相馬野馬追 2017年:7年ぶりの小高郷の宵乗りと帰り馬を見て“つながった”(援人 0728便)

Posted on 2017年8月8日. Filed under: 東日本大震災 | タグ: |

ボランティアチーム援人、0728便、2017年7月29日(土)と30日(日)、福島県浜通りが誇るお祭り「相馬野馬追」を観てきた、その記録。

10人揃って八重洲を出発! 今夜はOLの仮装をしたKさん、K君が見送りに来てくれた。この便は野馬追を観に行くけど、援人の野馬追便はお手伝い便よりストイックで厳しいという感想もあるとか…。7年目の野馬追、今回は特に小高郷の勇姿をしっかり目に焼き付けてきます! 天気が心配だけど。

浪江で下りて小高を通過中。本格的な雨…。

相馬中村神社。今年も相馬野馬追が始まった!

相馬野馬追 2017年(援人 0728-30便)

真ん中の螺役の子、背が伸びたなぁ…(後で読んだ新聞記事によると、高校生だとか)。

相馬野馬追 2017年(援人 0728-30便)

相馬小高神社、小高郷・標葉郷の出陣式。
副執行委員長代理として、浪江町、双葉町、大熊町の人の名前が挙がった。

相馬野馬追 2017年(援人 0728-30便)

小高郷65騎、標葉郷47騎。

騎馬武者たちが小高の街を行く!見守る人たちの多さにも注目してほしい。

相馬野馬追 2017年(援人 0728-30便)

昼食は双葉食堂。じっと待った甲斐があった、やさしいラーメン。

相馬野馬追 2017年(援人 0728-30便)

相馬野馬追は、未曾有の原発事故があったその年から復活が模索され続けた。そしてついに今年、去年まで避難指示区域であった南相馬市小高区を、騎馬武者たちが行進した。

「福島に乾杯」はいくらなんでもデカすぎると思う。が、今日はともかく、浜通りの全ての人たちのために乾杯!!!

相馬野馬追 2017年(援人 0728-30便)

今朝の福島民友、小高郷の宵乗行列の写真(社会面の方)に、観客の1人としてぼくが口開けて写っていることを確認(笑)。

今日は相馬野馬追本祭り。南相馬でワラーチランナーを見たのは初めてだなぁ(お行列待ち中)。

相馬野馬追 2017年(援人 0728-30便)

Retweeted 南相馬市 (@Minamisoma_City):
【火の祭順延のお知らせ】
本日30日19時20分から小高区で開催予定だった花火大会「火の祭」は、雨天順延となりました。順延日は8月19日(土)です。

野馬追ミラクルはじまったか。朝はどしゃ降りのときもあったのに、もう道路は乾いてきたし蒸し暑くなってきた。

相馬野馬追 2017年(援人 0728-30便)

お行列、来た! おぼろげに旗が見えてくるこの瞬間がいつもたまらない。

相馬野馬追 2017年(援人 0728-30便)

桜井市長!

相馬野馬追 2017年(援人 0728-30便)

雲雀ケ原斎場地、桜井市長の口上。昨日7年ぶりに小高郷・標葉郷が小高神社からの行進を果たしたことが告げられると拍手が沸き起こった。

相馬野馬追 2017年(援人 0728-30便)

相馬流山。飯舘村の山中郷(さんちゅうごう)の参加は12年ぶりだという。

相馬野馬追 2017年(援人 0728-30便)

再び小高。7年ぶりに実現した帰り馬行列。

相馬野馬追 2017年(援人 0728-30便)

相馬野馬追 2017年(援人 0728-30便)

相馬野馬追 2017年(援人 0728-30便)

野馬追は複数の場所で行われる、とても大きな祭り。これまで宇多郷を見たり祭場地を見たり小高を見たり…でわかったつもりだった。が、今回再開された小高からの出陣から帰還までを見ることで、しっかり自分の中でつながった。

流れを掴むことで、武者たちの心身の重圧(しかも今日で終わりではなく、明日野馬懸もある)がより深くわかった。この祭りに出陣する人はすさまじいエネルギーを費やす。それに500人もの人々が志願する。この祭りが廃れない限り、浜通りは絶対に衰退しない。

野馬追を観る人は傍観者ではなく、送り出し迎えることで参画できる。大変な武者たちを心から讃え励ますとき祭りの一部になれる、とわかった。今から宣言しておくが、来年はより熱烈に小高郷と標葉郷の武者たちを送り出そう!!!

ぼくの周りには福島・南相馬の20km圏内に災害ボランティアに行ったことのある人は多いし、相馬野馬追という大規模な祭事がどんなものか知っている人も多いと思う。

ただ、そんな人でも小高の町を騎馬武者たちが闊歩する姿をありありと想像するのは難しいだろう。ぼくらの頭にはほぼ無人だった頃の町の姿が焼き付けられているし、世に溢れる野馬追の映像や画像は南相馬の中心部・原町でのものばかりだから。

ぼくは今年で野馬追を観るのは5回目だと思う。そして今回、武者たちが小高を出ていき、行列や祭場地で奮闘し、そしてまた小高に帰ってくるという姿まで見てはじめて、この大きな祭事が自分の中で「つながった」。

また、彼らの責務への真剣さと心身の重圧を細切れでなく通しで見ることで、見ている自分もまた、送り出し迎えるという役割を通じて「参画しているのだ」という思いを強く持った。

語弊を恐れずにいえば、小高を思うなら、この時期はボランティアなどやめて野馬追をしっかり味わうべきだ。そうすることで、この町に関わる動機付けはより強いものになるはずだから。

小高に来て、自分で見てほしい!

(最後に、Facebookグループへの投稿。)

0728便の帰路の車中でも宣言しましたが、援人は来年の相馬野馬追も「必ず」便を出します!!!

今回、小高郷は小高からの出陣や帰還を果たしました。しかし帰り馬に標葉郷の武者たちの姿はなかった。

原発災害の被災地を気にかけお手伝いするということは、当たり前だけどその地とそこに生きる人たちの復興を強く願うことと表裏一体です。
標葉郷に属する町々も、これから少しずつ復興の道のりを歩んでいきます。小高や浪江などでお手伝いを続けながら、来年はその地域も含めて野馬追がさらに活況を取り戻す姿を見たい!

彼の地でお手伝いを続け、来年もまた相馬野馬追に必ず行きましょう!!!

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