岩手県岩泉町:悪路の先 土石流に襲われたお宅で4日間お手伝い(援人 0921-25便)

Posted on 2016年9月30日. Filed under: ボランティア | タグ: , , |

ボランティアチーム援人、0921便、シルバーウィーク後半を利用、9月21日(金)夜出発、25日夜帰京、4日間(実質3.5日)の岩手県下閉伊郡岩泉町での災害ボランティアのメモ。(※現地での自分のメモ、Facebook、Twitter投稿などを時系列に集めたもの。)

打ち合わせ外出帰り、ふと会社の近くの、この一代で終わりそうな金物屋さん(隣には古い呉服屋さんもある)に行ってみたら、ブリキのバケツ(トタンバケツというらしい)を売っていた。一個640円(税別)。

台風10号被災 岩手県下閉伊郡岩泉町で災害ボランティア(援人 0921~25便)

おばさんはなぜプラスチックじゃなく金属のを買うの? とちょっと不審に思っている様子だった。

岩泉の泥出しでガンガン使うぞ!

小雨だったので集合場所までタクシーに乗った。ドライバーは大きなリュックを見て山に行くの? と。岩手にボランティアに、と答えると龍泉洞、宮古という地名が出てきた。旅行好きらしい。

しかしボランティアについてそれ以上は突っ込んで聞かれず、次は南紀に旅行に行くんだ、豊洲の市場問題はひどい、と話題は飛んでいった。

人は人生を好きなように楽しんで当たり前だ。楽しむ中で土地や風物への取っかかりが生まれることもあるんだ。龍泉洞を知っているだけ、岩泉町の被災についても関心は高いだろう、と納得はした。

岩泉町中心部、宿をお借りするSさんに直接依頼されたお宅を見に行った。小さな川の近くだが、床下に20~25cmの泥が入ってる、3部屋やる必要がある。

台風10号被災 岩手県下閉伊郡岩泉町で災害ボランティア(援人 0921~25便)

道路のアスファルトは大部分が剥がれている。大きな流木が路肩に寄せられ、川岸や川床にまでショベルカーが入り、山側の斜面ではちぎれてしまったネットの修復がはじまり、電話線の工事も進む。
そんな中、悪路を通ってお手伝い先へ。

台風10号被災 岩手県下閉伊郡岩泉町で災害ボランティア(援人 0921~25便)

岩泉町安家字大平。前日にOPEN JAPANのHさんが視察に行き、ボランティアが行くのはほぼ初めてだとか。

援人10人、社協ボラ11人でお手伝い中。この人数でも今日中の完了は難しそう。

一日目のお手伝い、終了。社協ボランティアの応援を得てガンガン床板を外し、ネコをどんどん回し、5部屋終了。まだ終わってない部屋があり、家裏に流れ込んだ土砂1.5mのかき出し、さらに隣家の倒壊したブロック塀の取り壊しも。今見えているニーズだけで、終わりの見込みが立たない。濃い4日間になりそうだ。

台風10号被災 岩手県下閉伊郡岩泉町で災害ボランティア(援人 0921~25便)

「あったかごはんとおつゆが食べたいなぁ。でも食欲もない」

ぼくらと一緒に元気に立ち働くお父さんが昼食時に漏らした言葉。パンとカップラーメンを食べながら。

ボランティアが来たのは初めて。
岩泉の中心部から北に20分の安家、そのさらに先の地域。

援人10人に加えて社協から応援11人。

お手伝いできてよかった。
でもまだ進捗は半分ぐらい。明日もがんばる。

23日朝。岩泉町のコンビニで買った岩手日報を読む。隅まで読んだが災害ボランティアセンター情報の掲載は「ない」。岩泉にも久慈にも宮古にもボランティアを求める声はあるのに。3.11のとき河北新報はしつこく掲載し続けたよ。地元紙よ、がんばってくれ!!!

災害について二次情報をかき集めて“わかった”と思ってしまうことが多い。が、現場に肉薄すればそれは上っ面に過ぎず、理非や外からの軽重などに関係なく“これを見て見ぬふりできるのか!”という思いが胸をギリギリ締め上げてくる。

岩泉町の中心部から一時間、路肩崩落や砂利敷きの仮復旧状態ばかりの悪路を行く大平(おおだいら)。

今日はより難易度の高い(狭い・深い)箇所の泥出し、そして家裏になだれ込んだ大量の砂利・巨岩(最大高さ2m)のかき出し。

超ハードな作業のネコ運びに入ったお父さん、作業の合間に、
「大変だろう。こんなこと1人で10日もやってたらバカくさくなっちまってさ」
と。

それまでもがんばっていたが、今自分がここでお手伝いしている間に力を出し切らなくては! と全力スイッチが入った。

終了時、2mの壁はだいぶ下がり、なんとかなりそうな感じが見えた。

(今日は平日なのでいなかったが)明日はまた社協ボラセンから応援も来る。この週末で、お父さんとご家族の心痛の種である土路や砂利をこの家から必ず出し切りたい。

2日目、朝5:30から朝スコ。安家に行く前に岩泉中心部でのお手伝い。

台風10号被災 岩手県下閉伊郡岩泉町で災害ボランティア(援人 0921~25便)

Nさん宅お手伝い2日目。昨日より難易度が高い部分のお手伝い。
金属バケツ最強。プラスチックのバケツやテミがどんどん壊れていく中、なんとか耐えている。
難しい部分の掻き出し、3wayホーが最強(次点で三角ホー。半月型は使える場面が限られる)、3wayホーと言っても多くのメンバーがピンとこないようなので、以後援人では「コガ」(最初にこれをお手伝いに持ってきたメンバー名)と呼ぶことにする。

今日は宮古離脱組がいるので、お手伝い後に龍泉洞温泉ホテルで急ぎ入浴。
ホテルは避難所になっている。退屈そうにTVの相撲中継を見る人たち。大広間には介護ベッドに寝るお年寄りなど。
去年の常総を思い出した。

台風10号被災 岩手県下閉伊郡岩泉町で災害ボランティア(援人 0921~25便)

宮古に行くため乙茂(おとも)地区を通る。道路沿いの広い範囲、被害がすごい。
あの岩泉乳業も、ボラがやるなら1,000人単位は必要じゃないか、というレベルだ。

台風10号被災 岩手県下閉伊郡岩泉町で災害ボランティア(援人 0921~25便)

宮古市のコインランドリーへ。洗濯機800円+乾燥機600円。
洗濯の終わりを待つ間、駅近くの「魚元(うおもと)」さんで夕食。「宮古のどんこ汁定食」がすごかった。

台風10号被災 岩手県下閉伊郡岩泉町で災害ボランティア(援人 0921~25便)

岩泉町のお手伝い3日目。

安家から大平への道は崩落し、ガードレールがもぎ取られ、橋には大きな流木が乗り上げ…と酷い状況だが、ショベルカーや工事車輌を多数精力的に働いており、状況は毎日変わっていく。

台風10号被災 岩手県下閉伊郡岩泉町で災害ボランティア(援人 0921~25便)
8時過ぎにお手伝い先へ。社協ボラセンからの応援を見込んで最後に残った一部屋の床板を外しておき(応援が来たのは11時だったが…)、ぼくら7人は家裏のハードな土砂出しに回る。

さすがに上腕や腰が悲鳴をあげたが、昼前に1.5mあった土砂の壁は消え、光が見えた。つまり開通したのだ。

台風10号被災 岩手県下閉伊郡岩泉町で災害ボランティア(援人 0921~25便)
スコップを使いながら思ったこと。
人間には壊れたものを元に戻す力がある。事実このお父さんは被災から2週間、この重労働に一人取り組んできたのだ。
そして他者による助けには、助ける側も助けられる側も、やる気と力が倍加する効果がある。災害ボランティアの役割はそういうことでもあるんだ。だから微力であっても、必ず意味がある。

明日は最終日。まだ戦える。

今日(9/23)の気づき。泥出しにタイベック着用よい。汚れを気にせず積極的に作業でき、脱げば撤収時などもたつかず、場合によっては仮着替えなしで風呂に行けるメリット。

台風10号被災 岩手県下閉伊郡岩泉町で災害ボランティア(援人 0921~25便)
Nさん(依頼主)がやっていたコンパネがバタつくときの釘打ち付け、斜面に置くときの端材での滑り止めの釘打ち付け、よい。滑らず安全度上がる。釘とハンマー持参がよさそう。
熊本でも岩泉でも遭遇した砂利や巨石交じりの土砂掻き出し、ホーもいいが自重がある鍬があるとよかった。道具に足すか。
金属バケツは既述の通り。

金属テミというものがある(誰かが言ってたので検索した)。泥の重さに耐えられれば使えるかも。

岩泉町のお手伝い、3日めを終えた夜。
今日は6:50に出発、朝8:00過ぎからお手伝いし、力を尽くした。

で、まだ21:30だけど、メンバーの過半数はもう落ちるように眠ってる。

人のためにガッツリやって、後は寝る。幸せだね。

やばい、寝そこねた。いびきのオーケストラが…!

メモ。次回バチツル必須。三本鍬もあればベター。もう書いたっけ。大事なことだから何度でも。

人には色々なつながりがあるけど、クリスチャンは岩手・岩泉町にボランティアに来てはどうですか? 町内に教会がやっているボランティアセンターがあります。発災から3週間以上、まだ泥出しをやっている現実があります。

台風10号被災 岩手県下閉伊郡岩泉町で災害ボランティア(援人 0921~25便)

最終日。岩泉町安家、快晴。安家川はところどころに狂ったよう流木がしがみついている。それでもここの自然は美しい。

台風10号被災 岩手県下閉伊郡岩泉町で災害ボランティア(援人 0921~25便)

水路の掘り起こし、ベタ基礎部分の泥の拭き取り、冠水してしまった薪の整理などでお手伝い終了。

台風10号被災 岩手県下閉伊郡岩泉町で災害ボランティア(援人 0921~25便)

お父さんとの別れ際、「お元気で」としか言えなかった。いつまでも手を振ってくれていた。

台風10号被災 岩手県下閉伊郡岩泉町で災害ボランティア(援人 0921~25便)

援人号0921便、連休を利用した長距離遠征の岩手・岩泉でのお手伝いが終わった。
10人×2日、7人×2日で34日分、それに社協ボラセンからの応援が17人、合計51人の力をブチ込み、岩泉の中心から1時間という僻地にあるOさん宅のお手伝いを完了することができた。

今回の水害は、安家(あっか)などでは大きな河川だけでなくそこに注ぐ小さな流れも氾濫し、大量の土石流を人家に浴びせかけた。Oさんのお宅は端的にいって浸水と土砂崩れ、両方の被害を受けた。

23日、宮古市まで向かう途中に通った乙茂(おとも)地区の被害もすさまじかった。穏やかに見える川沿いの広い広い地域が面として壊滅的にやられていたのだ(有名な岩泉乳業はここにあった)。
岩泉の被災地域はとても多く、様相もさまざまだ。しかしこの深刻度にふさわしい報道が東京などでされているとは到底思えない。

酷い災害だろうという見通しはあったが、行ってからはその想像を越える「広さ」「深さ」をひしひしと感じ、そこで力を尽くすことの意味が自分に降ってきた。

4日間のお手伝いはキツく、主観的には積み重ねというより、毎朝リセットされ残った体力でその日を戦い切るという感覚だった。だからまとまった感慨など浮かばないが、4日という短い時間、復旧のための手足としてベストを尽くせたと思う。

最後に。ぼくらのチームは常総以来、毎回のお手伝いで得たノウハウを元にメンバーが自主的に道具を持ち寄っている。これが岩泉でもとても役立った。

今日役立ったのは、小さなジョレン。
“こんなもの使える場面があるのか?”と侮っていたのだが、土砂で埋まった水路の掘り起こし、最後の最後には十能はもちろん移植ゴテも小さなシャベルも役に立たず、この小さなジョレンしか入っていかなかったのだ。

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道具は大切。道具についての衆知を集める仕組みも重要。
ぼくらは人のために必死で働きたい。ただし、常にもっといいやり方への問いを持ち続ける賢い馬車馬でありたい。

岩泉にはまた来週行く。

振り返り。日々の感想や道具の気づきなどは随時書いたので付け足し程度で。

米さんの熊本便でも痛感したが、今回の岩泉便では現地に来ることの重要さが身に滲みてわかった。
岩泉は遠く便を出すべきか迷ったが、来て本当によかった。これまでのノウハウもあり、お役にも立てた。

情報が不明瞭でも行ってお手伝いして発信することはシンプルに重要。今回援人が岩泉に行くと決断したことで、他のボラを鼓舞した効果もあるだろう(僭越だが)。

便の実施前、自分に被災地の情報ボラを課した。TwitterやRSSを定期チェックする仕組みを作り。しかしやはり二次情報は“子どもが描いた絵”程度の表現力しかない。
情報を食って賢そうなことを言って貢献したもりのブタにはなりたくない。現地に行って泥を掻くべき。

Yさん、Sさんとのつなぎありがとうございました。日々ガッツリやれた最大の原因は宿だった。
ドライバー陣、超ロング運転ありがとうございました。援人の迅速な行動は経験あるドライバーの層が厚いからできること。
今回のメンバーで必ずしも体力がない人たち、あなた達の存在が援人の多様さ・柔軟さの要です。次回以降も臆することなく参加を。

1人でも多くの人が何かを感じ、岩泉町に行ってほしい!!!

会社へのお土産は、岩泉町「中松屋」さんの「どんぐり生チョコクッキー」と紫波SAで買った「かもめのショコらん」(レアらしい)。クッソ濃い4日間だったので、強烈な岩泉ロスを感じているところ。

台風10号被災 岩手県下閉伊郡岩泉町で災害ボランティア(援人 0921~25便)

災害ボランティアあるある。ボラに誘うと、普段アクティブに飲み食いしたり休日にスポーツ楽しんでるような人が「体力に自信なくて…」「最近体調が…」と言い訳しはじめる。いやいや、岩泉町ではお年寄り世帯が自力で被災財出したり泥かきしたりという状況なんだよ。できるって!!!

TwitterでもFacebookでも、RT/シェアする人の喉元に行動を突きつけるような投稿はあまりRT/シェアされない(厳しく見えても具体的アクションを迫らない金言系は別)。でもその伝達網にミームをまとった形で巧みに主張を乗せ、未到の人に届かせるよう試み続ける価値はある。

岩泉町を朝ラン中に見た「中野七頭舞(なかのななづまい)」の壁画。

台風10号被災 岩手県下閉伊郡岩泉町で災害ボランティア(援人 0921~25便)
宮古市川井にも、あの早池峰神楽(はやちねかぐら)の「江繋(えつなぎ)早池峰神楽」があるとTwitterで教えてもらったが、岩泉町小本にも神楽があるのか。

また、ここに黒森神楽との関連について言及がある。

面白いなぁ。こういう民俗芸能が連綿と続いてきた地域にはすごく惹かれる。

岩泉町には、こんな災害がなければ一生行かなかったかもしれない。
が、台風の前にたまたま早池峰神楽のDVDを観ていたことに、何か縁を感じてしまう。

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