浪江町で竹林伐採 南相馬で仮設住宅引っ越し手伝い 被災者の今に向き合う(援人 2019年 0315便)

Posted on 2019年3月19日. Filed under: ボランティア, 東日本大震災, 東京電力福島第一原発事故 | タグ: , |

ボランティアチーム援人、0315便。2019年3月16日(土)、17日(日)に福島県の浜通り、浪江町と南相馬市で災害ボランティア活動をした(15人のメンバーのうち3人は、日曜日は「第3回復興祈念駅伝に参加した)。その記録。

明日(16日)は「なみえ創成小学校・中学校校歌」のお披露目イベントがあるんだなぁ。作詞者の和合さんも来るらしい。

15人揃って八重洲を出発しました!
浪江町はまだまだ。小高もニーズはある。大熊町の一部は来月避難指示が解除される。双葉町も来年だといわれている。浜通りの今をちゃんと捉えて、お手伝いを続けたい。行ってきます。

朝。請戸港には富岡の船もいるんだな。まだ帰れないんだろうか。

浪江町で竹林伐採のお手伝い 南相馬で仮設住宅引越のお手伝い(援人 2019年 0315-17便)

浪江町社協さんの下、国道6号よりやや海側の(元)農地で竹林伐採のお手伝い。依頼主と共に。

浪江町で竹林伐採のお手伝い 南相馬で仮設住宅引越のお手伝い(援人 2019年 0315-17便)

最初はどれだけ奥行きがあるのかわからないほど鬱蒼としていたが、11時10分、主な部分は終わってしまった。15人のパワーはすごい。

浪江町で竹林伐採のお手伝い 南相馬で仮設住宅引越のお手伝い(援人 2019年 0315-17便)

昼食。浪江町にまた飲食店が増えた。駅近くの「響」さん。どんどん来ないと、食べ尽くせないなぁ。

浪江町で竹林伐採のお手伝い 南相馬で仮設住宅引越のお手伝い(援人 2019年 0315-17便)

この依頼主は、広大な敷地の竹林伐採を自分1人でやるつもりだったそうだ。他県に避難中の人が週末だけで? 到底無理だよ。助けなきゃ。たぎる! これが自分にとって、内発的動機づけと公益ががっちり噛み合う瞬間だ。ありったけの力を注いでお手伝いしなきゃ! という思いが湧いてくる。

竹林伐採のお手伝い。

浪江町で竹林伐採のお手伝い 南相馬で仮設住宅引越のお手伝い(援人 2019年 0315-17便)

そこは元から竹林じゃなかった。震災前は畑だったという。他県に避難中のご主人は最初自力でなんとかするつもりだったが、ボランティアに頼めると知って社協に依頼してみたという。

やがて帰還され、また畑を耕すそうだ。ジャガイモなどをつくるつもりだとか。

浪江町での環境省による被災財の回収は、3月後半で終わってしまうらしい(おいおい、避難指示解除からわずかな期間で被災者の選択肢を奪わないでくれ!)。
しかし浪江町社協のボランティアセンターは、こういう方を含めて帰還された方、帰還を検討される方をこれからも支えていくとのことだ。「帰還された方が後悔しない町づくりをしたい」と社協のIさんは言っていた。
まだまだお手伝いに行きたい。

浪江での竹林伐採のお手伝い、しっかり完了。

担当のIさんが異動されてしまうため、一旦お別れ。最後に皆で集合写真を撮らせてもらった。
円滑なコーディネートの下、数々のお手伝いができたことに感謝。

浪江町で竹林伐採のお手伝い 南相馬で仮設住宅引越のお手伝い(援人 2019年 0315-17便)

浪江町社協のブログには、こんな風に書いていただいた。

3月16日(土)ボランティア活動と町内イベント – 輝く明日に向かって

「毎月活動の申し出を頂いていたのに、こちらの不手際でなかなか調整できなかった「ボランティアチーム援人」さん15名。
久々の再開(会)という感じで大変嬉しく思いました。
こちらは依頼者さんが社協ボラセンまで来てくれましたので、依頼者さんの案内で現場へ。
2カ所の現場を回った後に現地へ行くと、もうあっという間に密集していた竹が倒され、視界が良くなっていました。」

夜はゲストハウスあおた荘に泊まった。
キッチンを使って鶏のつみれ汁をつくり(材料はさくらモールとみおかで調達した)、皆で食べた。

浪江町で竹林伐採のお手伝い 南相馬で仮設住宅引越のお手伝い(援人 2019年 0315-17便)

翌朝、日曜日。チームは「第三回復興祈念駅伝」に参加の3人と、小高でボランティアをする12人に分かれた。

小高、紅梅公園で。

浪江町で竹林伐採のお手伝い 南相馬で仮設住宅引越のお手伝い(援人 2019年 0315-17便)

南相馬で、仮設住宅からの引っ越しのお手伝い。

浪江町で竹林伐採のお手伝い 南相馬で仮設住宅引越のお手伝い(援人 2019年 0315-17便)

K君チーム4人は紅梅団地のお宅で家財片付け(午前で終わり、のち仮設組に合流)。それ以外の8人はキャラバン、軽トラ2台で仮設住宅へ。事前情報どおりすごい家財の量で、最終的に軽トラ6杯分にもなった(センター新記録だとか)。運ぶだけでなく小高のお宅で分別もお手伝いでき、無事ニーズ完了。

休憩のとき、松月堂のかしわ餅をいただいた。うんまい。

浪江町で竹林伐採のお手伝い 南相馬で仮設住宅引越のお手伝い(援人 2019年 0315-17便)

今日、依頼主からいただいてしまったもの。
飲み物2回、松月堂の窯出しシュークリーム、かしわ餅、まいたけおこわ…。ありがたすぎて申し訳なくて。

そしてお手伝い終わって、凍天。この流れはうれしすぎる。やっぱり凍天は最高のおやつだ…。

浪江町で竹林伐採のお手伝い 南相馬で仮設住宅引越のお手伝い(援人 2019年 0315-17便)

8年も住んだ狭い狭い仮設住宅を出て、新築の我が家で迎える最初の夜はどんなものだろう。

ぼくらがホテルのスイートルームに泊まったらビビってしまうように、きっと落ち着かないんじゃないかな。東京に向かう車中でそんなことを考えていた。

日曜日、南相馬市鹿島区の仮設住宅から小高区(旧避難指示区域)のご自宅に戻られるご夫婦の引っ越しのお手伝い。

浪江町で竹林伐採のお手伝い 南相馬で仮設住宅引越のお手伝い(援人 2019年 0315-17便)

仮設住宅で長く暮らし、家財が極端に少ない人もまた多く抱えている人も、それぞれ背景や事情がある。そしてそれは、精神的には黄信号から赤信号を示しているんじゃないか、と思ってしまう。

家財がとても多いお宅だった。乗っていったキャラバンの他に軽トラを3台動かし、計6杯分にもなった。12人のチームが密に連絡を取り合い、仮設と小高に荷造りや荷ほどきの人員を置き、軽トラは常に遊びがないようピストンさせた結果、運び込みだけでなく配置や分別まである程度終えることができた。

ご夫婦二人との折々の会話から、人柄、仮設暮らしの苦労、奥さんの旦那さんを思いやる心などが伝わってきた。

自らその人のために働きながら、「被災された方の等身大のありよう」を受け止めることは、人に貢献する喜びを深い部分で感じることだ。そしてそれは長い間には自分を変えていくものだと思う。

だから災害ボランティアは「人のため」(だけ)ではない。利他であり利己だ。災害ボランティアを自分と無縁のもの、敷居が高いものだと考える人、災害ボランティアから遠ざかってしまった人にも、このことを改めて伝えたい。

明るい面ばかりではないだろうけど、節目の日のお手伝いをさせてもらえてよかった。
小高にはあのご夫婦がいる。また足を運びたくなる理由が増えた。

振り返り。

K:刃物(ノコギリ、チェーンソー)のクオリティー管理を他人に委ねないこと。安全、効率、疲労度を左右するから。ソーチェーンは平日朝に一時間以上かけて二本をキレキレに目立てしてきた。ズバットの歯は新品に替えてきた。どちらも切れ味よく、特にズバットは誤って歯を手に当てたら怪我したほどだ(P)。
仮設引っ越しでは、運び出し、3台の軽トラでの運搬、配置などがメンバーが手待ちになることがないようメッセで連絡を取り合い作業を進められた。結果、軽トラ6杯分というすごい量だったが余裕を持って終わらせることができた。

P:銀座ベースから刈込ハサミ類を持って行くのを忘れた。念頭にはあったのに。結果として枝打ちは必要だったが、もし処理が必要だった場合、他チームと道具の競合もあり作業スピードが大きく落ちる可能性もあった。ダブルチェックしたい。

T:浪江町では信頼するIさんの下でお手伝いをし、寡黙な依頼主の負担を軽くしてあげることができた。小高ではシニア夫婦のお手伝いをし、二人との会話から人柄や仮設暮らしの苦労、奥さんの旦那さんを思いやる心を知ることができた。そういう経験を通じ、深い精神的満足を得ることができた。また来よう。

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