南相馬・小高:4年8ヵ月目の被災財出し 控えめに迅速に(援人 1106便)

Posted on 2015年11月18日. Filed under: volunteer | タグ: , , |

ボランティアチーム援人、1116便、福島県南相馬市の避難指示解除準備区域(小高区、原町区の一部)でのお手伝いの記録。

(※以下、帰京して寝る前に書いたFacebook投稿を、少しだけ手直しして貼り付け)

明日(というかすでに今日)は常総だけど、被災されて避難中の方の大事な決断のときをサポートしたのだから、きちんと振り返っておきたいと思う。

小学校すぐ近く、商店、住居、畳の部屋の広い教室が連なるお宅で被災財片付けのお手伝い。

依頼主は、避難中のいわきから軽自動車で到着された、70~80代くらいの小柄なご夫婦だ。

被災財出しはデリケートなお手伝いだ。

センターのニーズ票の内容を見て、その粗い記載には頼ることができないと判断し、家屋の奥へと入っていくご主人と共に「出す(廃棄する)もの」にテープで印をつけていく。──と判断してすぐ、ご主人がヨタヨタと歩きながら自分で出そうとするので、それを随時サポートする方針に変える。

南相馬市小高区(避難指示区域)で災害ボランティア(援人 1105便)

指示を聞き洩らさないようにしつつ、何人かのメンバーを呼び寄せ、選り分けと搬出をやってもらう。

家電類はおおむね残す、それ以外は出すという判断をされるのだが、傍で吟味すると使える食器や着物、思い出の品と思われるものも出てくる。そこで、控えめに「これまだ使えそうですね」「残された方がいいのでは」と話しかけていく。

初めてお会いした方であり、来歴を知っているわけでもない。だから適切なサポートができたと胸を張ることはできないが、急かすことなく、判断を押し付けないよう心がけながら、できるだけの敬意をもってお手伝いを続けていった。

南相馬市小高区(避難指示区域)で災害ボランティア(援人 1105便)

結果、沢山の家具類と被災財がトンバッグ8袋分、ガレージに並んだ。

ご主人は震災後一度もこういった廃棄物を出したことはなく、市の回収方針なども知らないという。

これまで沢山のお宅の方と接してきたので、そういう人がいることに大きな驚きはない。
しかし、震災、原発事故、それに伴う強制避難で普通の生活を奪われた人たちが「やり直す」ことの難しさを、改めて思った。

(※Facebook投稿の貼り付け、ここまで)

2件め、知り合いのYチームが入っていた竹林伐採の応援へ。

南相馬市小高区(避難指示区域)で災害ボランティア(援人 1105便)

人が多い現場で、短時間だが危ない場面も。竹の伐倒の方向予測は難しい。声かけなどをさらに徹底したい。またノコギリなどの刃物は研いでおき、必要なとき存分に使えるようにしたい。

伐採は継続で終了となった。
戻ってセンター長に報告すると、すでに100人ぐらい送り込んでいる、早く完了しないものか…と。人手を食う大きな竹林に困っているようだ。

朝、お隣・相馬市に白鳥がやってきたというニュースを知って、鹿島区・原町区のため池二ヵ所に行ってみた。…が、どちらにもいなかった。

南相馬市小高区(避難指示区域)で災害ボランティア(援人 1105便)

お手伝い後、小高駅前の東町エンガワ商店へ。この日から買えるようになったあったかいコーヒーを飲んだ。

南相馬市小高区(避難指示区域)で災害ボランティア(援人 1105便)

夕食は久々、南相馬鹿島SA(セデッテかしま)であの「みそタンメン」を! …と思ったが、券売機の表示はなぜか「売切」。

南相馬市小高区(避難指示区域)で災害ボランティア(援人 1105便)

代わりに頼んだラーメンとミニカレーのセットも、もちろん悪くはなかったが。

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