避難指示解除の楢葉町を抜け、南相馬でハウス解体のお手伝い(援人 0904便)

Posted on 2015年10月1日. Filed under: volunteer | タグ: , , |

援人号0904便(活動日 2015年9月5日土曜日)、原発災害による避難指示区域である南相馬市小高区でのお手伝いの記録。

2015年9月4日から9月5日をまたぐ夜は、福島浜通りから長く避難生活を続ける人たちにとってひとつの「道標」が見えた日、だったのではないだろうか。5日土曜日0時をもって、原発災害による全町避難の市町村としては初めて、楢葉町の避難指示が解除となったのだ。

未明、常磐道でその楢葉町を抜けた。灯りは少なく、目立った変化は感じられなかった。休憩したならはパーキングエリアにも、新たに掲出されているようなものはない。高速道路を走る車もいつも通りの少なさだ。

町に戻った人たちは、まだ1~2割程度だという。皆が万歳三唱しているといった状況ではない。
それでも車の中で、晴れて自宅で過ごせるようになった人たちのことを想像すると、あたたかい気持ちになった。気持ちが少し浮き立つのを味わい、心のなかで祝福した。

帰還するかしないか。どんな選択をするのであれ、きっと重く、必ずしも明るい気持ちになれるものではないだろう。それでも多くの人が、それぞれのペースで納得のいく選択ができますように。また必要なときに前へ踏み出す勇気が湧いてきますように、と祈った。

この日の小高でのお手伝いは、山間部のお宅。依頼主立ち会いはなく純粋な作業の日。ハウスの解体が二棟(一つは家の敷地内、もう一つは離れた農地内)と農具小屋の解体が依頼だ。

南相馬・小高でボランティア(援人 0904便)

空は晴れ。暑さは明らかに衰えてきたが、それでも運動量が多いと、暑さ対策はまだまだ手が抜けないな、と感じる。

まず、草ぼうぼうのビニールハウス解体にかかる。パイプが地中深く埋まっている、スクリュー杭が多いなどで手間取った。ただ未経験者にもう少し細かく指示をすれば早く進んだかもしれない。

南相馬・小高でボランティア(援人 0904便)

続いて農具小屋の解体。狭いこともあり少人数で先行作業せざるを得ず、進みはあまりよくなかった。

作業中、納屋にかかっていたお米の生育カレンダーに気づいた。このお宅は、米をつくっていて、こういう季節の流れに沿って進んでいたんだろうな。

南相馬・小高でボランティア(援人 0904便)

残念ながらというか、当然の継続案件となってしまった。
来週また、気を引き締めてやろう(再びこのお宅を割り当てられれば)。

夕食は二本松「杉乃家」さんで。安定のうまさ、なみえ焼そばセットを頼んだ。

南相馬・小高でボランティア(援人 0904便)

現地に行き、お手伝いしてきたことをブログに書くことの効用についてメモしておく。

何かやったことへのリアクションとして身体に残っているものを、注意して「言語化」してやる、これは大事なことだと思う。
週末の数時間、南相馬で、口には黙らせて(ここが重要)それなりにハードなお手伝いをする。それによって心身がさまざまな刺激を吸収した後は、言語化をちゃんとやらないと、自分が正しく回復できないような感じがしている。

そうすべきときに、不用意にFacebookやTwitterを開いてしまったりすると、
「この投稿はこの人の中に元々ある考えがエコーしているだけで、吟味が不十分だな」
「人の意見を、ちゃんと自分の中でキャッチボールや濾過せずに口にしているな」
など、“身体を通っていない”投稿の数々に悪い意味で刺激を受けてしまい、湯あたりのようになってしまうのだ。

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