南相馬・小高:仮設住宅からの引っ越し 草刈り やっぱり来なきゃわからない(援人 0922便)

Posted on 2017年9月26日. Filed under: ボランティア, 東日本大震災, 東京電力福島第一原発事故 |

ボランティアチーム援人、0922便、2017年9月23日(土)の南相馬市小高区(旧避難指示区域)でのお手伝いのメモ。

9月20日、浪江町の帰還困難区域を通る114号国道が再開通した。震災前は頻繁な往来があった福島の東西の移動にとって重要な道だそうで、身体を血液がめぐるように復興への後押しとなりそうだ。

南相馬市小高区(旧避難指示区域)でボランティア(援人 2017年 0922便)

ボランティアとして現地に「行く」、情報や感想を「持ち帰る」ことも同じような役割があると思う。今回もがんばりたい。

小雨の八重洲を、5人揃って出発! 少ない…(いつもより5人も)。

南相馬市小高区(旧避難指示区域)でボランティア(援人 2017年 0922便)

しかし1,200km南の朝倉や日田も気になるけど、6年目の小高だって忘れるわけにはいかない。
10人だって凡庸な20人と同じ働きができる。ならば5人だって10人の働きができるだろう。行ってきます!

途中大粒の雨。ゆっくり行こう。
…といいつつ、2:45に道の駅南相馬に到着。雨止んでます。

はい、健康のために朝ポテチ。
岩手も宮城も置いてあったよ。

南相馬市小高区(旧避難指示区域)でボランティア(援人 2017年 0922便)

今朝のサイヤさんだより。
1. お彼岸で朝から混んでる。皆の目当てはおはぎ。

南相馬市小高区(旧避難指示区域)でボランティア(援人 2017年 0922便)

  1. なんと岩泉のじっ茶ばっ茶を発見! しかも安い!

南相馬市小高区(旧避難指示区域)でボランティア(援人 2017年 0922便)

  1. 福島オリジナルの梨の品種があった!

南相馬市小高区(旧避難指示区域)でボランティア(援人 2017年 0922便)

南相馬市ボランティア活動センター、松本センター長のお話。

「当ボラセンに、いろいろな人が関わってくれてありがたい。
木曜日、吉野復興大臣がセンターに来た。セキュリティー関係で事前公表せず。内容はブログに書いた。
被災地の現状把握のため30分間、ボランティア不足の対策など意見交換。大臣は最後の一人が立ち上がるまで私はがんばる、と。
もうすぐ衆議院解散。吉野さんも変わるかもしれないが。
当日の活動、感謝します。
大臣から浪江をどうするのか、と。やってあげたいけど人手が足りなくてできませんと。復興庁で今後インターンシップをやる。学生200人、一ヵ月。ここにも来させるように。何人かは回ってくるだろう。有り難い話。
その積み重ねで、いずれ浪江にも行けるだろう。
現在浪江から草刈り依頼が一件。浪江社協の紹介だという。
ただ、もう少し小高オンリーで協力いただきたい。」

今日のお手伝い一発目、南相馬市鹿島区友伸グラウンド仮設住宅、引っ越しと屋内清掃。

南相馬市小高区(旧避難指示区域)でボランティア(援人 2017年 0922便)

これは幸運!
軽トラは冷蔵庫と物置で一杯。そしてセレナで来たので(出発時に日産レンタで最後部座席が跳ね上げ可能なことを見ていたので)洗濯機を積めた!

南相馬市小高区(旧避難指示区域)でボランティア(援人 2017年 0922便)

今日のお手伝い先で。イノシシにやられないようにお母さんが囲った花壇。右奥に見えるのはイノシシ捕獲用の罠。

南相馬市小高区(旧避難指示区域)でボランティア(援人 2017年 0922便)

6年半、未だに仮設住宅暮らし。小高の家の草刈りを老夫婦でやっていた。避難生活でお父さんの足が衰えた(杖が必要に)。2、3年はお母さんががんばったが腰を痛める。ボラセンに駆け込むが、溜まっている依頼の束を見せられた(ボランティアは減る一方)。小高の家々が荒れていく背景の一つ。

(草刈りのお手伝いか…と思ってしまうことがある。今のように発災直後の被災地が複数ある時期なら、なおさらだ。しかしやはり行って、話を聞いてみないとわからない。)

二件目、常磐道越えたところのお宅で法面などの草刈り。午後出発にも関わらず、奇跡的に稼働する刈払機5本あり!

南相馬市小高区(旧避難指示区域)でボランティア(援人 2017年 0922便)

そして14:40、ニーズ完了!

振り返り。時間をうまく使うこと、ちゃん準備することは相反しない。仮設引っ越し、ロープを忘れ、セレナが戻った。軽トラの中野とMさんのみ先行。2人で大変だったが、工夫して時間を無駄にしないため作業を進めることができた。

草刈りをする理由。依頼主のSさん、お父さんは避難中に足が悪くなった。お母さんは2、3年は1人でやったが腰が痛い。センターに依頼に行ったが、センター長から草刈り依頼がこれだけ溜まっている、と束を見せられ諦めたと。ぼくらは依頼主不在で草刈りすることが多い。でも背景にはこういうことがあるんだな、と。

やはり行って、見て、話を聞いてみると納得できる。

最後、やっぱり小高はいい。エンガワ商店に自転車で買い物に来たお婆ちゃん。買ったものを段ボールに入れ、後ろに括りつけた。危なそうだったら手伝おうかと思ったが、そんな必要もなく去っていった。たくましい、大丈夫。

結論。小高に行こう! まだまだ行こう! ずーーーっと行こう!

飯舘村のまでい館で、村産のピーマンとインゲンを買う。

南相馬市小高区(旧避難指示区域)でボランティア(援人 2017年 0922便)

夕食は二本松、杉乃家さんで。

南相馬市小高区(旧避難指示区域)でボランティア(援人 2017年 0922便)

耳から入る言葉や目にした光景が、自分が認めたくないものを突き付けてくるとき。

今日(日付が変わったので正確には昨日)、南相馬で。

仮設住宅からの引っ越しのお手伝いをした。
会話をしながら運び出しなどを進めていく。依頼者のシニア女性は「ここに6年半住んだ」と言った。
6年半。それは自分がボランティアとして東北に通った期間とほぼ同じで、重さはわかっていたつもりだ。

だけどこの部屋に? 部屋内の家具の輪郭が、少しくっきり見えるような錯覚を覚えた。

小高にあるお宅の物置に冷蔵庫や洗濯機を運び込んで、お茶をいただいて作業は終了。

お別れのとき、避難生活中に足腰が弱ってしまったというご主人はニコニコと笑いながらこちらを見ていた。

夜、帰京し、重いリュックを背負って自宅への道を歩いていた。

ふと目に留まったものがある。不動産屋の前で、ウィンドウに貼られた賃貸マンションの情報を眺める若いカップルの姿。

午前にお会いしたあのご夫婦のことを突然思い出した。

この若いカップルの家探しは、これからはじまる。
あのご夫婦は、晩年の6年半を狭い仮設住宅で過ごすことになった。

比べても仕方のないことだが。それでも今日自分が目にしたものだ。

福島県南相馬市内、特に旧避難指示区域内には“あ、ここ以前お手伝いしたお宅だ”という場所が沢山ある。

先週末もそんなお宅の前を通り過ぎたとき、引き込み道で女性が草むしりしているのを見かけた。

数年前にそのお宅の庭や家屋周りの草刈りのお手伝いをし(依頼主は避難中のため不在だった)、その後何度か通りかかったが、庭の草は伸び放題。帰ることは諦めたんだろうなぁ、と思っていた。

その女性が草むしりをしていた意図はわからない。

でもこういう光景を見られるのは、後押ししかできないボランティアにとって一番うれしいことなんだ。

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