Jヴィレッジ再開記念ハーフマラソン(雪で中止)→南相馬小高でボランティア(援人 2019年 0125便)

Posted on 2019年2月5日. Filed under: ボランティア, ランニング, 東日本大震災, 東京電力福島第一原発事故 |

ボランティアチーム援人、0125便、2019年1月26日土曜日はJヴィレッジ再開記念ハーフマラソンに参加(雪のため中止)、日曜日は同じ浜通りの南相馬市小高区で災害ボランティア活動。そのまとめ。

「Jヴィレッジ(楢葉・広野町)をスタート・ゴールに二十六日に開かれる「Jヴィレッジ再開記念ハーフマラソン」のエントリーは約二千百人になった。東日本大震災後、双葉郡では最大規模のマラソン大会になる。(…)
大会には、北は北海道、南は九州からエントリーしている。(…)
広野、楢葉両町の関係者は、出場者に町の魅力を発信する。広野町はミカン、楢葉町はユズなどをあしらった応援メッセージ入りの小旗を沿道で配る。(…)
大会には県内外から約三百人のボランティアも参加する。広野町のふたば未来学園高サッカー部員約六十人も出場者の誘導や案内に当たる。」

(福島民報の記事から)

銀座ベース、もしかすると明日「独立雪かき隊」ニーズもあるかも、とスコップも積載。ただし、年末掃除でも気づいたけど、ベースに角スコ大は2本しかない。小は6本あり。

車内での自己紹介終わり。
明日もし中止になっても、勝手にコースをゆるランしちゃうとか、せっかくだから浪江をファンランするとか愉しめばいいんじゃない? って話も。

南相馬市小高区(旧避難指示区域)、今日開所の復興拠点「小高交流センター」内に、地元の室原サーフボード製作所の直営店がオープン。「海で泳いだことのない福島の子どもたちに海の楽しさを知ってもらいたい」(室原さん)。福島民友。

Jヴィレッジ再開記念マラソン(雪で中止)→小高でボランティア(援人 2019年 0118便)

福島県楢葉町に来てます。
“サッカーの聖地”Jヴィレッジの再開記念ハーフマラソン、雪のため中止になってしまった…。

Jヴィレッジ再開記念マラソン(雪で中止)→小高でボランティア(援人 2019年 0118便)

雪が滅多に降らない浜通りだろうに。ゲストの“山の神”のせいなのか…(苦笑)。

せっかくなのでJヴィレッジの全天候型練習場(国内最大らしい)のふかふか芝の上を走ってみるメンバーたち。

Jヴィレッジ再開記念マラソン(雪で中止)→小高でボランティア(援人 2019年 0118便)

柏原くん! Jヴィレッジ再開記念ハーフマラソンは雪のため中止だけどトークイベント。うれしい。いわきサンシャインマラソンで自ら仕切るコスプレ企画(フォトコンテスト)についても熱く語ったり。

Jヴィレッジ再開記念マラソン(雪で中止)→小高でボランティア(援人 2019年 0118便)

来年もJヴィレッジマラソンやるとのこと。また来るぞぉ。

今年初めて、福島県の浜通りを訪れた週末。

今日(土曜日)の未明から雪が降りはじめ、「Jヴィレッジ再開記念ハーフマラソン」は残念ながら中止になった。

が、ゲストの元東洋大の“山の神”柏原竜二君(彼は福島県いわき市出身だ)のトークイベントと即席ランニングクリニックが全天候練習場で開かれ、時間はあっという間に過ぎてしまった。

レース後に振る舞われるはずだった楢葉名物の「マミーすいとん」、寒い中でいただき美味しかった。

Jヴィレッジ再開記念マラソン(雪で中止)→小高でボランティア(援人 2019年 0118便)

ここなら笑店街のベーカリーでパンを買ったりして、富岡町の「東京電力廃炉資料館」へ。

実物大の原子炉圧力容器の厚みを手で計る。ぼくらは“最悪の原発事故後の日本”を生きているんだ、という思いを新たにした。まだ何も収束していない。これからだ。

Jヴィレッジ再開記念マラソン(雪で中止)→小高でボランティア(援人 2019年 0118便)

浪江町に移動して昼食。カツ煮を食べながら、店主が語る町の現状についてのシビアな話に耳を傾けた。そして帰還している人の覚悟のほどを思い知る。

小高に移動し、今日開所の「小高交流センター」を覗いてみると、多くの人が集って餅まきをやっていた。賑わいが生まれるといいなぁ。

Jヴィレッジ再開記念マラソン(雪で中止)→小高でボランティア(援人 2019年 0118便)

三上魚店で刺身と鍋用の切り身をつくってもらい、浪江の「ゲストハウスあおた荘」に移動。

夜は福島の酒をお供にタラ鍋などをつつきながら、皆で大坂なおみの全豪オープン決勝戦に釘付けになった。

Jヴィレッジ再開記念マラソン(雪で中止)→小高でボランティア(援人 2019年 0118便)

あったかいことも寒々しいこともある、浜通りの夜だ。
明日は1日、この地域のためにボランティアをがんばろう。

浪江町の朝。どこの雪国だよ…。

Jヴィレッジ再開記念マラソン(雪で中止)→小高でボランティア(援人 2019年 0118便)

雪が残る小高神社にお参り。

Jヴィレッジ再開記念マラソン(雪で中止)→小高でボランティア(援人 2019年 0118便)

今日は久々の南相馬市小高区、松本ボラセンでのお手伝いとなった。

南相馬、小高ボラセン。松本センター長の挨拶。

(松本センター長が出演したラジオ番組から。センター母体のNPOの副理事長のKさんが仮設で亡くなった。ご遺族に聞くと納骨は来年だという。小高に家を建てて1日でも家で過ごさせてあげてから、という話。)

これからも活動によって被災者さんが希望を持って生きていけるように。
雪がかぶっているが情熱で溶かしてほしい。雪で滑らないように。事故も最近多い。刈払機で石を飛ばしたり、車をぶつけたり、手を切ったり、7件ぐらい。初心者は少ない、ほとんどはベテランがやる。気の緩み、慢心もあったと始末書にあった。注意しながらやっていただければ。
昨日は、雪でもこのボラセンは活動するだろうから、と千葉からの活動者がやってきた。ありがたい。

南相馬・小高で草刈り。
6人には広すぎる敷地、そして雪と灌木に阻まれる。先週もそうだけど、10人いたらなぁ…というヘヴィーな作業。

Jヴィレッジ再開記念マラソン(雪で中止)→小高でボランティア(援人 2019年 0118便)

昼食、双葉食堂が長蛇の列だったので小高ストアのイートインで。レジの人と来店客のゆるい“ご町内会話”が聞こえてきて少し安心した。東電の原発事故がズタズタに引き裂いたさまざまな日常のつながり。でも人が戻ってきて、温かみをまた生み出している。それがわかってよかった。

南相馬・小高で広大な(都心でいえば家六軒分ぐらいの)敷地の草刈りのお手伝いだった。依頼主は関東で移転生活中。草刈りは誰かがやらなきゃいけないことだよね。雪が降った翌日はタイミング悪く苦戦したけど、がんばった。

Jヴィレッジ再開記念マラソン(雪で中止)→小高でボランティア(援人 2019年 0118便)

振り返り。

今年初の浜通り行き。どんなことを知ってもそれが人の考えや行動を深いレベルで変えなければ知識は役立ったとはいえないから、やはり来ることには意味がある。

1日目、Jヴィレッジの柏原君の楽しいイベント、ここなら笑店街、廃炉資料館、浪江の店の大将のぼやき、小高交流センターの餅まき。明暗を交互に味わうような体験。

2日目、ボラセン内勤のAさんの「(しばらく来ないので)見捨てられたかと思いました」という言葉、センター長の笑顔、ピリッと締まったセンターの活動模様。やはり来てよかった。

草刈り、最近の西日本でこまめな休憩を取ることに慣れていたためか、雪で足場が悪いせいか、ぶっ通しで刈払機を操るのが予想以上にハード。もっと鍛えなければ。

家4軒分の敷地、法面もあり。6人には広すぎた。が、粗々ではあるけどなんとか仕上げた。善戦したといえる。しかし今回も“10人いれば…”と何度も思った。いいね! は大して要らないんだ。一緒に行ってくれる仲間が欲しい。

K:作業範囲、仕上げイメージ、優先度を全員で共有した上でやること。大事なタイミングでMTGして仕切り直すこと。

P:いつもメンバーに注意喚起している刈払機の死亡事故事例(滑落による動脈損傷)。同じ状況で自分が滑った。改めて注意する。

T:刈払の協働。隣接する作業ではお互いのりしろを出し合うこと、相手の動きや地形を見ながら、自分で決めた範囲だけやるのでなく、全体としていかに手戻りなく作業を終えられるかを考えながら動的にやり方を変えることが大切。

T:松本ボラセン、仮設住宅からの引っ越し案件が複数入っていると。その件も含め次の小高行きを調整したい。

敷地の広大さ、あたりの荒涼、積雪による寒さ、そして作業のキツさ。
のしかかってくるそれら負の要素に抗うように、問いが噴出してきた。

“この草刈りは一体誰がやるべきなんだろう?”。

家の持ち主がやるべきだろう。
しかし持ち主は福島第一原発事故によって避難を強いられ、今は関東在住だ(ニーズ票に記載があった)。

避難の原因をつくったのは東京電力だ。クソ正直なことをいえば、この地域の家々や自然が荒廃しないようにする責任は東電にある。だからこの草は東電が刈るべきだ。季節ごとに何度も生えてくるが、何度だって刈れ。お前らのせいなんだから!

原因者がやるべきことをしないとき、人ができることには二方向ある。
原因者をにらみ、やれ! とどこまでも糾弾すること。
叩かれ落ちた人の姿に目を向け、手をさしのべること。

原因者がやらないのなら“気づいてしまった”“目を奪われてしまった”者がやるしかないじゃないか。

気づいてしまった人間には同じような傾向がある。今も小高のボランティアセンターに集う人は、どこか余裕のないせっぱ詰まった顔をしている。自分のことをいったん措いて人のことを考えているからだろう。

土曜日、富岡町の廃炉資料館に行って原子炉圧力容器の模型をさわった実感。日曜日、小高でハードな草刈りをしながら頭の中をめぐった考えや感情。それらが今日やっとかたちになってきた。

自分は東日本大震災と福島第一原発事故によって人生が変わった。ものごとにつける優先度が変わった。
誇りでもなければ恥でもない。あの分水嶺からそういう生き方をしている、ということを改めて思った。

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