援人として避難指示解除後には初めての浪江町でのお手伝い。

まず午前は2軒のお宅に別れ、家財移動・搬出、庭木伐採、草刈り、ブロック塀破砕などのお手伝い。庭木を根こそぎ取るのは小さな野菜畑にするから。眺望が開けた庭を見て感激された奥様、「までいに」やってくれて有難う、と。

3軒のお宅、ニーズは色々だったものの、数年前の小高を彷彿とさせるような印象。また町はいたるところが荒廃していた。荒れた景色で人の心は萎える。やはり草刈りや剪定は誰かがやる必要がある。コツコツと家や町をきれいにしていく作業は、より多くの人たちの帰還を促すために必要だ、と強く感じた。

小高、そして復興がはじまったばかりの浪江や富岡。進み具合は違うとはいえ、まだまだお手伝いが必要。これからも行きたい!

金曜夜23時の銀座一丁目には欠かせない道具たち。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0623便)

今夜も10人揃って八重洲を出発しました! まず、皆よく「なみえちょう」って読むけど「なみえまち」だから(笑)。
援人は去年、松本ボラセンの下で浪江町のお宅での大量の家財出しのお手伝いをしましたね。その様子を覚えている人、初めて行く人、さまざまですが、ようやく戻れることになった人たちの力に少しでもなれれば! がんばってきます。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0623便)

小高の6国沿いのローソンで仮眠を取り、朝。浪江・小高原発建設予定地跡を抜けて浪江町へ。

濃い霧の請戸港。水平線がまったく見えない。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0623便)

ボラセンに行く前、浪江町駅周辺を少し歩いた。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0623便)

浪江町役場の敷地内にある社会福祉協議会のボランティア拠点(集合は体育館だった)。
今日は全国から約30人が集まった。ニーズは8件。活動はブログにアップされるそうだ。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0623便)

9時集合はやや遅いと思ったが、迅速な判断、柔軟な対応など、働きやすいボラセンだ。
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南相馬・小高:「誰のせいなのか」 まだ帰れない旧家の家財整理のお手伝い(援人 0519便)

Posted on 2017年5月22日. Filed under: ボランティア, 福島, 東日本大震災, 東京電力福島第一原発事故 | タグ: |

ボランティアチーム援人、0519便、2017年5月20日土曜日、福島県南相馬市の旧避難指示区域でのお手伝いのメモ。

空気はやや冷たいが日射しは夏並みの強さになった。休憩時に差し入れを沢山食べ過ぎ、水分補給摂り過ぎ、軽労働で体が逆にのらず…などで少しバテた。特に水分については去年も学んだが、暑いからとぬるい水分を沢山飲むと大抵バテる。体を他の方法で冷やしつつ、水分は抑制が必要。
センター長からは1日と言われた蔵の家財整理、母屋の家財整理・移動だが、11時頃には粗方終わってしまい、庭の草がかなり伸びていたので草刈りを申し出て、こちらも終わった。

南相馬 旧避難指示区域で災害ボランティア(援人 2017年 0519便)

お母さんはテキパキと働き、明るい人だったが、ぼくらのペースに合わせたためかやはり疲れも見え、こちらから休憩を申し出た。千葉から来られていること、自力では来れないこと、リフォームにまだ3年かかること、「誰のせいなんだろうねぇ」という言葉。
依頼主と共にお手伝いすることは、その方の震災後の人生を(ごく一部でも)知ることだ。知れば、こういう方々の役に立ちたいと思う。助けが必要かどうかは東京にいてわかるものではなく、行って見て知るものだ、と改めて実感。

9人揃って出発しました! 八重洲に赤ら顔(笑)で見送りに来てくれたメンバー、差し入れありがとう。
明日の南相馬は暑そうだけど、今回もチームワークよくがんばってきます!

常磐道、最高3.3μSv/hか。また少し下がったなぁ。

南相馬 旧避難指示区域で災害ボランティア(援人 2017年 0519便)

道の駅南相馬、快晴。すでに割と暑い。今日もがんばろう!
朝のコンビニで東北を探せシリーズ(不定期連載)。これ東北限定かなぁ?

南相馬 旧避難指示区域で災害ボランティア(援人 2017年 0519便)

南相馬、鹿島の一本松。道路が整備され、一時よりは来やすくなった。しかしすでに枯死していて、今年の冬には見られなくなってしまうという。

南相馬 旧避難指示区域で災害ボランティア(援人 2017年 0519便)

うわぁ。こういうニュースを南相馬で知る幸せ。

サイヤさん、今朝もとんでもない量の行楽弁当を作ってた。(^_^;) 運動会かな。

朝礼、松本センター長のお話。

「今回初めての人は? 結構いるようだ。
シャープの労働組合さん、次回はJTBさんも。お世話になっている。
6年前の挨拶、読ませてもらう。我々ボランティアは皆さんの笑顔が見たい。それが復興の確かな証。がんばってまいります。
この気持ちは今も変わりません。
2011年から今まで、活動の幅を広げ、今また浪江の方々から依頼が来るようになった。今回で累計3件。事務的な余裕はなく時期尚早と考えていた。とはいえ依頼が来れば。今日現場視察依頼がある。
自分なりの充実した支援をやってほしい。できる人ができるときにできることを。人と同じことは絶対できない。落ち込むこともなく有頂天になることもない。使命とは命を使うこと。
被災者さんとお会いするとき、態度や言葉遣いに注意をしてほしい」

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小高で6年目の家財出し 2回目の川内の郷かえるマラソン(援人 2017年 0428便)

Posted on 2017年5月2日. Filed under: ボランティア, 東日本大震災, 東京電力福島第一原発事故 | タグ: , , , |

ボランティアチーム援人、0428便の記録。2017年4月29日土曜日は南相馬市小高区で災害ボランティア、翌日は川内の郷かえるマラソンに10人チームで参加。

初日は、この6年を過ぎた時期にまさかの、ほぼ手つかずの部屋を含む家財出し。環境省の回収はすでに終わったためトンバッグは使えず、対応した部屋は一階二部屋、二階七部屋。特に二階の奥は丸々物置のような状態もあり、本来は依頼の範疇外だったが、Mさんがフロントになり選別の手助けをすることで15:30過ぎに終えることができた。午前も午後も休憩なし。残すものも大半は別棟の倉庫に移動を指示されたため、相当な作業量だった。
一階の台所の鍋の中には中身が残り、冷蔵庫内も震災時のまま。食器棚には品のいい食器類が多数。久しぶりにじわじわと精神がやられるお手伝いだった。
依頼主は「捨てないと、前へ進めないから」と度々仰ったが、一方で迷いも見えた。

日曜日、かえるマラソン。自己満足のコスプレは好まないが、前回走って沿道のお年寄りや子どもに楽しんでもらえないかと考え、忍者の扮装で。口を覆うと呼吸がかなり苦しく、またメガネも曇るため早々にメガネを取る。お年寄り受けはまぁまぁよく、本気で走ったため苦悶の表情をしていたのだろう、中盤以降は同情票的に「忍者がんばれ!」「ゾウリすごいな(←違う)」と多く声をかけてもらった。こういうのもいいだろう。
O先生はじめチームM4の面々、相双ボランティアのHさんに会った。浜団Tシャツもいたな。小高のNさん(息子さんの方)も来ていたらしい。
この大会、援人として来年も参加決定!

10人揃って八重洲を出発しました! かえるマラソンは、出ると間違いなくあの雰囲気が好きになる大会。リピーターは皆ワクワクしているのが自己紹介タイムでわかります。楽しいからまた行く、おいしいからまた買う、可哀想だからじゃなく会いたいから行く、そういう関係が太くなってくると、もう「復興」なんて言葉を使う必要はないんじゃないかなぁ。今はまだその途上だけど。2日間、お手伝いもランもしっかりやってきます!

南相馬・萱浜。上野さんのところの「菜の花迷路」。満開のレモンイエローが快晴の青空に映える。ここは大人でもとても楽しい。

南相馬・小高でボランティア 川内の郷かえるマラソンに参加(援人 2017年 0428便)

野馬追通りでびっくり。なんでもう旗指物が立ってるんだろう!? GWだから?

南相馬・小高でボランティア 川内の郷かえるマラソンに参加(援人 2017年 0428便)

朝礼、松本センター長のお話。

「我々、ボラセンを六年前に立ち上げた。震災の年、ボランティア祭りの挨拶で住民の笑顔が見たいと挨拶した。そのための戦いはまだまだ続いている。帰還された方は少なく、65歳以上が多い。
先日、浪江に活動拠点を半分程度移そうと思ったが、諸事情で取りやめた。これからますます風化も進む。活動者の人数はますます減るだろう。余力はない。浪江の住民から要請があれば対応したいが。試しに近くの浪江の仮設の方々にチラシを、とは考えるが。
南相馬の方たち全員の笑顔を見るまで、まっしぐらに進みたい。」

昼、エンガワ商店で。小高産業技術高がはじまってから、にわかに高校生たちの姿が増えてきた。

南相馬・小高でボランティア 川内の郷かえるマラソンに参加(援人 2017年 0428便)
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「数直線」(ふたば未来学園高校 アトリエヘリコプター)を観た

Posted on 2017年2月6日. Filed under: 東日本大震災, 東京電力福島第一原発事故, 演劇 | タグ: |

2017年2月5日(日)、東京・大崎のアトリエヘリコプターでふたば未来学園高校の演劇「数直線」を観た。

2017-02-05 10.02.43

余談だが、この日は池袋サンシャイン劇場で倉本聰の富良野グループ「走る」の最終日で、前週にチケットをなんとか取れないかがんばっていたのだが、結果としてこっちを観ることができてよかった。

東京公演は平田オリザ氏が主宰する「青年団」によって企画されたもので、平田氏がふたば未来の「応援団」の一人として講師をやっていることから実現したものだろう。

原発被災地のニュースをあまり追っていなければ、ふたば未来学園という高校を知らない人は多いと思う。同校は、原発事故で避難を強いられ休校を余儀なくされた福島県浜通り、双葉郡の数々の高校に代わって広野町に創設された、先進的ビジョンをもつ高校だ。
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