南相馬・小高:2件の草刈り 普通に戻る町、持ち主不在で荒れる家(援人 2021年 1029便)

Posted on 2021年11月2日. Filed under: ボランティア, 東日本大震災, 東京電力福島第一原発事故 |

2021年10月30日(土)、福島県南相馬市小高区(旧避難指示区域)でお手伝いしてきた。4人の援人メンバーで。

1件めは町の中心部、家屋が解体された跡の敷地で草刈り。

午前で終わったので、昼食後に2件めへ。町の南側にあり、小山を背負った大きな一軒家で小さな畑も隣にある。またも草刈りだった。
このお宅、家屋は年月とともに傷み、庭木も伸び放題。雑草が伸びては刈って…を繰り返している様子がわかった。

ご自分で戻って管理する余力はないのか、ボランティアに任せっぱなしなのかなと、作業をしながらやや虚しく感じた。が、“持ち主がかえりみないなら誰もケアしないでいいのか! それじゃ家や土地がかわいそうだろう!”と自分にハッパをかけ、そこからより一層がんばった。

センター長 朝礼の言葉:

「以前も話したが、今年4月の集計で、南相馬市小高区の世帯数は震災前3771世帯→現在1893世帯、人口は12834人→3778人となっている。三分の一に減ってしまった。

住民がいないところの草刈りを、センターは結構やっている。依頼もときには電話で。そういうとき、今後土地をどうされるのかと尋ねる。答えの大半は、故郷がここにあるというだけで支えになる、と。また、ご近所に迷惑もかけたくないので(草刈りをお願いしたいと)。

センターの活動は、被災者の心の支えになっている。皆さんもできれば依頼者の顔を見て作業がしたいだろうとは思うが。きっと喜んでおられるはず。
いつもありがとうございます。」

昼食。お手伝い先すぐ近くの小高交流センター内、殿様食堂の唐揚げ定食。
…おいしかった! 小高であたたかい食事が提供されてうれしいのはもちろんだが、味やプレゼンテーションも東京の店に負けていない。普通の町に戻ってきたんだなぁ、とあらためて感じる。

昼食後、小高マルシェで野菜や果物を買った。見栄えは悪いが「甘い」と書いてあった小さな柿4個を、帰宅して食べてみたが、本当に甘かった。

お手伝い後、がんばったので松月堂さんのかぼちゃのモンブラン。

KPT法による振り返り。

K 参加メンバーは4人。コロナ前に比べれば少ないが、お互いカバーし合って効率よく働けた。前回の佐賀3人もそうだが、1人で災害ボラすることに比べれば(そして現地で促成チームを編成されるよりは)、ずっといいお手伝いができる。

P 2件目のニーズについてセンター長の指示を聞くとき、昼飯直後だったこともあって集中力を欠いてしまった。結果、(Mボラセンあるあるだが、)やる必要のない(依頼外の)畑の草刈りに相当時間を使ってしまった。

K 午後に一緒にやった個人ボラの人たち4人の動き、少し緩慢だなと思ったが、タイトな仕事量でもなかったので干渉はしなかった。分担など、協働効果はあった。

T Yさんの小型三角ホー、細かいところの刈り取りに便利そうだった。ニーズを予想し、手元道具を充実させたい(持参はしているのだが、さらに磨きをかけたい)。

小高にずっと行き続けている仲間の多くは「やっぱり小高は落ち着く」「故郷みたいだ」と言う。ぼくもそう感じるが、それはいつ行ってもボラセンでMセンター長が迎えてくれて、同じことを言い同じことをやっている、つまり「不動の存在」だからだろう。

変わらないものは人に安心感を与える。避難指示が出てほぼ無人だった頃に比べれば小高はずいぶん普通の町に近づいた。少なくともぼくらにとっては、Mボラセンもその風景の一部だ。

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