南相馬・小高:小雨の中で竹林伐採 景色を一変させたい(援人 0318便)

Posted on 2016年3月22日. Filed under: Great East Japan Earthquake, volunteer | タグ: , |

ボランティアチーム援人、東京電力福島第一原発事故による避難指示区域で、2016年3月19日土曜日のお手伝いのメモ。

今週、シリア難民をめぐってトルコとドイツなど欧州の国々が、欧州の難民を押し返す代わりにトルコに居住している難民を欧州が受け入れる交渉が進んでいるというニュースを、憂鬱な思いで「見た」。

またネットでは、イランに逃れたシリア難民が医療費などが高すぎるため、命の危険があるシリアに再び戻るというレポートを「読んだ」。

遠く離れた難民のことは、見たり聞いたりしかできない(支援団体に定額寄付はしているが)。

今世紀最大の人道危機といわれるシリア難民問題は、2011年1月にチュニジアからはじまった民主化運動、「アラブの春」に端を発している。

2011年、ぼくは特にエジプトとリビアで起こっていたことを注視し、理想のため命を賭して行動する若者たちに強く印象づけられた。

そして3月、日本で東日本大震災が起こった。最初は自分の専門領域での支援を試みた。

しかし、そういう「大人として洗練された」「穏当な」「ノブリス・オブリージュとしての貢献」の枠を抜け出て、体力的にもハードで泥や埃にまみれる活動に傾倒していったのは、アラブの春のアクティビストたちに強く心を揺さぶられ、自分は何ができるか? という問いを自らに突きつけた結果だ。

なぜこういう話をしているのかというと、先週南相馬でお手伝いした夜、「なぜ震災のボランティアをはじめたのか」について仲間と話し合う機会があり、久々に思い出したからだ。

シリア難民の元に駆けつけて何かしてあげることはできない。
だけど日本の被災地に行って何かしてあげることは「できる」。

改めて振り返ってみるとシンプルで、そういうことだった。

被災地でのお手伝い、6年目。


小雨降る中、朝は相馬太田神社へ行ってみた。相馬野馬追の地元らしく、馬にまつわるものが多く奉納されていた。

南相馬・小高でボランティア(援人 0318便)


この日のお手伝いは、個人宅の敷地内、後背の裏山の竹林伐採と後処理作業。範囲を考えれば10人一日では無理な量だった。よくやったと思う(センター長にも進捗を誉められた)。また怪我の注意喚起も都度行い、大きな事故なく終わることができた。

南相馬・小高でボランティア(援人 0318便)

作業中にした注意を棚卸ししておく(覚えておくため)。

竹を置くときは極力向きを揃える。
竹を積みすぎない。同じ向きでも絡み合ってしまう。
竹を切って運び出すときは太い方を持って出す。逆だと枝がささくれ状に引っかかる。
作業場所は定期的にきれいに。枝打ちした笹などが積もり足元が不安定になると、転倒しやすい。
また作業場所は混みすぎないようにする。必要なら複数箇所に分ける。
トンバッグは大量に入れるもののギリギリ傍まで近づいて詰め込む(運んでくる、置く、入れるという流れは無駄)。
トンバッグに限らず、何らかの処理作業と集積場所はできるだけ近くする(改めて運ぶのは無駄)。
トンバックの中央に入れない。四隅へ四隅へと詰めていく。

南相馬・小高でボランティア(援人 0318便)

またあの続きをやることになるだろう。今日も一部スッキリしたが、次は全面的に景色を変えたい。


帰りは常磐道上り、四倉PAのよつくら亭でイカスタミナ定食を食べた。使い切ったエネルギーがだいぶ補充される感じだ。

南相馬・小高でボランティア(援人 0318便)

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