2017年7月5日九州北部豪雨:大分県日田市と福岡県朝倉市へ災害ボランティアに行った

Posted on 2017年7月18日. Filed under: ボランティア | タグ: |

2017年7月5日、台風3号に続く豪雨によって大分県日田市、福岡県朝倉市、東峰村などで土砂崩れ、家の流失、多数の床上浸水などが起こってしまった。ニュースやTwitterで情報を追い、決断した時点ではまだ孤立状態の地域があったり、自衛隊などによる行方不明者捜索が続いている中ではあったが、7月11日(火)から13日(木)まで、災害ボランティアに行ってきた。社協ボラセンが立ち上がり、青信号が灯ったと判断したためだ。以下、そのログをまとめておく。

7月11日(火):羽田から福岡経由で日田へ 半日お手伝い

福岡へ出張。ノートPCの代わりに安全長靴を持って。

2017年7月5日 九州北部豪雨 大分日田・福岡朝倉で災害ボランティア

福岡空港から日田行き高速バスの車内アナウンス、「一部区間、被災地を通過します。緊急車両等通る可能性があります」と。

高速から見えた杷木の状況、言葉も出ない。住んでいる人たちはどんな思いなんだろう。

2017年7月5日 九州北部豪雨 大分日田・福岡朝倉で災害ボランティア

大分・日田で泥出しのお手伝い中。12人で大きなお宅に入っているが、終わる見込みなし。ボランティアがまだまだこれから必要!

2017年7月5日 九州北部豪雨 大分日田・福岡朝倉で災害ボランティア

日田市災害ボランティアセンターに戻って活動報告をし、バス停まで歩く間に「この先 お風呂」という看板が。日帰り温泉でもあるのかな、と行ってみると自衛隊が設営したものだった。こういう現実。

2017年7月5日 九州北部豪雨 大分日田・福岡朝倉で災害ボランティア

九州北部豪雨の被災地となった大分県日田市。

福岡空港を出た高速バスが甘木、杷木、朝倉に差しかかり酷い景色が目に入ってくると、腹のあたりを締め上げられるような緊張を味わった。こんなときによそ者が来てしまって…という思い。が、途方に暮れつつ泥出しをするガソリンスタンドの人を見て、俺だって一人力分の働きはできるのだから! という反発心も湧いてくる。

日田のボラセンに11時に滑り込み、12人のチームの一員として現場へ。ほとんどが大分の人で、名古屋の消防の人が2人(釣りに行く予定だったが行き先を変更したという)、関東からはぼくだけ。女性が6人いたが、5人が災害ボランティアは初めて。長靴を履いてはいるが踏み抜き防止インソールは知らない。でも行ってみようと考えた勇気は称賛したいな、と思った。

昼前、派遣された先は山田町(やまだまち)というところ。多くの家が床上浸水の被害に遭っていた。
お手伝い先のお宅の敷地内はグチャグチャ、母屋の床下泥出しもこれから。が、大きな納屋の道具廃棄と泥出しが並行して進められており、人の動きはややカオスだった。

リーダーは別にいたので使える道具を見つけたり地面の穴を塞いだり、安全と効率を図る工夫を随所でしつつ、一部品となって働く。
15時過ぎ、納屋の二部屋、前庭が粗く片付いたところで時間切れ。このお宅だけでもあと50人日はかかるんじゃないだろうか。

明日は朝倉にと考えていたが、また日田のこのお宅に来ることにした。せめてもう少しなんとかしたい。

日田でお手伝い。地元TV局が取材に来ていて。停電中の納屋からの泥まみれの家財出し、明かりはぼく持参のワークライト一つだけ。すると撮影用の大きな照明を持ち込んでくれた。キャスターらしき人もヘルメットをかぶりガチな作業を。それはマスコミの役割ではないかもしれないが、心動かされた。

博多の居酒屋で知ったけど、福岡県朝倉市には「古処鶏(こしょどり)」というブランド鶏がある。食べることも応援になるかも。

2017年7月5日 九州北部豪雨 大分日田・福岡朝倉で災害ボランティア

こちらのNHKニュースは、未だに逆L字バーが出っぱなしだ。死者は25人に。しかし朗報も。孤立地域がやっと全て解消したという。

2017年7月5日 九州北部豪雨 大分日田・福岡朝倉で災害ボランティア

7月12日(水):日田でのお手伝い続き 2軒の泥出し・家財出し

朝倉や日田など被災した地域に、今日午前はまた激しい雨が降る見込み。福岡天神は重い雲がかかっているけど、雨は降ってない。

2017年7月5日 九州北部豪雨 大分日田・福岡朝倉で災害ボランティア

杷木インターを出てすぐのガソリンスタンド、「復旧の見込みは立っておりません」の表示。でも流れ込んだ土砂は昨日より確実に減っていた。

大分県日田市、被災状況がひどい大鶴地区にもボランティアが入れるようになったため、ニーズが増えているとのこと(ボラセンで聞いた情報)。

お手伝い終わり。日田焼きそば、食べてみたかった。が、日田市災害ボラセンから一番近い「天龍」はこの時間は準備中。これ以上足を伸ばす気力はないので帰ろう。ともかく暑かった…。

2017年7月5日 九州北部豪雨 大分日田・福岡朝倉で災害ボランティア

被災地にはときどき、往年のアイドルの姿をして菩薩が現れる。今日はこんな顔をしていた。

2017年7月5日 九州北部豪雨 大分日田・福岡朝倉で災害ボランティア

大分・日田でのお手伝い2日目。

大きな日本家屋の「床上」泥出しと、泥まみれになった家財出し。家の前では軽自動車が30cmほど泥に埋まっており、また庭は全体が流れ込んだ土砂でうねっていた。

水害発生からまだ一週間だが、畳はすでにグズグズ、床板もよく抜けた。

昨日と同じリーダー。ここに拠点を置くチームは30分に一度休憩を取るとわかったので、今日はさらにハイピッチで動こうと決めていた。滝のように汗が出るが、この負荷では熱中症にはなり得ない。

誰も道具を持っていない。水で膨張した引き戸外しやタンスをこじ開けるのに、持参した小バールが役立つ。また、泥まみれで絡みまくった衣類やテープを切るのにカッターが活躍。

日田のボラセンには土嚢スタンドがない(大分は5年前も水害があったし、九州全体で見れば熊本もあったのにノウハウが共有されてないのか)。バケツで代用するが、効率はやや落ちる。

一軒目を畳出しまででメドをつけ、昨日の継続の農具小屋の道具出し・泥出しへ。小屋内は異常に蒸し暑いが、何せ30分毎に休めるのでフル稼働できる。
10数人のチームだが、徐々にペースが緩慢になってくる。大きな農機具など出すとき、手すきの人はボーッと眺めていたりする。そのすき間時間でいくらでも仕事できるのに。細々したものを通り箱(的に使っているコンテナ)に詰め込み渡すと、重いから…と一つずつ引き出されたときはガックリきた。あぁ、いつものチームなら。

15時過ぎ、このお宅もなんとか区切りがつく。

今日のチームは男性の高齢者が多かった。ある人は「同じ大分だから」と仰っていた。2日間ご一緒した日田市の市会議員である溝口さんは「こういうことをやる議員は私ぐらいだろう。皆SNSでの発信などは熱心だけど…」と笑っていた。

その人の属性や境遇がどうであれ、「人のためにやる人」と共に働くことができる。一面かもしれないが“本物の人ってこういう顔や姿をしているんだな”と感嘆する。それは、世間が褒める人の類型とは違うからだ。
状況が状況なので二度会うことはなさそうだが、奇縁といえるだろう。

明日は最終日。

ぼくが日田市で災害ボランティアをやった2日間、「溝口さん」という方が先導してくれた。市議会議員だという。現場で共に泥まみれになり、こういうことをやる議員は私ぐらいか…と笑っていた。心から尊敬します。

今日出会った、忘れられない二つの顔について。

一つめ、高速道路でバスが抜かした自衛隊の幌付きトラック、後ろの席に座っていた女性自衛隊員。遠くを見る呆けたような目線。毎日激務で疲れているんだろうなぁ。
朝倉や日田は、まだ自衛隊や消防の車が多い。今朝、杷木インターでは自衛隊の車で渋滞が起こっていた。

二つめ、ボラセンからお手伝い先へ同道した中でたぶん最高齢と思われる男性の、昼食時の年輪を刻んだ瞼。そしてしっかりした咀嚼音。
この人はどうしてキツいボランティアに来ているんだろうなぁ、と思った。

困難な状況で、混沌の中で、なかなか忘れられない顔に出会う。

7月13日(木) 朝倉市杷木で泥出し

朝倉市災害ボランティアセンターは比良松中学校の隣にある。同校の校庭の端は水害で削られ、施設の一部も崩落している。そんな中、野球部員たちが練習する姿に驚いた。災害は不意に襲いかかるが、日常の強靭さも負けてはいない、と思った。

2017年7月5日 九州北部豪雨 大分日田・福岡朝倉で災害ボランティア

朝倉市災害ボランティアセンター。受付開始は9時から。今並んでいるのは150人ぐらいでは。475人も集まったという昨日ほどの勢いはないのか? 浸水した家はどんどん傷む。お手伝いは早いほどいい。

2017年7月5日 九州北部豪雨 大分日田・福岡朝倉で災害ボランティア

28人、おっさんばっかし。朝倉市ボラセンとして杷木に入る第一陣だそう。社協の女性、説明するとき泣いてたな。死ぬ気でがんばろう!

2017年7月5日 九州北部豪雨 大分日田・福岡朝倉で災害ボランティア

経口補水液OS-1を飲んで、うまいと感じたのは今日が初めてだった。身体が必要だと訴えていた。

2017年7月5日 九州北部豪雨 大分日田・福岡朝倉で災害ボランティア

今日、朝倉市災害ボランティアセンターの下で活動。
昨夜博多で、朝倉に行ったという二人組に出会った。様子を聞くと、キャパを超えているのかマッチングが遅い、現場までバスで運ばれるが戻りもモタつく、と。
不安はあったが、高速道路から見る朝倉や杷木の景色はとても酷い。1日でも力になれれば、と行くことに決めた。

8時過ぎにボラセンに着く。車は思ったほど多くない。

受付には08:30から並ぶことができるが、受付開始は09:00から。それまでは強い日差しの下で立って待ち、セミの大合唱を楽しむことができるという粋な配慮だ。こんなところで体力を削られてもなぁ…。

初回なのでオリエンがあり、リピート組よりマッチングは遅れる…はずが、始まっていた28人(小型バスの定員)のニーズに手を挙げると、テントを離れたところで「皆さんは朝倉ボラセンとして初めて杷木に入る第一陣です」と告げられる。社協の女性はそこまで言うと涙ぐみ、声が乱れた。被災地でボラセン運営を担う社協のスタッフも、自身が被災者であったり、家族や知り合いが被災してしまったケースも多い。男性の社協スタッフが、こう話を継いだ。「杷木の人たちは、今まで社協のボランティアの姿を見ていません。皆さんがその最初になります」。

昨日の日田でも相当頑張ったつもり。だけど今日こそ死ぬ気でがんばろう! と思った。

杷木インターを降りてバスは右折し、路肩の泥の山が乾いてもうもうと土ぼこりを上げる中、指定の駐車場へ。何人かの社協スタッフと共に、あの前原トムさんがいた(彼はその後も、次々到着するボランティアの振り分けや、道具の調達などに中核的に動いていた)。
歩いて数分のところに、ボラセンの杷木サテライトが今日から立ち上がったようだ。

ぼくらのチームは、サテライト裏のお宅の庭の泥出しを14人チーム×2で開始。
今日はこの後バスでボランティアがどんどん送り込まれ、約20軒のお宅に着手するという。

ともかく暑い。正確には、ただ立っているだけで“かなり暑いな”と感じ、動き始めるともう形容しがたい何かで、身体を取り囲む熱気が体力ゲージをみるみる削っていく感じだ。
グループは、なんと20分の作業毎に休憩を取った。が、それは少しも非合理じゃないと納得できる厳しさだった。

バスのピストンの絡みで、ぼくらのチームは13:30撤収と決まっていた。いかにも短い。昼食を抜いて20分+10分インターバルで時間まで作業を続けようと話し合った(ぼくはAチームのサブリーダー。リーダーは福岡の人)。

流れ込んだ大量の流木や木屑を掘り起こし、剥ぎ取った後で(かなり大変だったが、朝倉は分別が厳しいという)、やっと泥出しに入る。庭に巡らせた側溝の開通がまず依頼主の望みだ。ぼくらの担当箇所がもうあと10分で開通、というタイミングで、リーダーから終了の声がかかってしまった。

もう少しやりませんか、と喉まで出かかったが、ここまでも色々言ってきた。統率に配慮して言葉を呑み込む。
すぐ後、14:30撤収だという高校生たちを含むチームがやってきて、後を引き継いでくれた。

大きな災害の復旧プロセスでは、人1人は本当に小さな部品でしかない。でもより役立つ部品をめざすことはできる。一番貴重なフィードバックは、行って本気でやることから得られる。

福岡・朝倉では杷木が本格的に始まり、東峰村も始まるという。大分・日田も続いている。行ける人は行ってほしい。

車がなくても行ける。東京からなら、宿の多い博多を拠点にし、高速バスで朝倉ICまで60分(そこからボラセンまで徒歩15分)、日田(降りるのは城内豆田)まで85分(ボラセンまで徒歩1分)。
こういう話をすると、車社会の九州の人には驚かれる。が、災ボラ経験者ならわかるだろう。災害は交通至便なところで起きてはくれない。それでも困っている人がいるんだから行くんだ! という意志が自分の中に確認できるのなら、行けばいい。

朝のボラセンで、ぼくの横に並んでいた男性は「今日のアポをキャンセルしていただきたいんですが。はい、朝倉に来てまして」と携帯で話していた。
カッコいいと思う。

消耗しきって博多に戻るバスの車中、ボラセン近くのAコープで買った大分のスイカと福岡の巨峰を食べた。身体にしみわたり、体調が穏やかに回復してくるのがわかった。

九州北部豪雨、大分県日田市と福岡県朝倉市でのお手伝い経験からの気づき。

2017年7月5日 九州北部豪雨 大分日田・福岡朝倉で災害ボランティア

(写真:日田のお手伝い先で差し入れていただいたスイカ。スイカの名産地だそう。うまかったぁ…)

【「早く行く」ことの大切さ】
発災から1、2日で、被災された方は自力で途方もない量の片づけを始める。そこに1人でも多くのボラが駆けつけてあげること。社協ボラセンが立ち上がったら、もう青信号が出た証し。休日に…仲間と一緒に…などと考えるかもしれないが、最速で行くなら1人で行くしかない。

【「1人で飛び込む」から試される】
刻々と変わる情報を調べ、ツテも頼らず、1人で行けば一切の甘えや判断停止はなくなる。そして活動では経験バラバラの速成チーム、つまり他流試合の中できちんと動けるかが試される。災ボラ経験者として、チームにどれだけいい影響を及ぼせるか? 安全と効率を考え、人数分以上の働きを引き出せるか?

【リーダーは地元の人に任せ、経験者として支える】
グループのリーダーは地元に近い(地元愛のある)それなりの経験者に任せ、自分はサブリーダーを買って出て、安全の配慮、動線の最適化、使える道具を見つける、初心者をケア…などに心配りをするとよい。

【行くのは(一応)3日まで】
3日を超えて行かない方がよい。仕事や生活に影響が出るし、精神的に帰ってこれなくなる(笑)。

 

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