「遊行権」(無隣館若手自主企画 vol.27 曽根企画)を観た

Posted on 2019年2月8日. Filed under: 演劇 |

「明日になって今の感動が失われるとしたら 尚更今のうちに言葉にしとくべきだろ 後で恥かくとか気にしてたら 誰かが評価したものしか評価できない人間になるぞ」

(「バーナード嬢曰く。」)

うん。っつうわけで。

2019年2月7日、「遊行権」(無隣館若手自主企画 vol.27 曽根企画)を観た。

2019-02-07 19.12.36-3

ちなみに無隣館とは青年団を主宰する平田オリザが作った若手演劇人の育成機関で、そこに属する人が平田氏に企画を提示、パスすれば自主企画として上演を許されるとのこと。東京・小竹向原のアトリエ春風舎で行われる(ことが多いと思う)。

避難所らしき場所で男女4人がダラダラと過ごしている。流れる倦怠。そこに数々の遊びが発出していく。子どもの遊び歌やティッシュを使った即興ゲームなど。

後半、サイコロが振られ偶然によって前半の出来事がリミックスされる。再演される内容は少しずつブレがある。遊びなのだが強迫性を帯び、それが徐々に高まっていくように感じられる。女性が配給物資のキャベツ(前半では大きなおにぎりだった)を大きく口を開け丸かじりする。その音が響くところで暗転。

前半は“何が起こるんだろう”“何を表わしている不条理劇なんだろう”と探りながら退屈に耐えたところもあったが、後半はほぼ没入しきっていた。反復しながら逸脱していくのが遊びの本質だと考えれば、前半・後半の構成や演出は見事なハマり感があった。

こういう不条理劇の面白さって何だろう?

筋道がきちんと語られるわかりやすい物語と不条理劇は、おそらく1と0ではない。条理からいくつかのネジや柱を外せば不安定な構造物になる。それを観るとき人の頭は高速で働きはじめる。その没入・沈潜・陶酔は面白さにつながり得る。ここまでは考えた。

ところで、初日だったのでポストパフォーマンストークがあった。
演出の曽根さん、ドラマトゥルグ(←という役割が演劇にあることを初めて知った)の朴さんの対談だったのだが…これを聴いたことを途中から後悔した。

話のキーワードとしての“切実な遊び”や、地震の避難所体験(幼い頃に阪神淡路大震災を経験したとのこと)などのモチーフを知ってなるほど、と腑には落ちた。ここの演技はインプロだったとか一場・二場の時系列だとか知って意外さも感じた。

しかしそういう“答え合わせ”に立ち会わず、余白を残したまま帰った方が幸せな観劇体験だったんじゃないかと思った。あがいても名付け得ないモヤモヤが浮かんだのは確かだ。それに外から理路を注入しても自分内の答えとは別物だ。(ベケットやイヨネスコが生きていたとして、観劇後に「この台詞はどういう意味なんですか」みたいな質疑応答をやりたいだろうか?)

次から気をつけよう、と思った。

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