南相馬:復興のため、揺らがない、壊れない部品であること(ボランティアチーム援人 0220便)

Posted on 2015年2月22日. Filed under: volunteer | タグ: |

ボランティアチーム援人、福島県南相馬市小高区(避難指示解除準備区域)で、2015年2月21日土曜日(0220便)のお手伝いのメモ(の断片)。

福島浜通りの国道6号線沿いの、富岡町、大熊町、双葉町、浪江町以南の町と、南相馬市小高区には、明らかな違いが感じられる。小高の町が徐々に端正さを取り戻してきたのは、もちろんほとんどが復旧工事のお陰だが、ぼくたちボランティアの力も少しだけ役立っている。そのことに誇りを感じることができる。行く意味のなくなるときまで、粛々と続けたい。

南相馬・小高でボランティア(ボランティアチーム援人)

そろそろ、また3月11日がやってくる。4年めだ。ボランティアセンターでも、東京のテレビ局の取材スタッフを見かけた。

今日のお手伝いは、小高の西側、常磐自動車道に近い区域での竹林伐採だった。
現場の竹林は10m×15mくらいの面積で、畑の間に浮かぶように沢山の竹が林立していた。密度は濃く、太さ15cmほどの立派なものもいくつかあった。

南相馬・小高でボランティア(ボランティアチーム援人)

これまでの経験から、一気に伐採して積み上げすぎると効率が悪くなるので、伐採、後行程の枝払い、丈詰め、チッパー処理にバランスよく人を割いて進めていく。枝払いがボトルネックになってきたのを見て、途中から細い竹はそのままチッパー処理に回すようにした。

南相馬・小高でボランティア(ボランティアチーム援人)

昼頃そのチッパーが故障してしまったこともあり、今日中の完了は難しいと判断。午後からは30分と決めて新たに竹を伐採した後、杭を打って竹をまとめる。枝や笹も敷地内に集め、15:30に終了した。

南相馬・小高でボランティア(ボランティアチーム援人)
進捗は40%ほどだろう。
竹林は小さく見えても後処理まで含めると作業量はとても多く、最近は一回で終えられたことがない。今回も、10人チーム換算で1日ぐらいの作業を残してしまった。できることはやったが、未消化感もあった。

南相馬・小高でボランティア(ボランティアチーム援人)

最近の小高は、個人宅や私有地など除染(といっても主な作業は表土剥ぎのようだ)が方々で進められていて、再帰還に向けた作業工程が進んでいることがわかる。今日のお手伝い場所の近くでも、作業員が小山の斜面を草刈りする刈払機の音がずっと響いていた。

避難指示解除まであと1年と少し。ボランティアへの依頼も、より厳密な期限付きのものが増えてきた気配がある。依頼主のことを考えれば、「依頼されてからなるべく早く終わらせてあげること」も重要なはずだ。ノウハウを溜め、チームワークを高め、毎回少しでもニーズ消化を先へ進めたい、と思い直した。

帰路、東北道を行くワゴンに揺られ、今日の未消化感を反芻しながら、こんなことを考えた。

車のタイヤに自意識はあるだろうか? いや必要だろうか?
必要ない。ただ走行を支え続ければいいのだ。そして、タイヤは重要な存在だ。

多くの人が一廉(ひとかど)の人物になることをめざす。中枢部へと登りつめ頭脳になろうとし、賢しさを得るために手足の堅牢さを捨てようとする。

が、ぼくはつまらない部品でもいい。いやむしろ、担い手が少ないならつまらない領域こそ甘んじて受ける。ただそうであるなら揺らがない、壊れない、堅牢な部品でありたい。
そういう立場で「復興」という巨大な取り組みの一部であり続けたい、と思う。

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