南相馬・小高:梅雨明け炎暑 山中の笹竹刈り(ボランティアチーム援人 2021年 0716便)

Posted on 2021年7月20日. Filed under: ボランティア, 福島, 東日本大震災, 東京電力福島第一原発事故 | タグ: , , |

ボランティアチーム援人、福島県南相馬市小高区、南相馬市ボランティア活動センター(通称:松本ボラセン)の下でのお手伝い、2021年7月17日(土)の記録。

メンバーは7人。久しぶりに参加の人もいたので朝は原町の海沿い、八沢地区の慰霊碑へ。快晴ですでに陽射しがキツい。

原町の野馬追通りは、さまざまな意匠の旗指物がたなびいていた。しかし7月末に行われる相馬野馬追は、福島県での新型コロナ感染者の再増加を受け、ことしは神事(野馬懸)のみ、しかも無観客開催と決まっている。

センター長、朝礼の挨拶。
(きょうのお手伝い先について)お願いが一つ。いつも無理を申し上げているが、M部落とО部落の共有地。もう50人ぐらい入り、やっと一期の終わりが見えてきたところ。4ブロックに分け、全部で6カ月ぐらいかかると伝えてある。
この地域は昔は30軒以上の家があったが、今は7軒ほど。高齢化率も50%を超えている。このままでは放っておかれる(ため、受けた)。熱中症にも注意を。現場はある程度日光が遮られるはず。

常磐道すぐ近く、三つの集落に面した里山の草刈り─ ─ ではなく笹竹伐採だった。アップダウンがあり、雑木もかなり生えている。そのうちいくつかは残すという指示あり。

振り返り。

センター長が以前朝礼で受けるか受けないか迷っていると言っていた、いくつかの集落共同の土地の草刈りだった。かなり広大、地形も変化に富んでいる。
まず大きな怪我などなく、それなりの面積を終えることができてよかった。

K 最初に5台分の刃を替えたのは正解だった。刈るものの難易度が高い、足元が不安定などの場合、切れ味が悪いと事故の確率高まるので。

P Nさんが刈払機初めてだった。基本的な部分は教えた。またKさんも少し苦手意識があるようだった。どちらも実際に動きを見ながら教えようと思ったが、自分が遠くに進んでしまったこともあり、できなかった。

P チーム全体の動きの最適化を図るタイミングが遅くなった。傾斜地、鬱蒼と茂った環境でみんなの動きが見えづらかった、暑さでメタ視点を持ちづらかった、などが原因。

P, T リーダーとして全体観を欠いたのは、割り当てられたエリアがどこまでかわからず、達成レベルが不明だったことも関係している。やはり最初にきちんと確認したい。

ボラセンの刈払機はメーカーがまちまちなので操作方法はバラバラ、部品交換などの整備でも時間のロスが多い。援人で揃えた刈払機、もう1台追加予定だが、全て同型にすることに決めた。

センター長の作業段取りにかける意欲が凄いなと思った。見習おう。

本格的な夏が到来した。汗の蒸散が追いつかず、濡れたままのウェアを着ていると不快感はより高まるので、これまで盛夏にやってきたように2枚の長袖シャツ、手ぬぐいを替えながらやっていこう。

お手伝い後のあじさいゼリー(松月堂)。冷えた甘味がおいしい季節だ。


おいしいだけでなく、小高で手づくりのお菓子を食べられる幸せは、あの頃──避難指示解除前の人もおらず店もなかった時期 ── を思い出すと今でも沁みるものがある。

帰路、大熊町を通った。帰還困難区域の景色は端的にいってひどい。まだまだだ。
見て動く。志を共にするメンバーと通い続ける。

Make a Comment

感想やアドバイスがあれば、お気軽にどうぞ

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

Liked it here?
Why not try sites on the blogroll...

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。