「三人家族2017」(福島県立小名浜高校演劇部)を観た

Posted on 2017年8月10日. Filed under: 演劇 |

九州・朝倉に災害ボランティアに行ったとき、“聞かれもしないのに自分のボラ歴を喋りまくるおじさん”がいた。彼はあるアイテムを身に着けていて「これは岩泉町でもらった」と周りに話すのだが、ほとんどが福岡や九州北部の市町から駆けつけた他のボランティアたちの反応は、薄かった。その様子を見ていて、あ~西日本の人ははるか北の岩手県にある町なんて知らない、ピンとこないのだと思った。

「三人家族2017」(福島県立小名浜高校演劇部)、調布せんがわ劇場で観た。

2017-08-09 13.13.30

受付近くに演劇にはあまり関心がなさそうなスーツ姿の男たちがいるなと思ったら、吉野復興大臣とそのお付きの人たちだった。大臣はぼくの二列前に座り、最後まできちんと観ていた(途中で抜けるんだろうなぁ、と思っていた)。

ストーリーは、いわきにある寺の跡取り兄弟(男子高校生)をめぐるもの。
父親である住職は震災時に避難をせず、沢山の犠牲者のために卒塔婆を書き続け弔うなどの無理によって早世。檀家は兄弟に寺を継いでほしいと迫る。東京の大学進学をめざす彼女と共に上京を考えていた長男だが、最終的には残って継ぐ決意をする。
彼女の父親は福島第一原発で働く東電社員で、震災後に母親と彼女だけはいわきに家を移した。そこで周りから露骨な嫌がらせを受けたことが語られ、「私たちは加害者家族だから」と吐き出す。

被災した県内の分断。被害者が別の被害者を責める──。わかるのだが、6年以上たった今もここまで先鋭だろうか? これらの問題は沈静化すると共に、より深いところや別のところで問題が起こっているのが現在ではないか? ここまで図式的であるべきだろうか? といった疑問も持った。
去年、福島県高校演劇コンクールで最優秀賞になった「よろずやマリー」(大沼学校)を観た際も、かなり感動はしたのだが、同じように感じたことを思い出す。

芝居は、寺を継ぐことを決意した長男が、3月11日に亡くなった人たちのためにも…とお経を上げるシーンで終わる。うーん、これまでの物語はここに向かう前段だったのだろうか? ちょっと道徳劇っぽさが強いな、とも感じた。

芝居が終わった後、小名浜高校の生徒による福島の現状を伝えるプレゼンが10分。その後マイクを渡された吉野復興相は、こんな話をした。

「現場は努力している。しかし東電経営層や国の責任は追求すべき」
「双葉郡で猪が暴れる番組をやったら会津のホテルがキャンセルされたという。風評被害の払拭に全力を尽くしていく」

直截素朴な人だなぁ。

「三人家族2017」は、福島発とはいえ図式化されてすぎているのでは、実感に根差しているのだろうか(一番知りたいのはこの点かもしれない)、という疑念を少し持った。

ただ、岩泉を知らない北九州の人たちの例のように、福島から離れた地域であればあるほど初期の原発事故のイメージのみ残り、現在の情報は頭に入っていない人が多いだろう。双葉郡の荒廃を報じて会津のホテルがキャンセルされるなど、ほとんど何もわかっていない人たちが確実にいるということだろう。

その意味で、こういう演劇も力を持つべきなのかなとも思える。

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