南相馬・小高:竹林伐採終了! “ボラの未来”学生たちと共に(ボランティアチーム援人 2017年 0217便)

Posted on 2017年2月20日. Filed under: ボランティア | タグ: , , |

ボランティアチーム援人、0217便(活動日:2017年2月18日土曜日)、南相馬市小高でのお手伝いのメモまとめ。

今夜出発の0217便、出発は東銀座。いつもの八重洲じゃないので間違えないように。(一席空きがあったけど、昼に満席になりました。)

蛯沢の竹林伐採は、これまでの取り組みと先週の猛ラッシュもあり、この便では「完了は当たり前。いかに丁寧に仕上げるか」が焦点だと思います。しっかりやり切りましょう!

小高ではフクジュソウが咲き誇っているとか。後は…(参加メンバーだけの眼福・予定)。

天気。週末は荒れるかと心配でしたが、土曜日の南相馬は「晴れ」、気温は1.0度~5.3度。先週とほぼ同じ、あの現場ならベストです。ただし特に午後は風に注意です。

在京メンバーへ。6年目を前に、今週も援人は被災地へ行きます。一人でも多くのメンバーが目を留め、共鳴し、実際に動いてくれることを願ってます。メンバー1人ひとり、被災地のために何かできていますか? もしできていないとすれば障害はなんですか? 週末に、そんなことを少し考えてみてもらえれば。

10人揃って歌舞伎座のお膝元、東銀座を出発しました! 高速、風が強い。今週はいつものリピーターから久々の人、初めての人までいいバランスかも。皆で連携して、蛯沢のあの海が見える高台の景色を変えてきます!

南相馬・小高(旧避難指示区域)でボランティア(援人 2017年 0217便)

富岡町、4月1日避難指示解除の政府方針に合意。あとは浪江町か…(福島民友)。

南相馬・小高(旧避難指示区域)でボランティア(援人 2017年 0217便)

コンビニだって全国どこでも同じじゃない。小高のローソンで、こりゃ東北だよねってパンを物色した結果。

南相馬・小高(旧避難指示区域)でボランティア(援人 2017年 0217便)

朝礼、松本センター長のお話。(テレビ取材が来ている。)


6年前、妻の許しを得てここに来た。送り出してもらった。表に出る人も出ない人も。支えてもらっている。
昨日のブログ、先日取材のサタふく、今日放送される。今日はテレビユー。少しでも小高の現状を知ってもらえればと。
帰還される方のための環境整備をやってきた。しかし曲がり角。市の発表、帰還は一割。どうやって促すか。これからは戻った方々が少数であっても暮らしやすくする、生きて行くための支援が必要。県も早めにやってほしいという意向。自転車の整備も終わった。4月頃から町内を回って細かくニーズを拾い出したい。状況は変わっている。ご支援を賜れば。

南相馬・小高(旧避難指示区域)でボランティア(援人 2017年 0217便)

南相馬・小高、快晴。ぼくらのチーム10人、都内の大学生(ボランティアサークルだとか)6人のチームで震災後に竹林になってしまった場所の伐採、後処理中。

南相馬・小高(旧避難指示区域)でボランティア(援人 2017年 0217便)

エンガワ商店で見つけた、「エン」ちゃんのプロフィール。

南相馬・小高(旧避難指示区域)でボランティア(援人 2017年 0217便)

朝、前週切り倒しっぱなしの竹を引き出しつつ、伐採はあらかた終了。

朝礼で都内の大学のボラサークル6人をアサインされる。ニーズが終盤ということもあり、次代のボラを育てる意味でも丁寧に接しようと決めた。オリエンも十分に、作業ではメンバーが混じるよう各パートに少しずつ配置。昼のエンガワ商店前でも、小高の現状を説明、など。

南相馬・小高(旧避難指示区域)でボランティア(援人 2017年 0217便)

援人はこれまでも他チームと組まされたことが何度もあるが、それらの経験を振りかえっても、彼らは優秀だったと思う。真面目で、指示待ちではなかった。集合はやや遅かったが(援人が異常に先読みして早い行動をするので仕方ない)。彼らがいたお陰で大径木二本を切る時間も捻出でき、処理後の竹もきれいにまとめることができ、結果としてあの大規模現場を気持ちよく後にできた。

作業全体を振り返ると、継続でのノウハウ共有と段取りの申し送りにより、毎回ほとんど無駄なくスタートでき、速度もどんどん上がっていった印象がある。

アドバイス。竹林伐採はこれからも小高で続くと思われる。刃物の切れ味はとても重要なので自前のノコを買うことを勧める。特に力が弱い女性ほど、折り畳みのゼットソー型でなくカーブソー(Silkyズバットなど)にした方がよい。

最後は全員で集合写真、ほころびはじめた梅の木の前で(朝は蕾だったものが昼過ぎには多く開いていた)。

南相馬・小高(旧避難指示区域)でボランティア(援人 2017年 0217便)

帰路、ちょっとだけ寄ってみた小高神社。紅梅が咲いていた。

南相馬・小高(旧避難指示区域)でボランティア(援人 2017年 0217便)

メンバーの感想から。

「玉切りした竹、乱雑に積み上がっているが大丈夫か。笹も踏めば潰れる。余裕があれば整頓したい」

「軽いバールで枝打ちをしたが、コツが掴めてきて楽しくなった。最後、がんばったなあとつぶやいたらそうですねえ、と学生さんが。これで竹が終わってしまって寂しい」

「久々に参加したが、皆枝打ちが格段に上達した。皆が工夫しながら進めている。以前のボラバス一台分のような動きが10人でできている」

「大学生のボランティアサークルのメンバーたち。彼らにまた来てほしいと強く思った。震災のときは小学生か? 感動した。センター長の話にも、被災地の状況は変わろうとしている。国の関与は減る、一般の人は忘れるというものがあった。われわれはあと50年はできない。彼らはできる。だから彼らにすごく気を使った。彼らのようなメンバーがもっと増えないと」

二本松・杉乃家さんでなみえ焼そば。

南相馬・小高(旧避難指示区域)でボランティア(援人 2017年 0217便)

濃厚甘辛ソースがからんだモチモチ極太麺、シャキッとした食感がしっかり残る成田もやし、厚切り豚バラ肉。何度食べてもこの組み合わせにうなってしまうおいしさ。

今週、5回続いた傾聴講座が終わった。

人の話を聴くという行為は、話す側と聴く側が両方から跳ね橋のように橋をつなぐようなものだ、とイメージできた。
その中でも「聴く側が及ぼす影響力はとても大きい」という講師の言葉に、ハッとした。

いわきで観た倉本聰の舞台「走る」で、数々のエピソードに乱高下した感情を全てぶっ飛ばすように持っていかれた、ラストシーン。「ねえ私、話がしたいの」。挫折した女性エリートランナーの満身創痍のゴールに重なる独白だった。とても胸を打たれた。

傾聴が絶対不可能な状況ってなんだろう、と考える。
話し手が押し黙っているか、話すことを拒否して立ち去ってしまうときだ。

だから話者の態度がどんなものであっても、まだ椅子に座って話をしようとしているうちはとても幸運なのだと気づいた。

(おかしな表現だが、)人と話をする人間でいたいなぁと思う。

押し黙る、話を拒否するといった行為は人とのコミュニケーションで簡単にできる打ち手だが、そのことでできてしまう溝はとても深くなる。

今日小高で、学生6人チームと共にした活動。これまで協働したどの団体と比べてもうまくいった。彼らは素直だったし、自分たちが何のために被災地に来ているのかということをよく弁えていた。それに応えるように、ぼくらも融和的な態度で接し、多くのものを伝えた。

書いてみると簡単なことなんだけどなぁ。人は大人になるほど、エゴを護る壁をつくるってことか。

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