福島県浪江町:家財出しと伐採お手伝い 改めてなぜボランティアか(援人 2018年 0525便)

Posted on 2018年6月1日. Filed under: ボランティア, 東日本大震災, 東京電力福島第一原発事故 | タグ: |

ボランティアチーム援人、0525便、2018年5月26日土曜日、福島県浪江町でのお手伝いのメモ。(個人的には大変な週だった。母親が急に体調が悪くなり、病院と家を移動するのをサポートしてバタバタした。が、落ち着いたので週末は行くことができた。)

東京五輪でボランティアを大量募集するというニュースが、Twitterなどで叩かれまくっている。

(ぼくはこの話題にあんまり興味がないんだが、Twitterで「ボランティア」という言葉をウォッチしているとガンガン飛び込んでくる。)

一番多い声は「災害ボランティアなどはしょうがないけど、緊急時でもないんだから金払って雇え」というものだ。ざっくり言えばぼくはこの意見に違和感がある。一般論として、ボランタリズムというものがもっと社会に広汎に在ってほしいと考えているから。災害ボランティアは、人の内発的動機づけに基づく行動のほんの一態様に過ぎないものだ。

先週、社会心理学者の山岸俊男さんが亡くなった。本当は彼の著作をもっと読み込んで「日本人とボランタリズム」みたいなテーマで何か考え、吐き出したいところだ。

が、まずはそのボランタリズムを実践し、この身にさらに浸み込ませるところから。

今週は福島県浪江町までお手伝いに行ってきます。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2018年 0525便)

10人満席で出発、めでたいゾイ!
5ヵ月ぶりのメンバー、1年ぶりのメンバー、1年3ヵ月ぶりのメンバー、4年(!)ぶりのメンバー…と、グループを長く続けてきてよかった!と思えるような便。
協働と分業を大切に、がんばってきます!

朝、集落の人たちが鳥居を再建したという加倉八幡神社をめざす。
迷った末にやっと見つかった──違う神社が。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2018年 0525便)

洗濯物がベランダ一杯にかかった集合住宅の一室。犬を連れて散歩中の夫婦。
数少ない日常の一コマだなぁ。

まず朝一番、浪江駅前で雑草を取るウォーミングアップから開始。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2018年 0525便)

お手伝い一件目、町への帰還準備をされているお宅で、避難前に使われていた家具や日用品を廃棄したいというご依頼への対応。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2018年 0525便)

二件目、別の大きな敷地のお宅で庭木の伐採、細断、フレコンバッグ詰めのお手伝い。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2018年 0525便)

昼食は「なみえ肉食堂」(2回目)。豚カルビ焼うんまかったー。これで午後もがんばれる!

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2018年 0525便)

なんと16時46分!いつもより1時間以上の残業をしてニーズやっと完了! 伐った伐った! ヘトヘト…。

災害ボランティアのソフトとハード。午前、家財整理・廃棄のお手伝い。依頼主ご夫婦がゆっくり吟味したいようなので付き添いを少数つけ、他のメンバーは外で草むしり。依頼主を圧迫しないため。午後、別のお宅で庭木伐採。こういう作業は依頼主不在がいい。目の前でどんどん伐るのは胸が痛むから。

振り返り。グダグダに疲れてるので心情的なことがらは後回しとし、KPTを列挙する。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2018年 0525便)

朝練、K、時間が限られていたので範囲を細かく区切り仕上げレベルを決めて進めた。30分でそれなりに景色を変えられた。

ニーズ一件目、家財搬出。
K、特に廃棄を伴う家財整理は依頼主のペースで。朝行くと一部整理済みだが細々としたものは吟味中。ペースダウンして進め、空き時間は草刈りなど有効活用できた。
P、家具解体があり得るかとハンマー持参を迷ったが、やはり持ってくるべきだった。

ニーズ二件目、伐採とトンバッグ詰め。
チーム全体として、できることと優先度を見極め善戦した。時間延長はキツかったが、ニーズ完了できて何より。
チェーンソー使いは3人。ニーズ内容からボトルネックになりそう…と推測できたが、仕方ない。
K、チェーンソーの目立て、チェーン張り直しなど短い時間でテキパキできるようになってきた。
P、前回あたりからオイルの出が悪い。整備の際に見直したい。
P、重大なヒヤリハット。伐倒時、ごく先端部分だがK君にかすった。1人でやっているときでタイミングを制御できなかったため。猛省したい。
K、前回の振り返りを踏まえ、笛、クサビ、金づちを持参。全部役立った。

自分の災害ボランティアの動機についてのメモ。

金をもらってもやりたくないこともあれば、金をもらうとやる気が陰ってしまうこともある。
だから金とやる気は必ずしもよい関係にはない。
また、ねぎらいの言葉のような精神的報酬がやる気を増すかというと、必ずしもそうではない。

ぼくなどは、自分がやると決めてやっていることに感謝の言葉をもらうと、時と場合によっては煩わしいと思ったりする。

今日、浪江町のお手伝いでお会いしたご夫婦のことを考えていた。
一つ言語化できそうなのだが、ぼくは彼らを上から施しを与えるような可哀相な人たちとは感じていなかった。
尊敬すべき人たちなのだ。あの原発事故で長く流浪し、また町に帰ってきた強靭なサバイバー、下から見上げるべき存在だと思う。

彼らに困りごとがあるならできるだけ助力したい。その際、感謝の言葉は要らない。だって、尊敬に値する存在に対して、まったく自発的にやっていることなのだから。

感謝されてしまうと、相手と自分との関係に捻転が生じる。だから居心地の悪さを感じてしまうのだ。

“お手伝いさせていただく”ことの輪郭がよりクリアになってくる。

これはぼくが被災地ボランティアを続ける動機の一側面であってたし全てではないが、確かにあるものだ。

Make a Comment

感想やアドバイスがあれば、お気軽にどうぞ

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

Liked it here?
Why not try sites on the blogroll...

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。