茨城・常総:田畑のニーズは多く残る 地元ボラセンで見た人助けの原点(援人NT隊 1105便)

Posted on 2015年11月18日. Filed under: volunteer | タグ: , |

2015年11月5日(木)。茨城・常総での災害ボランティア活動の記録。

平日は仕事がある自分が、なぜこの日に常総に行ったか。
普段とは違った視点で今の常総を見てみたかった。行き先は、地元の人が立ち上げた「吉野サポートセンター」。

茨城・常総 豪雨水害ボランティア(援人 1105便)

結果を先に書くと、自分が思いついてしまった以上の収穫があった。まるで災害ボランティアのスタディーツアー参加者のように、多くのことを感じ考え、吸収できたのだ。

茨城・常総 豪雨水害ボランティア(援人 1105便)

朝8:30、吉野公園に隣接したプレハブ小屋の鍵を女性が開けてくれて、名簿に記入。ほどなく車で先導され、まずは一軒めのお手伝い先へ。

農地の一角に低く積み上げされた沢山の藁(浸水による漂着物)の土嚢袋詰めだ。
ぼくとTさん二人だけの作業。黙々とスピーディーに進めていったが、あたりは静か。少し向こうには、小さな畑を耕す年輩女性の姿があった。

茨城・常総 豪雨水害ボランティア(援人 1105便)

藁を手掴みで次々と土嚢袋に押し込んでいくと、黄金色の稲穂が出てきた。少し手が止まった。

昼前、持参した土嚢袋がちょうど払底し、こちらのお宅でのお手伝いは終了。

茨城・常総 豪雨水害ボランティア(援人 1105便)

トイレを借りようと一応声がけしてみると、年輩の男性が現われたので驚いた(センターの人からは避難先から毎日通っていると聞いていたが、いつの間にか来ていたらしい)。

住居は平屋で、全ての部屋の床板が剥がされていた。床下、そして根太や壁の下部にも消石灰が厚く撒かれている。
しばらく後、依頼主は農機具の小屋で新聞に目を通していたが、力なくただ座っているという形容がふさわしいかもしれない。

去り際、気になって少し世間話をしみた。家の修理は業者が混んでいることもあり、予定はまだ決まってないとのことだった。

センターに一度戻り、屋外のテーブルで6~7人での昼食になった。

ピクニックのような和やかな昼食の後、午後からは2台の車に分乗し、何の道具も持たずに(!)現場に移動する(ぼくらの車は持参した道具を積んであり、彼らについていった)。呆れるとともに、あ~人を助けることの端緒ってこうなんだなと、0が1になる瞬間を目撃したようなうれしさを感じた。

東日本大震災から多数のボランティア受け入れ機関を見てきたが、ここは恐らく一番素朴で、手弁当で働く人たちが集まっているのだろう(…といっても数人だけだが)。

訓練されたボランティアセンターは、活動者に「(魚の)切り身」のようなニーズをあてがう。
が、それが生み出されるまでには頭(そもそも支援すべきことなのかどうかといった検討)があり、そして尻尾(どう遂行すれば効率的になしうるのか)まであるのだ。しかし多くのボランティア活動者は歯車となるので、頭や尻尾について考えることはない。

たぶん、この最も脆弱で柔らかい受け入れ機関に来たことは、「制度化されたボランティア」と「とるものもとりあえず近所を助ける行為」のグラデーションについて考え啓発されるいい機会になった。

そしてそれに気づいたとき、ぼくは浸水2m、道路の舗装が崩れ、アスファルトの砕片や砂利がまだらに流入してしまった広い田んぼにいた。

茨城・常総 豪雨水害ボランティア(援人 1105便)

依頼主は来年も作付けするという。だからできるだけ早く瓦礫類を撤去しなければ間に合わない。

社会福祉協議会が運営するボランティアセンターはこういった依頼を受けず、すでに縮小フェーズに入った(一次情報ではないが、複数のボランティア活動者からそう聞いた)。

ぼくが常総で目にしてきた景色の多くは、広大な田畑の間にポツンポツンと点在する家々だ。

農業が基幹の常総で、水害で被害を受けた田畑を残したまま、重要なレバレッジ(梃子)機関である社協ボラセンが終息に向かっていいのだろうか? 田んぼに流れ込んだアスファルト片や砕石をホーとテミで片付けながら、怒りが湧き、そんなわけはないと思った。

誰がやってもいい、私設ボラセンもいいだろう。ぼく自身はどんな機関の下でもいい。ただ社協ボラセンが後退するということは、全国に「もうボランティアは要りません」というメッセージを発することになるじゃないか。

人を助けるってどういうことだ?
この人を助けてください、はいわかりました、じゃなく、誰を助けるべきなのかに遡って考えることができなければ、誰であれ「馬鹿」とレッテルを貼られても仕方がない。

お手伝い後、気になっていた「常総やきそば」を買いに新石下の「うまか亭」さんに。
持ち帰り専用店なので帰宅してから食べたが、太めのちぢれ麺にニンニクチップの風味がよく合っていて、これはB級として結構うまいのでは。

茨城・常総 豪雨水害ボランティア(援人 1105便)

晩ごはんは本石下の「寺田屋食堂」で食べた。

茨城・常総 豪雨水害ボランティア(援人 1105便)

昭和で時がとまったようなザ・地元という店で、10人も座れば満席。あと、料理が出てくるのはゆっくりめだった。

地元のディープな雰囲気を味わいつつ楽しく食事──のはずが、相席になった地元の人たちの話が…。

「罹災証明がなかなか下りない。金持ちから下りるらしい」
「ボランティアって人たちはありがたいね。何度も片付けてもらったよ」
「勤めている店が閉店になる。気持ちが落ち込んでしまう(勤めている店が水害を機に閉店になる様子)。制服にアイロンをかけて返せというけど、アイロンは水に浸かってしまったし…」
「命があったんだから幸せだよ」

ビールを飲みながらで、彼らの口調は明るかったが、内容は重かった。

ぼくらが店を出る際、着ていたチームTシャツでボランティアだと気づかれてしまう。
「ありがとう」と何度も言われ、「がんばってください」と答えて、店を出た。

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