岩手・宮古:台風10号被災の茂市(新里サテライト)で2日間お手伝い

Posted on 2016年9月14日. Filed under: volunteer | タグ: , , , |

2016年9月9日(金)の昼の新幹線で東京を出発、10日(土)と11日(日)、台風10号で大変な被災をした岩手県宮古市(の、特に人が足りないという新里サテライト)でボランティアをしてきた。以下、そのログ。

温帯低気圧に変わった台風13号の影響で盛岡~宮古(正確には茂市)バスが出るかは昨夜の時点で不明だった。が、今朝9時に出ると告知された。一安心して出発だ。

東北新幹線、白河の辺りか? 雲はあるが青い空。黄色く色づきはじめた稲。ミニチュアのような家々。美しいなぁ。

岩手県宮古市(新里サテライト)で災害ボランティア(2016年 台風10号被災)

八重洲地下街で駅弁を買う際、東北フェア(?)みたいなのをやってたので迷ったが、やっぱりシウマイ弁当。

岩手県宮古市(新里サテライト)で災害ボランティア(2016年 台風10号被災)

はやぶさ/こまちって福島県は一つも停まらないんだ…!

少し昼寝して、本を読んで、弁当を食べたらもう盛岡だ。駅のホームに立ったとたん、涼しいと感じた。聞き慣れた福島弁とは違う少し弾むようなイントネーションが聞こえてきた。

106急行バス(岩手県北バス)。国道106号、やまびこ産直館からの夕焼け。

岩手県宮古市(新里サテライト)で災害ボランティア(2016年 台風10号被災)

盛岡から宮古へ向かう道路は、並走・交差するかたちで震災の復興道路が作られているよう。

国道106号沿いの川、宮古に近づくにつれ濁流に。流木、川岸が大きく削られたところなど。道路もなぜか濡れたところが。山からの水か。

バスを降り、山田線茂市駅に向かう暗闇の中、まずすぐ近くを流れる川の岸に土砂がうねるように不自然に堆積しているのに気づく。そして道路端に家電、家具が並んでいた。間抜けなことにまったく予想してなかったが、この辺りも浸水したのだ…。ガラス戸に付いた泥の線、家具類を動かして泥出しをした部屋や玄関、立てかけられたスコップ類。

岩手県宮古市(新里サテライト)で災害ボランティア(2016年 台風10号被災)

宮古へ向かう山田線。泥出ししてきたのだろうか、高校生が制服に安全長靴という格好で乗っている。

夕食は宮古駅近くの魚元(うおもと)で。震災では一階部分が浸水したが再起した店だとか。大きな生簀があり、ゆったりしたつくりの割烹のような内装。

まず、迷わず頼んだホヤ刺。みずみずしくてあっさり、ちゅるちゅるの食感。ホヤは苦み・渋みが出ていれば日本酒が欲しくなるが、これだとビールにも合う合う。

岩手県宮古市(新里サテライト)で災害ボランティア(2016年 台風10号被災)

次に、イカソーメンを変更し名前に釣られて頼んだ「イカはらこ丼」。こっちではいくらをはらこともいうんだとか。ぼくは(母親が青森なので)いくらよりすじこ派なのだが、今回はうまいと認めておく。

岩手県宮古市(新里サテライト)で災害ボランティア(2016年 台風10号被災)

最後にさんま焼きが出てきたときはもう腹一杯で、頼みすぎを後悔したが(本当はさんま刺も頼みそうになっていた)、塩のきいたやや小ぶりなさんま(ワタまでうまい)、アツアツを夢中で食べ切ってしまった。

岩手県宮古市(新里サテライト)で災害ボランティア(2016年 台風10号被災)

うまかったぁ。これで明日はがんばれるぞ!!!

停電、断水などが続く岩手ではニュースにL字バーが出っぱなし。

岩手県宮古市(新里サテライト)で災害ボランティア(2016年 台風10号被災)

岩手・宮古、朝日が出てきた。朝ラン中。

岩手県宮古市(新里サテライト)で災害ボランティア(2016年 台風10号被災)

朝ランをしていてえっ、と思ったが、宮古駅のすぐ近くの商店、事務所なども冠水したようだった。回収は進んでいるだろうが、道路に家具やオフィスの机、パソコン。ゲームセンターは大型ゲーム機を出している。歩道橋などは50cmぐらいの高さまで泥がこびりついていた。

岩手県宮古市(新里サテライト)で災害ボランティア(2016年 台風10号被災)

朝食バイキング、いくらとかひっつみ汁とか名物仕込むのやめてほしい(いやうれしいけど)。あと最近増えてきたカレーとか(朝に合うマイルドなチキンカレーでおいしかった)。朝からお腹いっぱい。(ちなみに次の日はさんまつみれ汁だった。)

国道106号、茂市~蟇目、今日(9/10)午後5時から片側交互通行で開通。岩手日報。

岩手県宮古市(新里サテライト)で災害ボランティア(2016年 台風10号被災)

7:49、茂市行き電車。宮古駅にはさすがに券売機が一つあるが(茂市駅は手売りだった)。

蟇目駅近く、家財の山が見える。

宮古市より人が少ないという新里サテライト。団体、個人合わせて50人ぐらい。栃木・鹿沼のように、地域一帯で大量にニーズあるため、現地にコーディネーターがいてチームを家々に振り分けるかたちだ。

岩手県宮古市(新里サテライト)で災害ボランティア(2016年 台風10号被災)

台風10号被災の宮古市、新里サテライトでお手伝い中。茂市駅の近くで床下泥出し。ボラが入ったばかりのお宅も。ニーズまだまだあり。明日来る人、泥出し経験あれば小スコップ、十能、ヘッドライト、ワークライトなど、可能な限り道具の持参を!

台風10号被災、宮古の新里サテライトでお手伝い一日目。

“発災初期には必要だと思うものは何でも持っていけ”、わかっていたつもり。床下泥出しはあり得ると考えてヘッドライトとワークライトを新調(しかしワークライトは電池入れ忘れ、と現場で判明)。ズバット(カーブソー)とバールを持参(重い…)。ホーは最後まで迷ったが、長いのは面倒だなぁ…と持参せず。これが失敗で、あれば今日はすごく役立った。

床下はスコップでは長すぎ、十能は効率悪く、重い粘土状の土(土地柄か、なぜか砕石も多い)はチリトリでは負ける。重い土なので、テミも途中で一枚割れてしまった。廊下の下など、ここでホーがあれば! という場面が多かった。

知っていたよ、全部。常総で。経験に従うべきだった。

10時から15時まで、昼食を挟んで4時間。床下泥出しはへヴィーな力仕事ではなく、体の負荷は小高の半分ぐらい。つまり、全然疲れなかった。

栃木から来たぼくより年配の男性は、災害ボラは初めてだという。こういう人を見ると少し感動してしまう。何がこの人を動かしただろう、と。

サテライトから茂市駅前へ。コーディネーターの人(たぶん支援団体「風組」の人)に案内され、駅からすぐのお宅へ。家の中を見て床下泥出しだとわかり、少し驚く(「床上のみやります」というチラシを事前に見ていたからだ)。

個人参加者を集めた12人チーム。リーダーを買って出た。作業前のMTGで手を挙げてもらうと、床下泥出し経験者はぼく含めて4人だけ。皆、思いで来ているんだ。

泥出し、土嚢袋詰め、搬出、床板を動かして家財移動、また泥出し、根太のブラシがけ、消石灰まき、三部屋を午前で完了。 集成材の床を丸ノコで開け、潜るのは明日になるという。

依頼主のご主人は明るく、冗談でこれだけ人数がいるなら家を取り壊してくれ、と笑う。小さな庭のさまざまな植物に乾いた泥が付いている。もう半分は捨てたという。

午後はオスバンを噴霧する2人を残して次のお宅へ徒歩移動。老婦人一人暮らし。床板の釘は外してあり、開けて泥出しにかかる。この家の床下は元々凹凸があったのか、泥の堆積が変則的だ。さらに奥の部屋の床下には、なぜか庭石のような大岩がゴロゴロしている。これらを移動させながらの作業。やや重労働。

岩手県宮古市(新里サテライト)で災害ボランティア(2016年 台風10号被災)

手前の部屋回りの廊下は潜らねばならず、持参した不織布スーツを着ようとしたところ、潜り経験のある女性が入ってくれた。

15時前、根太のブラシ掛けまで終了。12人、一日で二軒・五部屋は多いとはいえない。自分自身もガッツリやり切った感はない。が、自分がリーダーをすることで、未経験者を含む一日限りのチームの動きを単なる足し算以上のものに(ひどいチームなら引き算もある)できたはずだ。事実、二軒目では皆の共働ぶりはかなりよくなっていた。

付近の家一帯がほぼ一斉に泥出しや掃除をしている様子は、去年栃木・鹿沼でその渦中にいたが、悲壮さを押し破るような明るさがある。

それにしても、浸水してしまった家屋の床下泥出しは、“負けないために懸命にやっても勝つことはできない戦い”だと思う。どんなに賢く丁寧にやっても、元に戻すにはほど遠い水準で決着せざるを得ないから。

宮古にはホーマックがあることを調べていた。帰路、宮古の手前の駅で降り、ホーを入手。明日に備える。日々改善だ。人助けこそベストを尽くすため。

岩手県宮古市(新里サテライト)で災害ボランティア(2016年 台風10号被災)

宮古の夜。

細い階段を上がる。マスターに「初めてでよくこの店見つけたねぇ」と言われた飲み屋。
マスターは宮古出身、東京にいたが震災の前の年に戻った人。

地元客を交えた会話の中で色々な話を聞いた。

以下、メモ。口伝であり異論は認めません。

「くるみのような味がする」。
宮古では、雑煮の餅をくるみを擦って蜜に絡めたたれに付けて食べるという。これがご馳走なので、宮古の人はうまいものを食べるとしばしばくるみに例える。
さらに今日お手伝いした新里では、雉(きじ)で出汁を取るのが当たり前で、正月近くはどの家も雉を吊るすとか。それでも餅はくるみを擦ったたれで食べる。

宮古にはかつて東北一の遊郭があった。北洋船も来たし漁業も盛んだった。銅山で栄えたこともある。悲恋物語など、遊郭をめぐる話は多数ある。

今回の水害。
同じ宮古市内でも情報が断絶している。被害が局所的なので。
駅前商店街も1.5mぐらい冠水した。

酷いのは松山という地区。家が2m浸水し、津波の(東日本大震災の)仮設が空いてきたのですぐ入った人もいる。川の右岸と左岸で天国と地獄。

「今回酷かったねぇ。…今回も、か」。

宮古の被害もまちがいなくとても酷いが、全国区では岩泉町のことばかり報道されている。

マスターが畑をやっているというこの店の食べ物、おいしかった。
「ゆわごステーキ」、つまり夕顔のステーキ。大きさ20cmぐらい。オリーブオイルが薫るイタリア風。

岩手県宮古市(新里サテライト)で災害ボランティア(2016年 台風10号被災)

ポテトサラダは、これまで食べた中で一番ワイルド。

あと何か食べた気がする。忘れた。
いい店だった。また行きたい。

宮古最終日の朝。
可愛い電車がもうスタンバっていたよ。

岩手県宮古市(新里サテライト)で災害ボランティア(2016年 台風10号被災)

台風10号、久慈市の建物被害は2,000棟を超える。商店街も岐路に立つ。今朝の岩手日報。

岩手県宮古市(新里サテライト)で災害ボランティア(2016年 台風10号被災)

宮古市災害ボラセン、新里サテライト。今日は強力な助っ人が。矢巾町の消防団。ボラセン運営には雫石町社協の人たち。助け合っている。

岩手県宮古市(新里サテライト)で災害ボランティア(2016年 台風10号被災)

宮古・新里サテライトの下、茂市駅近くのお宅で泥出しのお手伝い中。粘土質の泥が、床下に20cmぐらいも入っている。十能、移植ゴテ、ホー、そして最後には手で。隣のお宅はまだ床板剥がしも始まっていなかった。14:46は床下で迎えることになりそう。

宮古災害ボラセン新里サテライト二日目、そして最後のお手伝いだった。

10人ぐらいのチーム、家の中の泥出しと庭の泥かきを並行で。ぼくらが担当した二部屋の横では、学生団体IVUSAの若者たちがバリバリ床板剥がしをしていた。彼らの働きぶりは常総でも見たが、頼もしい奴らだ。

この家の大引や根太の間隔は狭く、泥出しがやりにくい。しかも泥はたっぷり20cmほど入っていた。少し試行錯誤して気づいたが、十能でなく手で、ケーキ状を保ったまま掴み取るのが一番効率的。周りにも知らせたが、すぐ採り入れる人とそうでない人が。見ていると効率は2倍以上違った。

テミ、土嚢スタンド、移植ゴテなどを現場慣れしたSさんがどんどん調達してくる。ありがたかった。つまみ状の突起付きの土嚢スタンドには感心した。こうして道具は進化しているんだな。

岩手県宮古市(新里サテライト)で災害ボランティア(2016年 台風10号被災)

昨日調達したホーは、奥まった箇所の掻き出しに早速役立った。
壁や大引を掃除し、庭の泥出しに加わる。ここでも仕上げの際、流入した土砂だけ削ぎとるのにホーが活躍した。

残り一時間余り、次のお宅へ。
10人以上が複数の部屋で泥出し中だ。人の配置にムラがある、やり方も統一感がないなと思ったら、特にリーダーを決めていないという。土嚢袋の運び出し導線も決まってない。この状況に巻き込まれず場所を決めてやり切ろうと話し、4人チームで未着手だった廊下の下をやり始める。残っているのは潜らないと泥が出せないからだ。不織布スーツを着たが、狭すぎて進入できず、ホーを突っ込み、別のメンバーにテミに移してもらという連携に。

途中、この廊下は後日口を開けるという声を聞き、粗い仕上がりでもいいと判断、時間内に大方は取った。

朝会ったばかりのメンバー、名前も覚えていたりいなかったりの中、他人の家の床下に共に這いつくばって、泥だらけの連携作業をする。
いつもの援人メンバーほどのシナジーはないが、赤の他人にもほど遠い。一日だけだが、復旧作業のための信頼できる仲間だった。

だから“これ”が好きなんだ。多少グズな人はいてもズルい奴はいない。価値観は、エゴ優先でなくエゴと他者の拮抗でもなく、困っている人を見ろという点で合致している。

最後に、端の方で見守っていた依頼主(女性)に挨拶をした。うれしさや悲しみや、不安が入り交じった表情をしていた。

二日間のお手伝いが終わった。新里の復旧はまだまだで、ボランティアの手が必要だ。

岩手県宮古市(新里サテライト)で災害ボランティア(2016年 台風10号被災)

ぼくは次に来ることができるかわからない。が、足を運んで、お手伝いして、現地の窮状をこうして伝えることで、次に動いてくれる人にリレーしていきたい。

宮古駅から歩いて10分ほど、旭湯という銭湯でゆっくり風呂に浸かった。シャンプーは買ったが、石鹸は貸し出してくれた。

岩手県宮古市(新里サテライト)で災害ボランティア(2016年 台風10号被災)

「ひゅうず」。これ何だろう、餃子みたいな形だけど。宮古の人はくるみが大好きという話が頭から離れず、原材料にくるみも入ってるので買ってしまった。

岩手県宮古市(新里サテライト)で災害ボランティア(2016年 台風10号被災)

記憶が薄れないうちに、岩手・宮古で見たものをいくつか。

宮古の公共施設などには、東日本大震災の津波の到達(高さ)を示すサインがよくある。これは駅前商店街のある建物だが、今回の台風10号による浸水の高さは震災の津波を超えたところもある(この写真を撮ったあたりがそう)。

岩手県宮古市(新里サテライト)で災害ボランティア(2016年 台風10号被災)

宮古市役所近くの歩道橋。浸水はこれぐらいの高さまで駆け上がったらしい。

岩手県宮古市(新里サテライト)で災害ボランティア(2016年 台風10号被災)

宮古湾に注ぐ閉伊川(へいがわ)にかかる橋。橋脚に流木が引っかかっている。川岸も荒れている。こういうところがすごく多い(お手伝いした新里地区など、上流はさらに悲惨な状況になっている)。

岩手県宮古市(新里サテライト)で災害ボランティア(2016年 台風10号被災)

朝、山田線の茂市行き電車を待つ人たちの列。国道106号が台風で寸断されたため、盛岡行きのバスに乗るためには茂市まで電車で行かなければならなかった(9月10日17時にやっと復旧した)。

岩手県宮古市(新里サテライト)で災害ボランティア(2016年 台風10号被災)

宮古のスーパーで。岩泉乳業のヨーグルトの入荷は当分ないことを告げるもの。

岩手県宮古市(新里サテライト)で災害ボランティア(2016年 台風10号被災)

関係ないが、スーパーに陳列された野菜や果物は「宮古産」がとても多く、豊かな地域なのだと思った。

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