南相馬:仮設住宅を訪問 帰還を迷うことに不思議はない(援人 0327便)

Posted on 2015年3月27日. Filed under: volunteer | タグ: , , , , |

ボランティアチーム援人0327便、2015年3月28日土曜日、福島県南相馬市でのお手伝いのメモ。

深夜、10人のメンバーを乗せたワゴンは常磐自動車道を南相馬へ。
新設されたならはPA以北、帰還困難区域などでは左右の景色がほぼ真っ暗に沈み、道路だけが浮かび上がっているような錯覚に陥る。そんな中、町の灯が見えるとなんともあたたかい気持ちになる。明かりって大切だな、と感じる。

明かりって大切だよな、と思う。ならはPA以北、ほぼ漆黒の帰還困難区域なども通る常磐道。町の灯が見えると、なんともあたたかい気持ちになる。

南相馬市鹿島区北海老に車を走らせ、夜明けを迎えた。周囲は均され荒涼とした地面、一部嵩上げされた地面、防波堤が完成したところ、これからのところ…などが混じっている。
文句なく晴れそうな日の出だ。

南相馬市鹿島区、夜明け。

朝食のため立ち寄った原町のミニストップで、メンバーHさんが再会を約束していたお母さん(先日ハウス解体のお手伝いをした依頼者)とお会いした。手芸の話が盛り上がり、情報や材料(?)を交換するためだったらしい。
お手伝いのときはやや地味で元気がなさそうな印象だったが、今朝はピンクのダウンベストにスカーフなど早春らしいお洒落をしている。それを見てちょっとうれしくなった。

小高区役所の前に、相馬野馬追・野馬懸の大きな告知看板が出ていた。常磐道も全面開通したことだし今年はさらに人出がすごくなるんだろう。

うぉ、野馬追・野馬懸の告知が出てる。小高区役所前。常磐道全面開通で、今年は人出がすごいんだろうなぁ。

南相馬市ボランティア活動センターは、拠点として借りていた社協会館を3月末で返却する。そのため、この週末は引っ越し作業の終盤段階だった。
この日すでに会館前のテントは撤去されており、気持ちいい晴天の下での“青空朝礼”が行われた。

南相馬・小高でボランティア(援人)

援人チームのお手伝い内容は、鹿島区の仮設住宅を回ってセンター移転の告知チラシ配布となった。ガテン系ボラばかりのこのセンターでは、滅多にない仮設訪問。ぼく自身は一度だけ経験したことがあった。

前回のお手伝いを思い出し、出発前にメンバーには以下のような要点を説明する。
「出身地などを無理に聞き出さないこと(代わりに小高と原町の一部でお手伝いできるボランティアです、と説明すること。話を聴く側が無理に過去を語らず、自分で要否を判断できるから)」「4月1日のボラセン移転を簡潔に説明すること」「『ボランティアセンター』や『ボランティア』自体ピンとこない人には、それについても説明すること。必要なら無償のお手伝いだと強調すること(年輩の方などは「なぜタダでやってくれるのか」など訝るケースもある)」
また、相手の話がそれて長く話を続けても、遮らずただ聴くようにしよう、という点も。

南相馬・小高でボランティア(援人)

地図に従って中小規模の仮設住宅を回り、一軒ずつドアチャイムを押し、興味を持つ人には説明をしていく。

ぼくはOさん(女性)とペアで回っていった。玄関口で話し込むうち、震災からのこれまでの重い話をはじめる人もいて、聴きながら何かしてあげられないか? と頭を回転させたが、フォローの言葉すら容易に思いつかないケースが多かった。

南相馬・小高でボランティア(援人)

息子さんが新たに建てている家の完成を楽しみに待ち、よく現場に足を運んでいるという老婦人。
生業だった農業ができなくなり、ひきこもりがちだという男性。
年を取ったので広い家よりコンパクトな仮設の方がむしろ暮らしやすい、夫は不満たらたらだけどうまくあしらって円満な仲を保っているわよ、と快活に笑う女性。

皆、話を聴いてもらいたがっている。そして話を続ける途中で詫びる。長く話をすると相手に負担をかけると気にしているのだ。

普段ぼくらはニーズ票に記載されたお手伝いをこなす立場だ。今回はそのニーズの背後にいる人たちと会い、思いを聴いた。今後小高に足を運ぶことへの思いがより深まったと思う。

仮設住宅回りを終え、小高に戻ると社協会館はきれいに片付けられていた。
最後に前で集合写真を撮って、別れを告げる。

南相馬・小高でボランティア(援人)

夕食は四倉パーキングエリア。評判の「産直や よつくら亭」さんへ。いわきの海の幸を使った定食や丼メニューが豊富で、港町の定食屋のようなダイナミックさがある。ぼくは刺身定食(980円)を食べた。

南相馬・小高でボランティア(援人)

福島民報(2015年3月26日)に載った「『帰還意向』46% 小高区住民調査『戻らない』26%」という記事を、この便でお手伝いに行く前に読んでいた。

「帰還意向」46% 小高区住民調査 「戻らない」26% 福島民報 2015/3/26

4年以上も帰ることを禁じられ、将来の復興にも不安がある町への帰還を4割以上の人が望んでいる。正直よい数字なんじゃないか、と思った。

この日仮設で話を聴いた男性はこの調査に触れ、自分は「5年~10年」と答えたこと、その理由はそれほど先でもなければ帰還のことなど考えたくないからだ、と話した。いつ仮設を出なければいけないか心配だ…とも。

長い苦しみがこびりついたような彼の顔を見ながら話を聴いた。そしてああこの人は普通の人だ、という思いが湧いてきた。

震災・原発事故という巨大な暴力に遭えば、誰だって長く茫然とするだろう。戻る・戻らないという選択の手前で未だに逡巡している人がいることには何の不思議もないのだ、と思った。

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