南相馬:仮設住宅片付け 竹林伐採 セルフネグレクトについて(ボランティアチーム援人 2019年 0412便)

Posted on 2019年4月16日. Filed under: ボランティア, 東日本大震災, 東京電力福島第一原発事故 | タグ: |

ボランティアチーム援人、東日本大震災の被災地での活動。2019年4月13日(土)、福島県南相馬市で、仮設住宅の片付けと竹林伐採のお手伝いをしてきた。そのメモ。

チーム援人、今週も(ギリギリで)10人揃って南相馬へ。仮設住宅から引っ越しされる方のお手伝いに行ってくる。

福島第一原発事故 南相馬 仮設住宅片付け 竹林伐採(援人 2019年 0412便)

伐採や草刈りをただ黙々とやり、索漠とした中で湧いてくる喜び…なんてのもあるけど、引っ越しという新たな門出をサポートさせていただくのは、やっぱりボランティア冥利に尽きると思う。

WTO、日本の逆転敗訴についての記事。

「韓国の消費者も安全なものを食べたいという思いだろう。福島での安全の取り組みを一つずつ理解してもらうことが、遠回りではあるが正道だ」(福島民友 4/13)

福島第一原発事故 南相馬 仮設住宅片付け 竹林伐採(援人 2019年 0412便)

朝、南相馬の春を満喫。

雲雀ヶ原祭場地の桜が満開に。

福島第一原発事故 南相馬 仮設住宅片付け 竹林伐採(援人 2019年 0412便)

あまりにドンピシャなので、朝一で思わず集合写真を撮った。みんなのニコニコ顔を見てくれっ。

福島第一原発事故 南相馬 仮設住宅片付け 竹林伐採(援人 2019年 0412便)

お手伝いは、鹿島区の仮設住宅の部屋内片付け。依頼主が引っ越しに伴うニーズだ。

福島第一原発事故 南相馬 仮設住宅片付け 竹林伐採(援人 2019年 0412便)

桜前線は北へ向かっている。

東京ではもう葉桜だけど、福島・南相馬は今まさに満開。宮城、岩手はまだまだこれからだ。

昼は小高川沿いへ行ってみた。満開の桜並木が眺められる絶好のランチスポットだった。

福島第一原発事故 南相馬 仮設住宅片付け 竹林伐採(援人 2019年 0412便)

小高マルシェで「呉のカブ」を見つけた。

福島第一原発事故 南相馬 仮設住宅片付け 竹林伐採(援人 2019年 0412便)

午後は小高区内で竹林伐採のお手伝いとなった。かなり大規模だ。

福島第一原発事故 南相馬 仮設住宅片付け 竹林伐採(援人 2019年 0412便)

これまで2つのチームが入ったらしい。ぼくらも善戦したがまだ全体の5%ほど、まだまだ。エンドレス竹林地獄、はじまる…。

福島第一原発事故 南相馬 仮設住宅片付け 竹林伐採(援人 2019年 0412便)

振り返り。

仮設住宅の引っ越しニーズ、2~3週にわたって細部をセンター長から聞いていたものだが、やはり今日のオリエンでは別のものに変わっていた。車中で皆にリマインドした通りになった。くるくる変わる・曖昧なニーズに臨機応変に対応しやり終えるの大変だが、ボランティアチームとして鍛えられるところだ。

K:片付けでは、大きなものから運び出すこと、一方、掃除など小さな作業でも時間がかかりそうなものは終わりから逆算して早めに人をアサインすること。タスク毎の人の過不足チェック、手待ちの人の活用に留意すること。
P:冷蔵庫内のものを出すとき急いでやったら床にこぼしてしまった。仮設は原状回復で返すのが原則なので、丁寧さを心がけたい。

P:竹林伐採、センターのチェーンソーの調子にバラつきあり。自分が使った機種はまあまあよかったが、チェーンのたるみ回復に手間取った。
K:伐倒時、範囲にいる人にしっかりアイコンタクトし、また笛を使って退避を促した。
T:ニーズが伐採の可能性があれば、やはり自分のチェーンソーを持っていくのがベターか…。

引っ越しニーズは想定したものと違ったが、被災ゆえに発生してしまったものであることは疑いがない。勉強になったし、ともかく完了させることができてよかった。

夕食は二本松、杉乃家さんへ。

カツ丼セット、なみえ焼そばをフルに変更!うますぎて申し訳なかった(何に)。

福島第一原発事故 南相馬 仮設住宅片付け 竹林伐採(援人 2019年 0412便)

これまでさまざまな被災地でのお手伝いで見てきたことだが、災害は元々弱い立場の人、たとえば高齢者や障害者、一人親家庭などを、さらに低いところに追い落としてしまう。

そして最近いくつかのお手伝いで感じはじめ、わかってきたことがある。

困窮状態にある人たちは、自分の置かれた状況を直視しない(ネグレクトする)ことがある。
やるべきだとわかっていることを避けてしまう、やってはいけないことに耽ってしまう。そしてますます袋小路に入っていくということがあるのだ。

このことに思い至って、暗い気持ちが湧き上がった。
今までしてきた膨大なお手伝い先のあの人も、あのお宅も、本当のところそういうことだったんじゃないかと思いはじめたのだ。自分は被災してしまった人について浅い理解をしていたんだ、と。

“被災してしまった人はつらい”というのは、砂糖は甘いし塩はしょっぱいという程度の雑な理解にすぎない。しかしそれ以上を理解したところで、何かをしてあげることができるとは限らない。
ぼくが気づいたことは、週一回行くのがせいぜいの活動者には荷が勝ち過ぎるだろう。ピンポイントで何かしてあげることは難しいからだ。

本当に難しいのだろうか? たった1回のお手伝いで行き会う人だが、かけてあげる言葉、お手伝いの進め方や終わらせ方、工夫できることはあるはずだ。と、思いたい。

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