「預言者Q太郎の一生」(ヤリナゲ)を観た

Posted on 2017年7月21日. Filed under: 演劇 |

「預言者Q太郎の一生」(ヤリナゲ)をこまばアゴラ劇場で観た。

満席で、追加席も設けていた様子。客席はなかなかにぎやかで、開演に向けあったまっている感じがした。

2017-07-19 18.53.42-1
日本一汚いといわれる手賀沼の“湾岸”で展開するイエス・キリストの物語。

預言者の誕生から死までが、その墓前で母が娘に手記を手渡した中身に沿って芝居が展開していく、というかたちで語られていく。
テンポのよいコントをやる三賢人も登場するなどゲラゲラ笑わせるテンションを保ちつつ、コミュニケーションや事物の本質にサラッと触れる台詞が時々差し込まれたりする(割合は10%ぐらい)。

観ているうち、これは預言者でなく処女懐胎したマリア(みちる)の物語なのだと思った。Q太郎へのいじめ加担、家族の新興宗教狂い、アイドルデビュー、リベンジポルノ、北との戦争、慰安婦への転身──など、流転と汚濁の中での。

このままコミカルでテンポのよい変な話として終わるのかな、それでもまぁ満足度はなかなか高いな、と思っていた頃、転回が──仮に演劇的感動と名づけておくが、起こった。

みちるは、気乗りしないままやっていたアイドルを元彼氏のリベンジポルノによって引退せざるを得なくなり、北との戦争が突然始まり、慰安婦として(劇中ではそういう呼称ではなかったが)さまざまな国の男を相手にすることになる。そして突然彼ら一人ひとりも人間なのだと理解し、そこから自分とQ太郎との関係は本質的なものであったかを振り返る。Q太郎が登場、エコーを効かせたマイクで調子っぱずれな「世界に一つだけの花」を歌う、というシーンだ。

みちるは(男女の同衾を暗喩すると思われる)シーツをかぶり観客に背を向けて立っているのだが、それが宗教画のマリアのようなイメージで、ハッとさせられたのだ。

みちるを演じていたのは永井久喜(ひさき、と読むらしい)さんという女優さん。動きも声も微妙に引っかかるのだが、それが印象に残った。この人が出る芝居をまた観てみたい。

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