令和3年8月豪雨:佐賀・嬉野の農地被害を見てお手伝い(ボランティアチーム援人 2021年 1119-22便)

Posted on 2021年11月25日. Filed under: ボランティア |

今年8月の豪雨災害で大きく被災してしまった佐賀県に、援人の仲間と共に東京から車を走らせてお手伝いに行って来た。(えーと、何回めだっけ。)

今回のお手伝い先は嬉野市だった。

にぎわう温泉街(人出もそれなりに多かった)を通って山間部に向かうと、まずお茶を製造販売する店舗が点在、その先に山肌の起伏に沿うように大小の茶畑があらわれた。有名な「うれしの茶」の畑だが、このお茶は江戸時代には有力な輸出品で、“銘茶は宇治か嬉野か”といわれたこともあったという(「シーボルトの湯」の展示にあった)。
その茶畑など約80か所が夏の豪雨で被害を受けてしまった。お手伝い先のシニア女性の話では、これほど田畑がやられたことは今まで記憶にないそうだ。

マップを見ると「虚空蔵山登山口」とあった。ん? と思って調べると、山の向こうは長崎県の波佐見町。その先は、無謀な「石木ダム建設計画」から故郷を守るために半世紀も戦っている川棚町の川原(こうばる)じゃないか!…と気づいた。

お手伝いは、ある田んぼに流れ込んだ土砂の撤去だ。
2日間、OPEN JAPAN萬さん・本多さんと連携して石や土をかき出し、出た土砂で近くの排水路周りを埋め戻す作業をした。2日め午後から雨が降り、翌日も雨予報となったため、残念ながら3日めの活動は中止に。が、一定の成果は出すことができた。

現場に向かいながら、OPEN JAPAN萬さんに話を聞く場面があった。


特に上質なお茶がとれる畑への道に大量の土砂と倒木が流れ込んでしまい、落ち込む農家の方がいた。畑に行けなくなってしまったのだ。複数の人の畑への道ならJAがなんとかするが1人の畑なので私道扱い、何ともできない。
そこで技術ボラが奮闘し、大木を伐採し重機で土砂を削り取った。畑への道は復旧することができた…。

ニュースで見聞きする災害復旧の話題はマクロな傾向を伝え、関心がない人はそれさえも聞き流す。しかし、現地にくればこういうミクロな救済譚を知ることができる。その度に、災害ボランティアをやっていてよかったという思いは深まっていく。
私益と公益の幸せな結婚。こんないい趣味はなかなかない。

初日振り返り。

K 予定していた現場が依頼主都合で延期になり、武雄から嬉野へ。時間ロスがあり、さらに次の現場でも待ち時間があったが、途中からYさん提案で付随タスク(畑に入った土砂出し)を進められたのはよかった。

P 進めてみると、土砂は想像より広い範囲に深く入っていた。この時点で、どのレベルまで取るか意識合わせをすべきだったろう。

T 今日を終え、残りあとたった2日。ニーズが粗く速くなのかゆっくり丁寧なのか、求められているものを見極めて作業すること。また最終的には、田畑を使う人がやりやすい状態にしてあげることを目標に。

視察に来た嬉野市役所の方から、茶栽培について熱を帯びた話を色々聞けた。復旧に向けての行政、JA、社協そしてNPOの連携の手応えを感じられた。

萬さんおすすめの餃子(むじこ饅頭)が美味しかった!
なんと岩手のCさんにも久々に会えた!

翌朝。
大型スーパーTRIALまで朝ラン。
帰りは国道34号ではなく長崎街道を走ってみた。古い家が点在し、昔の様子がわかる風情だった。

11月21日(日)。振り返り。
農地に流入した土砂出しの続き。今日は依頼主が戻ってこられ、協議の末に取った土砂を、同じく土砂が流出したU字溝周りに運ぶことになった。

K 5人で運搬車、軽ダンプ、3種類の運搬になったが、人をうまく配置し、滞留時間を少なくしつつ高回転することができた。

K 個人として。テミへの土砂のかきこみもテミを運ぶ往復もハードだったが、ペースを落とさず持続できた。体力をキープしたい。

P 雨でもレインウェアは煩わしく脱いでしまうことが多い。が、今日は本格的に冷たい雨が降り、終盤相当寒気を感じてしまった。

K T 開始時間が遅くなったり、明日は雨で中止となってしまったりし、不完全燃焼感も残った。が、コントロールできないこともあるから、制御できること(自らの働き、チームワーク、道具の準備など)に集中して力を尽くすべき。5人チーム×2日間としてはいい働きができたんじゃないだろうか。

訪れて初めて知ったのだが、嬉野の不動山地域には「キリシタン史跡(群)」がある。朝、そのいくつかを巡った。

垣内史跡、太刀洗川史跡(川を越えた先にあり行けなかった)、異宗徒塚跡、馬場之子屋敷跡、子捨谷史跡。どれも悲惨な記憶が刻まれていたが、塚や碑のまわりがきちんと掃除されていたことに救いを感じた。

2日目のお手伝い後、嬉野温泉の「シーボルトの湯」へ。ゾンビランドサガの聖地でもあるんだね(本編に出てきたっけ…忘れた)。

最後の夕食は、大町町の「佐賀ラーメン喰道楽」でちゃんぽん(とミニカツ丼セット)。うーん満足。

端正な茶畑、古さと新しさが混じり合う温泉街、キリシタン史跡。嬉野への愛着が湧いた旅だった。

最後に一枚。嬉野町、千室(ちむろ)神社のクスノキの威容。樹齢800年だという。

Make a Comment

感想やアドバイスがあれば、お気軽にどうぞ

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

Liked it here?
Why not try sites on the blogroll...

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。