岡山県倉敷市真備町:また住むため 方向定め分刻みのお手伝い(援人 2018年 0824-26便)

Posted on 2018年8月28日. Filed under: ボランティア | タグ: , , |

ボランティアチーム援人、2018年8月25日(土)・26日(日)、西日本豪雨の被災地である岡山県倉敷市真備町でのお手伝いの記録。

台風20号、真備には被害はなかったらしい。よかった…。

「台風20号の接近で、西日本豪雨被災地の倉敷市真備町地区でも住民らが不安な一夜を過ごしたが、目立った被害はなく、胸をなで下ろしていた。」(山陽新聞 2018年8月24日)

新たな養生シート(ロール)を購入。今回のお手伝いで試してみることにする。

平成30年西日本豪雨 岡山県倉敷市真備町で災害ボランティア(援人 2018年 0824-26便)

西日本豪雨で1200haが浸水、しかも最大浸水5.4mという甚大な被害を受けてしまった倉敷市真備町でのお手伝い、4回目です。災害には2週間、1ヵ月など被災者が落ち込む時期があるといわれます。少しでも励ましになるよう、今週も迅速に丁寧に、しっかり働きましょう!

倉敷市真備町でお手伝い、1日目。3mぐらいの高さの庭木が上まで泥をかぶっている。

平成30年西日本豪雨 岡山県倉敷市真備町で災害ボランティア(援人 2018年 0824-26便)

1日目のお手伝い振り返り。

水害でやられたお宅に駆けつけた災害ボランティアは、被災財を搬出し、床上と床下の泥をかき出し、消毒をし、後は再建をどうぞと帰っていく。ぼくも含め。しかし依頼主には、そこから費用面など条件と突き合わせての沢山の難しい判断が待っている。

西日本豪雨ボランティア、倉敷市真備町で。家財出しは終わり、土壁剥がしはだいたい終え(恐らく大変な手数が必要だったろう)、来るボランティアによって意見が違うので竹小舞は取り外したり残したりしているというお宅。始める前に意向を聞くと、家族3人でまた住みたいという。

しかし次は何をすればいいのか、どこまで自力で、また費用を抑えて復旧できるのか、そもそもまた住めるようになるのか…と、さまざまな選択の間を行ったり来たりしている様子。

昼から岡山県の建築士が診断に来るというので、それまで大勢に影響しない作業のみ進めておくことにした。

平成30年西日本豪雨 岡山県倉敷市真備町で災害ボランティア(援人 2018年 0824-26便)

昼。建築士さん、援人メンバーで建築に詳しい者(助言役として)、依頼主の話し合いが家の状態を確認しながら行われた。聞いていると誰も断定的なことは言わず、言葉は悪いが“三竦み”に見えた。

それを踏まえた上で、

  • 開けていないフローリングの床下は湿気が残っている可能性が高いので、真っ先に丸のこで開口してみること
  • 一階の和室3つをとりあえずの生活再開の場と決め、残った床板に加えコンパネをはめ込めるよう、まずは徹底清掃・消毒すること

を提案した。

平成30年西日本豪雨 岡山県倉敷市真備町で災害ボランティア(援人 2018年 0824-26便)

この方針で作業が動き出したのは13時過ぎ。ピッチを上げて作業を進めたが、16時の撤収時の進捗は完了イメージの40%ぐらいか。明日はさらに急ぎで進めなければならない。

災害ボランティアは、依頼主の意向を先取りして作業を進めることはできない。方針が決まるまでの曲折は意味があったといえる。

本番は明日。朝7時スタート予定。

明日の目標。
今日の依頼主の逡巡、時間をかけての意思決定には意味があった。方向性は定まったのでやり切りたい。

  • フローリング二部屋の泥出し、ブラッシング、オスバン消毒
  • 仕掛かり和室三部屋の泥・ゴミ取り、ブラッシング、オスバン消毒

がんばろう!!!

2日目朝。宿のオーナーに花オクラをいただいた。5:58、出発。

平成30年西日本豪雨 岡山県倉敷市真備町で災害ボランティア(援人 2018年 0824-26便)

玉島のあたりも被災が酷いなぁ。

06:42、Yさん潜りスタート。

平成30年西日本豪雨 岡山県倉敷市真備町で災害ボランティア(援人 2018年 0824-26便)

10:40、終わった!!!
主要な部屋(と追加で廊下)の床下泥出し、ブラシがけ、オスバン消毒までロケットスピードで。

依頼主にとって再建はまだまだこれから。だけど1.5日でその足がかりは作ってあげられたはず。

Sさんの希望で集合写真を撮った。お母さん、お姉さん、弟さんと一緒に。3人の笑顔が何よりうれしいなぁ。

西日本豪雨の被災地である倉敷市真備町、通算4回目のお手伝い、2日目の振り返り。

朝6:40から10:40(完全撤収11:00)まで、昨日依頼主に約束した状態に持っていくため、詰め詰めのお手伝いになった。

  • 昨日丸のこで開口してみたら、40日過ぎているのに未だに湿っている泥と傷み始めている床下が露呈。そこの泥出し、ブラシかけ、消毒。
  • さまざまなボランティアが思い思いの片付けをしてきた中、復旧しながらも薄汚れ傷んでいる屋内。リセットとして和室3室のみ徹底的にきれいにし、再建の拠点とすることを提案。その3部屋の泥出しからオスバン消毒まで。

このミッション2つでも十分に詰め込み気味だが、

  • Yさんが潜って見つけたフローリングにつながる家中央の廊下とユニットバス下の泥出し。
  • ぼくが和室の縁側下を覗いてみると部屋以上にカビが生え状態が悪い。泥にも湿りが。そこの泥出しと消毒。

と、看過できない2つのタスクを追加でやると決め、ぼく自身は確認した2.を分刻みスケジュールで進めつつ、床下から地上の進捗を確認し指示を飛ばすという、血が沸騰するような作業となった。

9時に開くサテライトからK君がオスバン噴霧器2台(ただし手動式)を借りてくる。状態OKの部屋からGさん、Oさんが噴霧開始…が、特に床下のカバー範囲を広げたことで作業見積もりが狂った。Gさんが依頼主に噴霧方法を教え、服を汚さなくて済む地上はご自分たちでやってもらう作戦に変更。潜っていたYさん、中野が噴霧器を受け取り、床下深く進みながら手早く噴霧していく。上がると地上部隊は最後の落ち穂拾いと掃き掃除をしており、予定の10:40過ぎに、なんと終わった。

平成30年西日本豪雨 岡山県倉敷市真備町で災害ボランティア(援人 2018年 0824-26便)

やりたいことをやってはいけない。依頼主と約束した家の状態に、ぼくらがいるうちに何としても到達させるんだ。そういう思いで自分とチームをけしかけ続けた。

援人が「人間重機」と呼ばれることに、ぼくはあまり感心していない(評価は他者がするものであり、不当なものでなければ考える種として受け取るが、自己評価とはズレているという意味)。人間が重機に敵うわけがない。
そうでなくて、ぼく(ら)は(ぼくの目に入る限りは)誰よりも「終わらせることにこだわる集団」なのだと思う。より巧い作業方法がないか探求し、道具を探し、協働・連携を工夫し…とやっていることが、場合によっては普通を超えるパフォーマンスを出すことにつながっている。今日のお手伝いもそうだった。

平成30年西日本豪雨 岡山県倉敷市真備町で災害ボランティア(援人 2018年 0824-26便)

週末1.5日、汚れ疲れる役を引き受けて東京へ帰る、今はその車中だ。
一方、強烈な青空の下に二階浸水による荒れた姿を晒す真備町の家々。そこに避難先から通い毎日埃まみれになる方々を思うと、みぞおちのあたりに熱湯を注ぎ込まれたように苦しく感じる。

また行く。次回はもっと賢くお手伝いしよう。

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