福島県浪江町:住民が戻り始めた町 コツコツと手を入れる作業が必要(援人 2017年 0623便)

Posted on 2017年7月5日. Filed under: ボランティア, 東日本大震災, 東京電力福島第一原発事故 | タグ: , |

ボランティアチーム援人、0623便、2017年6月24日、今年3月末に一部地域の避難指示が解除された福島県双葉郡浪江町での災害ボランティアのメモ。

初めて浪江町社協の下で、また援人として避難指示解除後には初めての浪江町でのお手伝い。

まず午前は2軒のお宅に別れ、家財移動・搬出、庭木伐採、草刈り、ブロック塀破砕などのお手伝い。庭木を根こそぎ取るのは小さな野菜畑にするから。眺望が開けた庭を見て感激された奥様、「までいに」やってくれて有難う、と。

3軒のお宅、ニーズは色々だったものの、数年前の小高を彷彿とさせるような印象。また町はいたるところが荒廃していた。荒れた景色で人の心は萎える。やはり草刈りや剪定は誰かがやる必要がある。コツコツと家や町をきれいにしていく作業は、より多くの人たちの帰還を促すために必要だ、と強く感じた。

小高、そして復興がはじまったばかりの浪江や富岡。進み具合は違うとはいえ、まだまだお手伝いが必要。これからも行きたい!

金曜夜23時の銀座一丁目には欠かせない道具たち。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0623便)

今夜も10人揃って八重洲を出発しました! まず、皆よく「なみえちょう」って読むけど「なみえまち」だから(笑)。
援人は去年、松本ボラセンの下で浪江町のお宅での大量の家財出しのお手伝いをしましたね。その様子を覚えている人、初めて行く人、さまざまですが、ようやく戻れることになった人たちの力に少しでもなれれば! がんばってきます。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0623便)

小高の6国沿いのローソンで仮眠を取り、朝。浪江・小高原発建設予定地跡を抜けて浪江町へ。

濃い霧の請戸港。水平線がまったく見えない。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0623便)

ボラセンに行く前、浪江町駅周辺を少し歩いた。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0623便)

浪江町役場の敷地内にある社会福祉協議会のボランティア拠点(集合は体育館だった)。
今日は全国から約30人が集まった。ニーズは8件。活動はブログにアップされるそうだ。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0623便)

9時集合はやや遅いと思ったが、迅速な判断、柔軟な対応など、働きやすいボラセンだ。

午前、チームA、依頼主が二階に運び上げたかったのはラタンのテレビ台(コーナーボード)。階段を通らないので外から釣り上げるというニーズになっていたが、工夫しながら進むと上がった。5分で終了。奥さんが中古で手に入れ、修理しながら使ってきたものだと嬉しそうに。室内はアジアンリゾート風の洒落たインテリアで趣味がよかった。
その他、庭の雑木伐採と根掘り、庭の隅のブロック壊し(闘鶏小屋の跡だとか)、草刈り、法面の雑草の根取りなど。
なかなかの作業量だった。途中から気づいたが、お父さんは現場監督として優秀で、ぼくらの進捗の先を見越して指示を出してくれた。結果11時には終了。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0623便)

奥さんはこんなものしか…と冷たい飲み物を二度出してくれた、おいしくありがたかった。
家の前がこんなにきれいになるとは、と感激されていた。荒れた風景で人の心は萎える。やはり草刈りはやるべきだ、と強く思った。

午後、13人チームで庭が大きな(畑と一体となってしまったような)お宅の雑木伐採。大小含め50本ほどか。チェーンソー3人稼働で伐採はほぼメド、細断も7割が修了したあたりで時間切れ。暑かった…。

全部ではなく残される指示の木もあることから、家を解体後、また再建されるのだろう。娘さんはある程度冷静だったが、老いたお母さんは全部切ってほしいと何度か。どんな心情だったのだろう。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0623便)

途中、Iさんを中心としてチェーンソー隊に先行してもらい、手ノコ隊を一度集め後処理の水準を合わせ、場所もバラバラでなく面で進んでいくようにした。また細断した木は高く積み上げ過ぎないようにした。それに先立って、伐採時に木を同じ向きに並べるよう指示をしたが、それができていない区域もあり、やはりそこは後処理がしづらかった。

午後になって暑さは増したが、終了の15:30まで皆ベストを尽くし、よく進んだと思う。

浪江町は全体的に数年前の小高という印象。まだまだ潜在ニーズはある。お手伝い先の一つとして注視していきたい。

Mさんチームに相乗りして仙台方面へ向かうGさんを残して出発。

楢葉町、天神崎のしおかぜ荘で風呂に入り、その後で食べた「ゆずおろしうどん」。

福島県浪江町で災害ボランティア(援人 2017年 0623便)

週明け、ボランティアセンターのブログにこの日の活動の模様が掲載されていた。

メンバーの感想から。

「貴重な体験になった。報道などで予想していたが、小高と比べても遅れている。午前中のお手伝い先のご夫妻から、6国に牛が平気で歩いていた、話などを伺った。
この先、浪江町でボラセンも浸透していくだろう。ニーズ増えていくはず。参加して発信していきたい。普段は自分も浪江町の情報を知ることはできないから」

「午前、Bチームのリーダーは、浪江町議員のMさん。唯一の地元ボランティア。老人が先に戻ってきても…でも若い世代に戻ってこいとは言えないしな…などと話されていた」

「初めての浪江町、社協経由で。遅れているなぁという印象。木の伐採、草刈りなどまだまだあるだろう」

「社協から事前にニーズを聞いていたので、これほど無駄のないお手伝いはない。
ツツジを伐採中、お婆ちゃんがじっと見ていた。やりづらかった。浪江町のお手伝い、はじまったばかり」

「浪江町、思い入れが強い街、またゼロから小高のようにはじめていきたい」

「請戸漁港、何もないところにポツンと。なぜ戻したのだろう。
午後のお手伝い、伐採したびわの木に、実が沢山なっていた。原発のせいで申し訳ないと思った。浪江町、始まったばかり。これから何年かかるか。お手伝いをがんばりたい」

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