茨城・常総:災害ボランティアを知らず疲れ切る人たち ハウス6棟の泥掻きをなんとか終了(援人 1018便)

Posted on 2015年10月20日. Filed under: volunteer | タグ: , , |

ボランティアチーム援人、1018便、2015年10月18日の茨城県常総市での水害ボランティアの活動記録。

「災害ボランティア」という存在は、もっともっと多くの人に知られるべきだと思う。

常総でお手伝いを重ねるうちわかったのは、「ボランティア不足」という状況は確かにあるが、一方で「浸水した家の片付けなどをボランティアに頼めることを知らない人」が大勢いるということ。災害に遭った多くの人たちは、自分だけではどうにもならない状況に陥る。災害ボランティアの存在を知っていれば、疲れ、途方に暮れたとき頼めるはずなのだ。そして必要な人手が明らかになれば、次にボランティア不足問題をなんとかすればいいのだ。

シルバーウィークのTさん宅で、工場本体から被災財出しを1日中やった日に次いで、疲れ切った日。

一軒目、門も立派な大きなお宅。築120年だという。
元気村ボランティアセンターを7:45に出て8時過ぎに伺うと、早く着いたことを奥様が何度も驚き喜んでくれる(ご夫婦もその時間には立ち働いていたのだが)。

すでに床板が剥がしてある5つほどの部屋と廊下の床下に潜り、流れ込んだゴミを掻き出す。そして庭の漂着物掃除。沢山の稲わらが散らばっている。主たる作業は終わっており、諦めてもいいか、といったレベルの仕上げ作業だ。今のフェーズらしいものかもしれない。
ただ、床下のゴミも庭の漂着物も結構な量があり、また根気の要る作業だ。お手伝いできてよかったと思う。

常総で水害ボランティア(援人 1018便)

午後は二軒目、農家の敷地の一角にあるビニールハウス6棟(!)に流れ込んだ泥・藁・もみ殻の掻き出しだ。ハウスでは、稲の苗を育てていたという。

6棟のハウスのうち、奥の1棟だけは特に藁が堆積していたが、ぼくは標準を作ろうと数人で手前の1棟からスタート。乾燥した土と藁が数mmほど積もっている程度で、ここを掻き終えるのに30分。こびりついた薄い泥を掻き取るため延々ホーを使い続け、筋肉も心肺もかなりキツかったが、このペースならもう一軒行けるのでは──と思った。しかし、見込みが甘すぎた。

常総で水害ボランティア(援人 1018便)

まず、一番奥のハウス内の堆積物は表面に藁が3~5cm、その下にもみ殻が3~5cm、最後に泥が1~2cmという状況で、堆積物は他の全ハウスに匹敵する量があった。先に数人の男性メンバーが入っていたが埒が明かない。そこで、1~5棟を完全に掻き切って最後に6人で当たろう、と仕切り直しをする(男性1、女性3は袋詰め隊)。

常総で水害ボランティア(援人 1018便)

そして最後のハウスにかかってから二度目の仕切り直し。かなりの量があるため袋詰め隊が追いつかないこと、堆積物が多く「掻き切った面」が判明しづらいことから、一旦外に搬出することに。ホー、フォーク、鍬などで突き崩し、ネコやサンテナ、テミを使って運び出す。さらにストレートな力仕事となった。

水分を含んで頑固な藁や籾殻を剥ぎ取る際は、這いつくばって手で掻き取るのが一番早いとわかった。馬力をかけるときはやはり「手」が強い。人間の体はよくできている。やっぱり自分も動物だ、と思った。

16時を過ぎ、最後に各ハウスで取り残した残渣を猛烈なスピードで集め、土嚢袋を移動し、17時頃に終了。
8時から17時まで。やはり時間が長いと作業量が違い、しっかりやったという充実感もある。体はガタガタになったが…。

常総で水害ボランティア(援人 1018便)

土嚢袋詰めは間に合わず、軽トラ5~8杯分の土砂を残した。ハウス周りの藁も取り切れなかった。が、暗くなるまでベストは尽くした。
夕焼けと三日月の共演がきれいだった。

常総で水害ボランティア(援人 1018便)

未整理だが、ふと考えたことを書き残しておく。

ぼくは東日本震災以前から、いわゆるボランタリーかつ無償のワークはいろいろやってきた。
ウェブ同業者団体のモデレーター(の1人)、オープンソースプロジェクトの仕切りや広報、プロボノ(スキルボランティア)でのウェブ構築など。

その頃いつもなんとなく感じていたモヤモヤ、「とことんまでは打ち解けられない感」「仲間として突き抜けられない感」と、今の災害ボランティアで得られる「仲間とガッツリやれる感」を比べてみて。

あの頃は「細切れの時間」で、皆できることを「無理せず」やればいいよと、つまり皆が皆に対して互いにコミットを求めることが少なすぎたんじゃないかな? それが新しくスマートなやり方だとか思って。で、途中でいなくなる人はいるし、自分も含めてモチベーションは結構波があったし。

ネットでコミュニケーションは便利になり、いつでもどこでも細切れ労力を集めて協働できるようになったけど、それって0.1+0.1+0.1+0.1+0.1+0.1+0.1+0.1+0.1+0.1が本当に「1」かそれ以上になってるのかなぁ?

常総で水害ボランティア(援人 1018便)

今やってるボランティア(被災地でのお手伝い)は、10人が必ずリアルに同じ場所にいるし、少なくとも働いている時間はよそ見やチームワークを乱す行為は許されない。そして10人の力は必ず10以上になってる。そういう経験を重ねることで「この人は絶対信頼できる」って仲間がうじゃうじゃ増えてきている実感がある。

かつては、そうじゃなかった。「この人のこの部分は知っているけど、全部はわからない」「ここから先は突っ込んでいいかどうかわからない。遠慮しとこう…」みたいな淡い「友達」が沢山いた感じ。

結局人間は、これ真剣にやろうぜ! って声かけに共鳴する人がリアルに集まって、苦しくても皆で最後までやり切る、って体験でしか仲間は増やせないんじゃないかなぁ?
ぼくはずっと、大学時代の水泳部の仲間を超える親友はこの先絶対できないだろうって思っていたけど、なんかその考えは改めるべきかな、って人の顏が何人も思い浮かぶから。

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