西日本豪雨 広島・小屋浦 20人混成チームで泥出しを必死にやる(援人 2018年 1221便)

Posted on 2018年12月26日. Filed under: ボランティア | タグ: , , |

ボランティアチーム援人、1221便、2018年12月22日土曜日、西日本豪雨の被災地である広島県安芸郡坂町小屋浦でのお手伝いの記録。

行ってみることが大事。本当に大事。ぼくのようにほぼ毎週被災地に行っている者でさえ、沢山の情報に触れる中で“わかったつもり”になり、頭の中だけで行く先の優劣付けや行くか行かないかの判断をしてしまう。今年最後のお手伝いが、そういう反省ができるようなものでよかった。

今年最後の被災地行き。行き先は広島・小屋浦。

西日本豪雨 広島・小屋浦で災害ボランティア(援人 2018年 1221便)

直接行くメンバーは、準備してくれる人、見送りに来てくれる人、色んなメンバーに支えられてるんだよな。行ってきます!

なんか深夜のSAにいつもよりカップルの姿が多い気がする。クリスマスってことかな。

「被災者の決断をなぜもう少し待てないのか」。今朝の中國新聞。

西日本豪雨 広島・小屋浦で災害ボランティア(援人 2018年 1221便)

小屋浦の川の上流では黒いフレコンバッグが多数積み上げられ、損傷した家が赤茶色の地面の上にいくつも残されていた。約600人の方々がまだ避難生活を送っているという。しかし住んでいる方々もいて、とりわけ子どもたちの姿には希望を感じた。

西日本豪雨 広島・小屋浦で災害ボランティア(援人 2018年 1221便)

広島・小屋浦でお手伝い中。
20人近くの混成チーム。全員士気が高い。親子3人で午前だけ来ていたり、驚くほどよく動く女子がいたり。できることを! というムード。
ただ、床下も土砂がぎっしり詰まっていてガッチガチ。

西日本豪雨 広島・小屋浦で災害ボランティア(援人 2018年 1221便)

皆が流す汗が水蒸気となって、カメラが曇りまくった。

西日本豪雨 広島・小屋浦で災害ボランティア(援人 2018年 1221便)

残念ながら今日はここまで。タイムアップ。
…しかし10人全員、このお宅のため100%力を出し切った!
2018年最後のお手伝いに悔いなし!

西日本豪雨 広島・小屋浦で災害ボランティア(援人 2018年 1221便)

小屋浦はまだ終わってなかったんだよなぁ。そしてぼくらも今日必死でがんばったけど、終わらなかった。でも明日もボラ仲間たちがやり継いでくれる。また必ず行こう。

“まだ終わってないものは終わってないと言い続けなければ、終わったことにされてしまう”というのは、今年さまざまな被災地に足を運んで見て働いて感じた者の実感としては、本当にその通り。

そしてそのことを年末ギリギリ、12月になってまた新たに学んだ場所、それが広島県安芸郡坂町小屋浦。

今日その小屋浦で、援人10人を含む20人近いチームで、5ヶ月もたってガッチガチになった床下の土砂出しをがんばった。

西日本豪雨 広島・小屋浦で災害ボランティア(援人 2018年 1221便)

ここ小屋浦で会うボラたちは、異常にチームワークのいい熱い集団だったり、冷徹に働く一匹狼だったり、可愛いけど下手な男よりガチ働きをする女子たちだったり、ともかく熱心な親子3人連れだったり。しかもその人たちが、午前だけ(空き時間を活かして)真剣に働いたのち、サッと帰るような洗練ぶりを見せてくれたり。

ともかく“今この時期に小屋浦に来ているような人たち”でしかあり得ない、言っちゃ悪いが東京の雑踏で石を投げても絶対に当たらないような、姿かたちじゃ判断できない凄い人たちだったりするわけ。

今日、ぼくらも死ぬ気で(比喩でもなんでもなく、掛け値なしに必死で)がんばったけど、泥出しは2/3ぐらいしか終わらなかった。

でも今日一緒にやったメンツの何人かは明日もやり継いでくれるという。今日会ったばかりの人間にこれほど信頼を寄せるのは馬鹿か! ってぐらい、彼らに任せればやり遂げてくれるだろう、と思ってる。

ボランティアチーム援人の今年のお手伝いは、今日で終わった。来年も、頼れる仲間と共に困窮している人の元へ行くんだ。

夜は呉市、上蒲刈島の宿で瀬戸内海の海の幸をいただいた(今年最後なので舟盛りを頼んでみた)。

西日本豪雨 広島・小屋浦で災害ボランティア(援人 2018年 1221便)

翌日、帰路。

ニシカワ食品(兵庫)の菓子パンはどれもおいしいけど、なかでも大好きなのが「にしかわフラワー」。ヤマザキのミニスナックゴールドの上位互換版といえる味。もう今年は悔いはない…。

西日本豪雨 広島・小屋浦で災害ボランティア(援人 2018年 1221便)

振り返り。
被災地は、困っている方々の望みより自分の欲求を上位に置く場所ではないので、基本どんなニーズでもありがたいし真剣にやるべき。が、培ってきたチームの強みを活かすかたちでお手伝いできるなら、やはりとても嬉しいものだ。
その意味で、今年最後の活動として小屋浦で、道具面でも連携面でも、そして体力面でもとてもチームの力に適合する現場でお手伝いできたことは嬉しかった。今年も援人は各地でハードなお手伝いを経験してきたと思うが、その集大成といえるだろう。

一緒にやらせてもらったチームはぼくら以上に小屋浦で活動し思い入れがあるだろうチームだが、謙虚だった。個人や家族で駆けつけたボラたちは皆士気が高かった。尊敬に値する人たちだ。
人の苦しみに思いを馳せず自分の趣味や享楽ばかり追い求める人、口で言うことは立派だが世を良くするための地味な行為は嫌う人、そんな人が都会の生活圏には少なくない。が、ボラに行くと、ただ黙々と汚れ役を引き受ける人たちに出会う。“自分は、こういう人たちの間にいたいのだ”と今回も思った。

道具、K。持参したチェーンソー、ケレン棒、関東ジョレン、左官グワなど狙い通り役立った。
連携、K。土砂出しやネコ運搬の効率的な動きについて常に話し合いながら進め、無駄や危険を抑えた。コンパネにIさんが即席で打った滑り止め(岩泉安家のNさんの知恵!)もよかった。
P、T。終盤に疲れが出てくると近接作業でスコップなどが干渉するヒヤリハットがあった。そういうときは声かけし仕切り直すこと。

災害ボランティアというのは災害が起こって初めて発生するニーズに対応するもの、レスポンス型の活動だ。しかしさまざまな経験をしチームとしてノウハウを蓄積しておくことで、単独で動く個人、都度編成される集団などよりずっと高いパフォーマンスを出すことができる。つまり、被災者の心労をより迅速に質高く取り除ける可能性が高い。

これから先、気象災害が減ることはないし、南海トラフ地震は今後数十年の間に必ず起こる。それに備えて何ができるか。来年もこのやり方を深め、世の中にじわじわと広めていきたい。

八重洲に戻って乾杯。今年もお疲れさまでした!

西日本豪雨 広島・小屋浦で災害ボランティア(援人 2018年 1221便)

なんか持ってるのかもしれないね、俺ら。

西日本豪雨 広島・小屋浦で災害ボランティア(援人 2018年 1221便)

先週、広島・小屋浦から東京に戻った夜、八重洲でビールを飲んでたら隣の席にいたのが福島から来られた方々で、その節はお世話になりました…と言われた(浪江などにはまだ行ってはいるんですが)。

で、今週。今年最後の小屋浦でのお手伝いから帰京して、やっぱり八重洲でミニ忘年会をやって店を出たら、外で話しかけてきたのが、なんと愛媛・宇和島から出てこられた人たちだった(デッカいリュックを背負ってる集団なので話しかけてきたらしい)。そういう人たちなら、一杯奢りたい! と言っていただいた。

なんか、つながってるよね。たぶん。
そのつながりが、冷笑とか離反とかそういうものじゃなく、あったかいものをリレーするような流れだったらいいなぁ。

年の瀬、どんな境遇の人であれ、あったかい気持ちで過ごしてほしいと思う時期に。
メリー・クリスマス。

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