旅行:川原ほたる祭り ついでに佐世保と長崎

Posted on 2015年6月2日. Filed under: trip | タグ: , , |

2015年5月30日と31日、長崎県東彼杵郡川棚町川原の「こうばるほたる祭り」を観るため、長崎旅行をした。印象的だったことのメモ。

まずは、行きの飛行機から見えた富士山。今年も登るつもりなので、雪のとけ具合をワクワクしながら眺めた。

飛行機からの富士山

名物「レモンステーキ」は予想を裏切るうまさ

長崎空港からまずは佐世保に移動し、昼食はアーケード内の「蜂の家」にした(前回来たときは、並びにある「白ばら」でトルコライスを食べた)。

佐世保名物の「レモンステーキ」は、熱せられたステーキ皿の上で生肉とステーキソースがジュウジュウ音をたてながら出てきた(→ シズル感あふれる映像はこちら )。
レモンという名前から想像する味とは違い、甘辛いソースにサワークリーム、そしてレモン汁。味が濃く、ご飯にオンして食べるとぴったりのステーキだった。

レモンステーキ 長崎 蜂の家

佐世保の裏道歩きが楽しい

駅近くにある大きく長いアーケード(三ヶ町商店街・四ヶ町商店街)は空き店舗もポツポツあり、やや寂しい感じがする。
しかし脇道に入ってみるとなかなか面白い。古い商店や飲み屋、新しく個性的な飲食店などが点在していて、混沌とした雰囲気なのだ。

佐世保の街

通りを中心として枝道も賑やかになっていき、別の通りと交わり、少しずつ寂れ、また新たな商売が塗り替え…といった変遷を思い浮かべながら散歩するのは楽しかった。

川原でほたるの群舞に感動する

14時過ぎに川原に到着すると、ほーちゃん(石丸ほずみさん)のミニガイドツアーが始まっていたので、合流させてもらう。

川原

クラウドファンディングで修理費用を集めた木造の川原公民館は少しきれいになっていて、中は祭りの準備のため集落の人たちで賑わっていた。

川原公民館

流れ解散になったので、川棚町のシンボル・虚空像山の方へゆっくりと登ってみることにする。

本当にゆるやかな坂道がずっと続く。沢蟹が沢山、ときどきイモリ(?)も道の上に出て散歩している。曇り空の下だが棚田は美しく(川原の上の集落の「日向の棚田」は「日本の棚田百選」に認定されているそうだ)、ときどき農作業をする人にも出会った。

虚空蔵登山口の水くみ場(木場登山口)をゴールとして、引き返すことにした。楽しい軽トレッキングだった。

虚空蔵登山口

こうばるほたる祭りは18時にはじまるのだが、その前からイノシシ肉や、おこわや、ほたるだんごなどを求める人で長い列ができた。

川原ほたる祭り

全体に手づくり感があり、あたたかいお祭りだった。

日がすっかり落ちた頃、賑やかな会場を離れて蛍を見に行ってみる。

石木川は小さな川だ。その川端の草むらの中で、可憐な光がひとつ、ふたつと、ゆっくりと明滅しているのが見えはじめた。
それらはゆっくりと浮かび上がり、意思をもった生き物のものとは思えないような、とはいえ流されるだけの無生物でもないような、なんとも表現できないリズムで揺らぎながら、群舞しはじめた。
息を止めたくなるような美しい光景だった。

川原ほたる祭り

ひとつの光が、橋を乗り越えようと上がってきて、ぼくの目の前5cmぐらいをゆっくりと通りすぎた。そのとき、撫でられたような感じがした。

長崎

日曜日は長崎へ。原爆資料館を見てみたかった。
平和公園は、平坦な場所にある広大な公園だろうというイメージを勝手に抱いていた。実際は、起伏に富む小山のような地形に住宅などが密集し、そこを切り取ったように資料館、原爆落下中心地(原爆公園)、祈念像が建つ平和公園がある。

資料館の数々の展示物の中で、呆気に取られたのは長崎型原爆・通称ファットマン。こんなに大きかったのかと感じ、少し後で、こんなもの一つが一瞬で7万人もの命を消したのか、という思いが湧いてきた。

"Fat Man" 長崎原爆資料館 Nagasaki Atomic Bomb Museum

重い展示ばかりの館内で救いを感じたのは、展示を食い入るように見つめているのは日本人ばかりではなく、欧米人や日本以外のアジアの国の人たちも多くいたことだった。

資料館を出たところの屋台で食べた「チリンチリンアイス」。
秋田の名物ババヘラアイスのように、売り子のおばあちゃんが薔薇のかたちに盛り付けてくれた。

チリンチリンアイス

原爆落下中心地(グラウンド・ゼロ)は、浅いすり鉢状の真ん中に慰霊碑があったが、その他は普通の公園で、弁当を食べている人などもいた。

長崎市平和公園 原爆落下中心地 Nagasaki Peace Park Ground Zero

平和祈念像の青銅色は、晴れた空によく映えていた。
「垂直に高く掲げた右手は原爆の脅威を、水平に伸ばした左手は平和を、横にした足は原爆投下直後の長崎市の静けさを、立てた足は救った命 を表し、軽く閉じた目は原爆犠牲者の冥福を祈っている」という(Wikipediaから)。

長崎市平和公園  平和祈念像 Nagasaki Peace Park

賑やかな高校生団体がやってきた。
が、ガイドは祈念像の解説をすることはなく、高校生たちも像をじっくり眺めることもなく、その前で慌ただしく集合写真を撮ろうとする。こういうのが許されるのも平和の証しなんだよなぁ、と考えた。

長崎での昼食は「おじや」

長崎での昼食は、未体験の「おじや」になった。

しっぽく料理の有名店「長崎卓袱 浜勝」に行くため乗った路面電車を乗りまちがえ、途中で降りて歩いていると、なぜかあの有名観光スポット「眼鏡橋」に出てしまった。続いて雰囲気のいい川端を散歩していると、下調べ中に見た「一二三亭(ひふみてい)」を発見、入ることにした。
長崎 眼鏡橋

ぼくは角煮定食のご飯をこの店の名物「おじや」に替えてもらった(+300円)。

おじや 長崎 一二三亭

甘口のだしで煮詰めたお粥のような感じで、上には白ゴマと刻みネギがたっぷり。 なるほど、これはぼくが知っているおじやではないけど、おいしいものだ。

デザートは、近くの「ニューヨーク堂」で「カステラアイス」。店の名前から敷居が高そうなカフェのような店かと思ったが、懐かしい町のケーキ屋さんといった趣き。

ニューヨーク堂 カステラアイス

お店の人が「3分ぐらい待って食べるとおいしいですよ」と説明してくれたカステラアイスは、カステラの甘さにザラメのアクセント、あっさりめのバニラアイス、というやさしい味だった。

こうばるほたる祭りが行われた川原地区の石木川は、狭いところだと幅が1mもないような小さく浅い川だ。50年以上前に決まった「石木ダム」建設計画に賛成せず、集落に住み続ける13世帯の人たちは今も国や県と戦っている。

付け替え道路工事の強制収用を目的として、平日は毎日のように県職員や工事業者が現場を訪れる。住民や支援者は立ち塞がって阻止する。そんな緊張が続く中で、祭りは集落の人たちの力を集め、例年と同じように行われた。

「国や行政と戦うのは、本当に大変なことです」とある女性が仰っていたのが印象に残った。
彼らは、ないものねだりをする夢想家などではない。現にそこに暮らしていて、これからも生活を続けたいという思いを貫いているだけの人たちなのだ。

この問題に関心が湧いた人は、以下のサイトを見てほしい。

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