茨城・常総:水没工場のお手伝い終了 被災地の格差を思う(援人 0504便)

Posted on 2016年5月6日. Filed under: volunteer | タグ: , |

ボランティアチーム援人、2016年5月4日(みどりの日)、茨城県常総市でのお手伝いの記録。

朝6時過ぎ、待機中のキャラバンを揺るがすほどの暴風雨の八重洲。しかし常総へ向け出発(作業は主に工場内であるとわかっていたこともあり)。

援人号0504便常総行き

浸水した工場内の道具類の掃除、2日め。

援人号0504便常総行き

K(Keep):作業範囲、達成水準、優先度のすり合わせを依頼主と行い、その範囲でずれや漏れがないようお手伝いをすること。
P(Problem):特になし。
T(Try):次回あのタイプの依頼(振り返ってみれば、小高でもまったくないわけではない)があったら、分別のルール、取捨選択の基準などについて、時間をかけてでも(作業をしながらでも)依頼主から引き出すことに力を割くべきかなぁ、と思う。

援人号0504便常総行き

0503便で引っ越しをお手伝いしたお宅の(恐らく引っ越し前のアパートの方の)掃除のお手伝いもやる可能性はあったが、不成立となった。気になるけど押しかけてやるものでもなく、仕方ない。

元気村ボラセンに戻り、道具置き場の棚卸し、並べ直しもでき、スッキリした。

援人号0504便常総行き

ニュースで無前提に「被災地」という言葉が使われるとき、それが九州を示すようになったのは、世の中の総意としてはしかたないのかもしれない。

しかし南相馬と常総に足を運んでいるぼくは、強い違和感を覚える。
上書き保存するように、目を注ぐ「被災地」を次々と変えていく風潮に抗いたい。

昨日と今日は常総で、水害で浸水した工場の道具の片付けや掃除などのお手伝い。緊急性はないが、商売を立て直す途上にある依頼主の背中を少し後押ししてあげるものだった。

そしてもっと重要なのは、移り気な世の中によって流されず、自分がお手伝いしている人たちの苦境をもっとよく見ろ、と促される体験になったことだ。


(以下、今回のお手伝いとは関係のないつぶやき、ということにしておく。)

激甚な災害が起こると、その地域に住む人はほぼ一様に被災する。
しかし元の生活を取り戻す過程では、徐々に「格差」が生まれはじめる。経済力の違いや地縁の有無などによって。

また被災することが、元々その人や家族が抱えていた問題をより深刻化したり、周りに露見させてしまうこともある。

災害で地域全体が弱っているだけでなく、個々人の状況に濃淡があるとき、外から手助けに行く者はその中でも最弱の人に手をさしのべることができる可能性がある。もはやそれは災害ボランティアとは言わないかもしれない。が、手助けが必要なのは「発災直後」だけではないのは確かだ。

そういうことを改めて学んだ。

(もう一つ。)

子ども。よいものであっても悪いものであっても、与えられた環境を疑わない子ども。

大人は自分の環境を客観視する力がある。そして説明することができる(たとえば「東京に来て話してくれる被災者」はその最たるもの)。しかし子どもには、その力のどちらも備わっていない。

災害が起こると、しわ寄せは子どもに一番来る。一般論を言ってるんじゃなく自分の目で見た。そして、ああこれは辛いなと思った。被災地に行って子どもの境遇を見ることをもっとしなきゃ。

覚えておくため書き記しておく。

早めの夕食は山田うどん(水海道店)で。

援人号0504便常総行き

水害でやられた倉庫の二日にわたるお手伝い、終了。

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