「裏切りの街」(監督:三浦大輔 主演:池松壮亮×寺島しのぶ)を観た

Posted on 2017年1月15日. Filed under: Movie | タグ: |

映画「裏切りの街 」(監督:三浦大輔 主演:池松壮亮×寺島しのぶ)を観た。

去年12月に「何者」を観て監督に興味を抱き、DVDで「愛の渦」「ボーイズ・オン・ザ・ラン」を観てさらに興味が深まり、この新作(といっても元はNTTドコモのdTVというサービスのために制作されたドラマ)が短い間だけ劇場公開されていると知った。が、東京ではもう終わっていたので、仙台まで行った。

2017-01-12 17.02.54

フリーターと主婦の不倫を描いた映画だ。

この監督は、性愛を主題に人間の心の機微を描くのが巧い。人が笑い話にしたり、記憶の底に閉じ込めてしまったりするようなことを観察する目線があるからこういう話がつくれるんだろう。だからこれを「不倫映画」と括ってしまうと、沢山のものがこぼれる。

主人公(池松壮亮)がこんなつぶやきをするシーンにハッとした。

“俺って俺ってひでえ人間だなぁ、って思う。
だけどそう思った後に、俺って意外にやさしいんだなぁ、って思ったりして。”

不倫の二人はそんな話をした後で、下着姿のままテレビに映るサンドウィッチマンのトークに笑う。

少し思い当たる。あるある! すぎはしない(この人間観察ヤバいなってほどでもない)。身に染みすぎるというわけではない(そこまで教訓的でもない)。でも、ただこういうつぶやきが身体にすうっと入ってくる。
いわば、絶妙な味つけのスープ。人間はこういう卑下や憐憫や自己正当化の間をうろうろしながら生きているんだな、と気づかされる。

このシーンでふと思い出したのは、20代の頃読んで深い印象を与えられたジェイムス・ジョイスの「死者たち」だ。どんな小説か、深く心に刺さった理由は何かなどは割愛するが、さっき後半部分を再読してみた。

巻末の解説で、訳者である高松雄一氏がジョイスの手法をこう評していた。

「『事物の塊が、その本質が、うわべの衣装をぬぎすてて、われわれに飛びかかる』啓示の瞬間を捉えようとして」いる、と。

それに少し近い。

“ちなみにこれ、ユニクロだから”(佐藤仁美演じる寺島しのぶの妹)とか、この映画の光景の中だからこそ水を得ている台詞が他にもいくつかある。

重すぎはしない。でも軽くもない。なんだこの味わいは…という複雑味のある映画だった。

観客はほとんどいないのでは、という予想に反して、2割程度は入っていた。ぼくの右隣はシニア夫婦、左隣は20代女性、その隣は30代男性だった。仙台、文化度高いなと思った。

彼らがこの映画を観て何を思ったのか、少し話を聞いてみたかった。

この日仙台は雪がちらつく天気で、映画館を出た20時過ぎには2~3cm積もっていた。

適当に入った店で喜多方の「飛露喜」と共に仙台牛の刺身や青森・横浜町のナマコを食べ、駅前泰陽楼で麻婆豆腐焼そばを食べた。

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