福島県大熊町:2021年最後のお手伝いは屋敷林の伐採(ボランティアチーム援人 2021年 1224便)

Posted on 2021年12月28日. Filed under: ボランティア, 東日本大震災, 東京電力福島第一原発事故 | タグ: , |

最近偶然読んで、なかなか忘れられないストーリーがある。

あるサンタプロジェクト(サンタクロースの扮装をしたボランティアが、病気や貧困など困難な状況にある子どもにプレゼントを届ける取り組み)をやっているNPOの代表が語っていた話だ。

彼によると、その団体を続けるのにはさまざまな苦労があったが、ある一つの気づきが大きな励ましになり、活動を続け拡大させることができた。

それは、プレゼントをもらった子どもたちの喜ぶ顔はもちろんだが、ボランティアとしてサンタ役をやった人たちの満足度がとても高く、「ぜひまたやりたい」という声が多いこと。

「もらう」より「与える」方が得られる幸福感はずっと深く、後になっても残るというのは、自分自身を振り返っても納得感がある。ぼくはずっと前から、災害ボランティアは公益に適(かな)うが、エゴ=私益もしっかり満たせると思ってきた。

ボランティアチーム援人の仲間4人、今年最後のお手伝い。

福島県双葉郡大熊町、東京電力福島第一原発事故によって今も「帰還困難区域」にあるお宅の敷地で。相双ボランティアに集まった有志たち(13人ぐらい)と共に。

震災前は立派な母屋や、もしかすると賃貸アパートか畑などがあったのかもしれない…と想像してしまうようなだだっ広い敷地。それを囲む屋敷林(主に杉)を伐採し、玉切り・細断し、フレコンバッグに詰めていった。

日本海側では大雪予報が出ていたこともあり、浜通りも寒かった。
作業は粛々と進み、最後に並んだフレコンバッグは30袋にもなった。

振り返り。

K 援人メンバー、チェーンソー使いが3人、細断・トンバッグ詰めが1人。他のそうボラ参加者と連携しながら進められた。

P 午後の伐採で追い口を低めに切ってしまい、ツルがまったく機能しないときがあった。次回から必ずチョーク持参。基本徹底。

T 目立ての技術向上。よく切れる歯を参考に、できるだけ近づくことをめざす。

K T そうボラ全体のトンバッグ詰めのスキルが上がっている印象がある。援人内でさまざまなスキルを溜めることに努め、それを伝播させていこう。

地域に入る前のスクリーニング場。許可証のチェック。線量計。活動後の車と靴裏の線量確認。

帰還困難区域に入り、震災で傷んだ上に侵入で荒らされ、そのまま朽ちていこうとする家々を見ると、心は2つの軸で揺れる。

どうにもできないという思い。国挙げて原発事故を忘れ、“棄民”に突き進んでいるから。

一方で、なんとかしたいという思い。戻る戻らないに関わらず、故郷をまだ気にかける人がいるから。

今年も、自分は行った。座視はしなかった。
行けば、あるいはそこをなんとかすることに身を投じれば、不安や無力感は、あまりにも遠い目的地を見たときの「怖じ気」のようなものだ、と捉え直すこともできるだろう。

帰りの車中で活動の振り返り(KPT法)をやり、チェーンソーの歯の目立てのうまくいったこと・うまくいかなかったことなどを話し合った。

今日ぼくは2台目のチェーンソー(小型カービングソー)を初投入し、その働きぶりに満足していた。たぶんおいしいクリスマスケーキを食べた幸福感よりも長続きするだろう。

福島民友、大熊町にできる一貫校「学び舎 ゆめの森」の記事。少しずつ進んでいる。

帰宅後、(煉獄さんラベルの)シャンメリーとシュトレンでクリスマス感を味わった。

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