南相馬・小高:ニーズ3件に対応 九州を思いながら北へ(援人 0422便)

Posted on 2016年4月25日. Filed under: Great East Japan Earthquake, volunteer | タグ: , |

ボランティアチーム援人、2016年4月23日土曜日、南相馬市20km圏内でのお手伝いの記録。

九州で大きな地震が起こってしまった。その直後、福島民報の社説(4月18日付け)に載った「全力で(熊本地震の)被災者支援を」という県民向けメッセージに強く印象づけられた。地震と津波、そして今後長く影響が残る原発災害の渦中にあり、多くの被災者を抱える福島の新聞に、だったからだ。
福島の浜通りも、毎週の活動で体感する通りまだまだ復興途上にある。だから今週もいつものようにお手伝いに行こう、と考えた。

この日は、パイプハウス解体(完了)、竹林伐採(完了)、竹林伐採(他チームの応援・継続)と3つのお手伝いをやった。合間に営業再開した中古車屋さんを見たり、庭先に植えられた苗木を見たり、エンガワ商店の新作惣菜を食べたり。終了報告時、センターにお墓の草刈り依頼が入る。また草刈りの夏が来る。

天気は薄曇り。徐々に雲が消えていき、しかし完全に青空にはならず、ただし気温が上がり蒸し暑さが増した。

朝、八沢地区の津波被災者慰霊碑手前の山田神社。この神社の初期復興には熊本の宮司さんや工業高校などの助力があったとのことだ。その場所で、熊本の安寧を祈った(…が、新社殿は建設中)。

援人号0422便南相馬行き

一件目、原町区南部(避難指示区域)でハウス解体。やや錆びついた箇所あり、下部が埋まっているなどの他は素直な状態だった。午前中の終了は堅いと思ったが、12時までに原町の鉄処理場に持ち込めれば…というNさんの提案で、短く休憩を取って仕切り直し、11時15分をメドに終わらせるようにしたのはよかった。アーチ外し、折り曲げ、ユニック車積載の動線はもう少し改善の余地があっただろう。

援人号0422便南相馬行き

昼食時にセンターに帰還、午後も次の現場に向けすぐ動けくことができた。

二件目、他チームからかなり急な崖だと聞いていた。が、Gさんが一度やった現場だったので段取りを迅速に検討できた。2人組でテンションをかけ、倒す方向をコントロールする(低地側には倒さない)、下に受け手がいて引き取る、など連携して1時間半ぐらいで終了できた。

援人号0422便南相馬行き

三件目、常連チームJの応援へ(本来はここがぼくらの継続現場だったが)。パワフルな働きぶりだったが、互いのチームのやり方が違い、やはり連携にやや難があり、ストレスが溜まった。次回以降の課題だ。

全体として三件の現場に携わることができ、効率よく安全に10人の力を出すことができた。

朝、センターには小高の方がボラ依頼に来ていた。最後に報告に行くと電話で墓地の草刈り依頼が入っていた。お手伝いはまだまだ続く。

お手伝い終了後、原町の「おおまちマルシェ」に行ってみた。新たに建設された復興住宅に併設されている商業施設だ。
駅前商店街のすぐ脇だが、商店街が実質空洞化している中、近隣の人はありがたいだろう。

援人号0422便南相馬行き

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