南相馬市小高区:更地の草を刈り浪江の牛たちに挨拶する(ボランティアチーム援人 2021年 1217便)

Posted on 2021年12月20日. Filed under: ボランティア, 東日本大震災, 東京電力福島第一原発事故 | タグ: , |

ボランティアチーム援人、7人チームで南相馬・小高へ。今年最後の小高。そして年内ラスト2、2021年12月18日の活動の記録。

10年残るコミュニティー、10年続く趣味がどれだけあると思う? そう考えてみると、東日本大震災をきっかけにはじめたこのチームが今も高い頻度で被災地へ向かってるって、かなりレアなことだよなぁ。

久しぶりの7人。
キャラバン、デカっ! 内部広っ! と感じた。最近バネットに慣れていたから。

深夜から早朝の南相馬はみぞれ。

でも日の出と共にしっかり晴れた。これが福島浜通りのいいところ。

南相馬・小高(旧避難指示区域)でお手伝い。空気は刺すように冷たかった。

何もない敷地の草刈りだった。やっているうち記憶が蘇ってきたが、まだ家屋がある頃に竹など伐採をしたところだ。

依頼主はいま西日本在住だというが、この土地にどんな思いを持っているのかなぁ。お会いできたら聞いてみたい。

敷地で刈った草の、割といいところは軽トラに積んで浪江町の「希望の牧場」へ持っていった。
が、牛たちはクズ野菜・果物をもぐもぐ中で、こっちには見向きもしてくれなかった…。

牛たち、まだまだ生きてくれよ。

振り返り。

P ボラセンの刈払機が疲弊している。かつ、故障・不調などの状態が明らかでないものが多い。メンテしたいなぁ。
K ハンマーナイフ、刈払機、積み込み、運搬などを、7人が連携しながら待ち時間なく進められるよう、采配すべきところはした(基本は慣れたメンバーは自主性が高いので)。

K そうボラの並列方式、あまり杓子定規でなく応用も必要だと思うが、概ねうまくいった。

P 左足裏を傷めているのでランニングを自重しているが(隔日ぐらい)、治って走って傷めての繰り返し。その影響で、今日も機動力は70%ぐらいで辛かった。

T 来年は11年目。これほど続いているグループはほぼ皆無だろう。
今年は福島に加えて人吉、球磨村、丸森町、佐賀の大町、武雄、嬉野へ。どこでも活動の充実感があり、また楽しかった。

最後に松本センター長に挨拶したとき、当たり前のように「また来年も、引き続き」と言われたのがちょっと意外であり、うれしかった。

当たり前に続くことが脅かされ、験されたのが、この2年間だ。
何を核として、どんな仲間を募りながらやっていくのか? それを模索しながらチーム援人の活動を続けていきたい。

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