『未練の幽霊と怪物 挫波 敦賀』を観た

Posted on 2021年6月30日. Filed under: 演劇 |

『未練の幽霊と怪物 挫波/敦賀』、KAAT(神奈川芸術劇場)で観た。

東京から横浜までは電車で1時間あまり。コロナのせいで近場以外の外出はめっきり減ってしまったせいで、出かけることに億劫さを感じた。
電車に乗ってもやや憂うつな気持ちはおさまらず、根岸線の関内駅で降りて劇場へ向かう道、横浜らしい新しさとレトロが混じる感じを味わいながら、ちょっとした旅情とともに(ぼくは横浜出身なのだが…)気持ちが晴れてきた。

『未練の幽霊と怪物』は去年上演されるはずだった。チケットを買ったがコロナ禍で中止に。払い戻しをしたかどうかよく覚えていない。1年たったいまも状況はすっきりしないが、再上映が決まった。

感想。1年待った甲斐がある傑作だった。

まずは『敦賀』。

能の形式だとわかっていたので、難解でも食い下がるぞ…という気構えでいた。が、台詞はほとんど聞き取りやすい口語で、話のほうも夢幻能の構造がわかっていればすんなり頭に入ってきた。

『敦賀』にはシテとして高速増殖炉もんじゅ、つまり無生物が登場する。
高速増殖炉の感興を、ここまで本気で仕立て上げるとは。ましてそれが、観ているこちらの心に深く沁み入ってくるとは。

片桐はいりが演じたおばさんの台詞、(かつて)“半島が夢を見た”ということばが表わすものも、痛いほど“わかった”(気がした)。
そのインパクトから、福島・富岡町の標語「原子力 明るい未来のエネルギー」や、回転寿しアトム、原子力最中のことが頭をめぐった。そうだ、ほんとうに夢であり未来だったんだ、と。

最後に透明な仮面を付けて現れたシテ(石橋静河)の舞踏は、虚しさと哀切さの表現がみごとだった。

気になったので帰りの電車で調べたのだが、ことごとくケチがついたもんじゅは、燃料の輸入の際も紆余曲折があったという。これのことだろう。

「1991~92年にフランスから輸送されたのはもんじゅ用のプルトニウム。あかつき丸という船でカリブ海を通る予定だったけど、パナマ運河の周辺諸国から反対があって南アフリカを通る遠回りの航路を通りました。」

核問題スペシャリスト:ショーン・バーニーが語る日本の脱原発 – 国際環境NGOグリーンピース

つづいて『挫波』。

東京オリンピックのメインスタジアムのデザインに一度は採用されたが撤回され、貶められたザハ・ハディドをめぐるもの。『敦賀』と同じ構造だが、よりシンプルな体裁という印象だった。

森山未來のダンスとトランス性の強いビートが延々繰り返され、正直眠くなってしまった(よい意味・悪い意味どちらに取ってもらってもいい)。

それにしても、当の東京オリンピックがいまコロナのせいで呪詛を投げかけられる存在になっている。世が穏やかなら、この芝居は現実への高尚な批評として捉えられただろうが、もっとはっきりと現実に接続されるものになったのだ。

片桐はいりの怪演、二作とも強く印象に残った。
電気トンコリみたいな楽器、とても面白かった。

とりあえず岡田利規にはついていこう、と思った…。

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