福島県大熊町:8年5ヵ月戻れない宅地で伐採・草刈りボランティア(援人 2019年 0830便)

Posted on 2019年9月6日. Filed under: ボランティア, 福島, 東日本大震災, 東京電力福島第一原発事故 | タグ: |

ボランティアチーム援人、0830便、2019年8月31日土曜日、福島県双葉郡大熊町での災害ボランティアの記録。

佐賀や福岡の浸水被害に遭ってしまった家々が気になって仕方がない。だけど先にした約束は守らなきゃいけない。チーム援人、これから福島浜通りへ。相双ボランティアさんの下でのお手伝い。

今回の行き先は大熊町、車両通行証がなければ入ることができない地域だ。
でもそこでお手伝いをする必要があるということは、あれから8年5ヵ月たった今でも、その場所に思いを残している、心労を抱えている人がいるということ。相双ボランティアさんの下での活動はハードだけど、いつもやりがいを感じる。

6人+空気を乗せて京橋を出発しました! 10人で行きたかったけど、揃わないものはしゃあない。がんばってきます!

どっちにしようか迷った末、両方買ったわ。

福島県大熊町で伐採・草刈りボランティア(チーム援人 2019年 0830便)

富岡町の諏訪神社、震災で傷ついてしまったが再建中。かなり立派な杉林に守られていた。

福島県大熊町で伐採・草刈りボランティア(チーム援人 2019年 0830便)

大熊町のあるお宅でのお手伝い。
8年5ヵ月の間に庭木などが伸び放題になり、敷地内はまるで雑木と雑草のジャングルのよう。庭木の伐採、細断、草の刈り取り、トンバッグ詰めが依頼内容だった。

福島県大熊町で伐採・草刈りボランティア(チーム援人 2019年 0830便)

佐賀や福岡で泥出しをしている人たち、大変でしょうけどがんばってください! こっちは福島浜通り、避難中に伸び放題になった庭木の伐採をがんばってます。(って気持ち。)

福島県大熊町で伐採・草刈りボランティア(チーム援人 2019年 0830便)

トンバッグ詰め、最終的には26個に。暑かった~。ニーズ完了!

福島県大熊町で伐採・草刈りボランティア(チーム援人 2019年 0830便)

お手伝い後、同じ大熊町にある「中間貯蔵工事情報センター」に立ち寄る。環境省の方が熱心に説明してくれた。

福島県大熊町で伐採・草刈りボランティア(チーム援人 2019年 0830便)

「中間貯蔵施設で一定期間補完された除去土壌等は、中間貯蔵開始後30年以内(2045年3月まで)に福島県外で最終処分を行うこととしています。」

あと26年か。一体福島県以外のどこが受け入れるんだろうか。とても難しいだろう。

福島県大熊町で伐採・草刈りボランティア(チーム援人 2019年 0830便)

お手伝い後の風呂は、道の駅ならはで。

晩夏なのか。夏の最後の悪あがきか。さっぱりして上がったら、日射しが灼熱でまた暑い! それにしても楢葉の海は青かった(写真データ紛失)。

振り返り。
暑くてキツかった。去年や一昨年の酷暑に比べれば大したことないはずだが、ここ最近涼しかったので暑熱順化が元に戻ってしまったらしい。そういえば今週はランニングも涼しくて楽に感じていた。もう少し負荷を上げてみよう。

K: ソーチェン、歯を立てるだけでなくデプスゲージを当て調整し臨んだ。切れ味よく、また持続した感じがある。目立ての試行錯誤を続けていきたい。
事前に車内で話し合い、相ボラの個人参加メンバーとの融和、コミュニケーションを意識して進めた。まだ100%ではないが、うまくいきつつある。
P:(特になし)
T: まだまだ暑い。相ボラの場合でも、クーラーボックスを持参するなど工夫したい。

中長期の目標として。また災害が起こり、ボランティアが必要とされる状況が生まれてしまった。いざというとき10人で素早く行くには、平時から暖機運転しておくこと。コミュニティーは冷めるのはたやすいが、勢いをつくるのは難しい。主体性をもったコアな仲間と共に常に活動を続けていく地道な努力をしたい。大人の責任だから。

「良治(りょうじ)さまの線量計です」
「宗(はじめ)さまのです」

スクリーニング場の女性は、ぼくら一人ひとりの姓ではなく下の名前を呼び、車中のメンバーに累積線量計を差し出していった。

これから行く先は、原発事故のせいで放射線量が高くなったため許可がないと入れない区域だ。だからボランティア活動者の名簿は提出したが、どうしてわざわざ下の名前で呼ぶのだろう? と不思議に思った。

数瞬後、気づく。
これは本来、帰還困難区域に家がある人たちが自宅に一時立ち入りするための仕組みだからだ。家族の姓は同じだ。だからタロウさん、ヨシコさん、ミチコさん、アキオさんといった風に下の名前で呼びながら線量計を渡すのだ。

心が塞がるような思いがした。

東京電力福島第一原発事故は、まちがいなく近年で最大の「人が住む家と、そこにあった家族の営みを大量に圧殺した事件」だろう。帰還困難区域への一時立入りは、今もそこに家がある人たちが、ときどきそこに戻ることをシステマティックに支えているのだ。

作業が終わると庭からの海側の眺望が開けた。皮肉にも、福島第一原発の排気筒らしきものが見えるようになっていた。

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