南相馬・小高:久々の津波被災家屋でのお手伝い 積み重ねの大切さを改めて思う(援人 0605便)

Posted on 2015年5月19日. Filed under: ボランティア |

ボランティアチーム援人、南相馬市小高区(避難指示解除準備区域)でのお手伝い、0515便(活動日:2015年5月16日土曜日)の備忘録。

曇りから晴れの天気予報は外れ、この日は断続的な雨、曇り、そして午後になってようやく太陽が少し顔を出す(と同時に蒸し暑くもなる)、という天気になった。

南相馬・小高でボランティア(ボランティアチーム援人 0515便)

この日はいきなり、ちょっとしたアクシデントがあった。

朝礼が終わり、お手伝い先の小高区の西南のお宅へ向かった。継続お手伝い中で、最後までやり切る意欲満々の竹林伐採の現場だ。
が、行ってみると様子がかなり変わっている。作業範囲の2/3ほどに赤い鉄棒とトラロープが張られていた。そして地面の雑木などが片付けられ、間伐もある程度進められ、表土が広範囲にわたって剥ぎ取られていた。斜面の下の方にはブルーシートで覆われたトンバッグ群も…。

南相馬・小高でボランティア(ボランティアチーム援人 0515便)

つまり、もう除染業者が入っていたのだ。作業量を見れば、平日は毎日かなりの人数が来たのだろうと想像できるぐらいの変貌だった。

すぐにセンターへ電話。ボラセンに依頼があったからこそやっていた作業なのだが、すでにプロが進めている以上ボランティアが介入する理由はない。撤収することになった。
この竹林伐採のお手伝いを最後まで、と高い意欲を燃やしていたのに──。こんなかたちで突然終わったのはやはり残念だった。

センターへ戻って指示を仰ぎ、二件め、原町区(避難指示区域)の個人宅へ。すでに一チーム入っていて、その応援だという。家屋の奥にある小屋(豚小屋だった、と後で説明を受けた)から大量の木材、木屑、土砂などを運び出すのが依頼内容。

ここは津波被災家屋らしく、壁など150cmほどの高さに浸水のシミがあった。

家屋の中に入り、土埃がもうもうと舞う中作業し、スコップやネコ(一輪車)をフル稼働させるという、震災の年に宮城や岩手でやったようなタイプの作業だ。

南相馬・小高でボランティア(ボランティアチーム援人 0515便)

先行して現場にいたチームは若者たちで構成されていた。
服装についての認識が甘いなどいくつか問題があり、協働はなかなかストレスフルだった。
ぼくらのチームも素人ではあるが、募集時には必須装備について呼びかけ、作業後にはヒヤリハットの共有をしたりと、それなりの「積み重ね」がある。その重要さを改めて認識した。

南相馬・小高でボランティア(ボランティアチーム援人 0515便)

お手伝い現場の環境、依頼者の意向(必ずしも明確に伝えられないことがある)、天気、道具の扱い方、帰還を巡る政策の変化など、小高でのボランティア活動は身体ばかりでなく精神もよく鍛えられる。しかし、そもそも十万単位の人が住める家を追われ長く避難を強いられるという事態こそが、前例のないものだろう。

ぼくらは「ド素人」ではなく、「謙虚に学びつつある素人」として、苦境にある人たちをまだまだ助けていきたいと思う。

帰路は二本松、杉乃家さんへ。ぼくが食べたのは、諸事情あってメニューにはないカキフライ丼とラーメンのセット。南相馬でお手伝いをした後は、このお店のあたたかい雰囲気に触れ、おいしい夕食を食べるのが本当に楽しみなのだ。

南相馬・小高でボランティア(ボランティアチーム援人 0515便)

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