南相馬・小高:2日間でトンバッグ53個の家財出し 過去が切り捨てられることがないように(援人 0311便)

Posted on 2016年3月15日. Filed under: Fukushima, Great East Japan Earthquake, volunteer | タグ: , |

ボランティアチーム援人、0311便(一泊便)、2016年3月12日土曜日・13日日曜日、南相馬市小高区でお手伝い。

3月11日、岩手日報、河北新報、福島民報の合同紙面、「3月11日にだけ振り返るのではなく、毎日ちょっとだけでも想ってほしい。」というメッセージ。

南相馬市小高区(避難指示解除準備区域)で災害ボランティア

Sさん宅で二日間、大きな家屋と二階建て納屋からの家財出しのお手伝い。分別してトンバッグに詰めたもの、多数。加えて大型家具、家電、農機具類なども搬出した。

南相馬市小高区(避難指示解除準備区域)で災害ボランティア

運び出していると、例によって貴重品や思い出の品がいくつも出てくる。お父さんは全部捨てる方針、その後ろでお母さんは言葉が少ない。お金なんかもよく出てくるんですよ、と話すとお父さんは「そんなものはないよ」と笑った。しかし案の定出てきた。

一階はそれなりに片付いていた。順調に進んだので次に二階に上がってみると、三つある子供部屋はほぼ避難時のままという有り様。獣害(糞や死骸など)の痕跡も沢山あった。

そこから出てくるアルバムや賞状なども取り分けておいたが、二日目、お父さんの改めての指示で全部廃棄になった。

明るくテキパキ指示するお父さんの影響もあり実務的に進んだ。が、子供がスポーツで獲得したメダル類をトンバッグに運んでいくときに一度だけ、「俺は何をやっているんだろう? どうしてこういうものを全部捨てなきゃならないんだろう?」という疑問が胸に湧いてきた。

センター長の見立てはトンバッグ10個ぐらいだろう、というものだったが、道路を挟んで畑の脇に並んだ数は53個も。2日間の奮闘を物語っていた。

南相馬市小高区(避難指示解除準備区域)で災害ボランティア

2日目午後は早く終わったので、別のニーズにも対応。解体予定の個人宅の庭に猛烈な勢いで生えてしまった竹林の伐採だ。

南相馬市小高区(避難指示解除準備区域)で災害ボランティア

原発事故から5年。

再起を決意した人たちが、一人でも多くうまく軌道に乗れるように願う。
一方で、今も過去と訣別することができないあのお母さんのような人が切り捨てられることがないように、と思う。

公的な助けは、全ての人には行き渡らない。だからよりミクロな「目配り」と「差しのべる手」が必要だ。これからも、ニーズがある限りは駆けつけたい。


宿泊便だったので、土曜夜は宿泊したホテルで飲み会。皆がボラをはじめたきっかけなどを話し合った。それぞれに深さがあり、聞けてよかった。

南相馬市小高区(避難指示解除準備区域)で災害ボランティア


一時の熱情ってのは続かない。平熱でもできることをやった方がいいと思う。ぼくは金曜夜に東北へ行くことを、続けたいと思う。

南相馬市小高区(避難指示解除準備区域)で災害ボランティア

帰宅すると寄ってきた猫たち(おちゃか、ちっこ、こまる)とぬくぬく。一番幸せな時間だ。

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