「あなたはよいことをやっているが、あなたの言葉は他人に響かない」問題

Posted on 2014年12月5日. Filed under: 未分類 | タグ: |

そこかしこで(自分の中にも)見ることができる、「あなたはよいことをやっている。問題なのは、あなたがそれを説明しても多くの人に響かないことだ」問題について。

Twitterのように「好みの人をフォロー/アンフォローできるサービス」では、自分の投稿内容によってフォロワーが増えたり減ったりする。多くの人にRTされるような投稿をするとフォロワーが増えるが、以後の投稿が新たなフォロワーの好みに合わないとその人は去っていく。

そんな中で、ぼくのAという関心分野を好んでフォローしてくれた人に分野Bの投稿を届け、その人にBへの関心を芽生えさせることができれば、それは「行動変容」の入口なんだろう。希望のある話だ。だから、TwitterやFacebookは言葉の力を磨く場所としてとてもよい稽古場だ。

現代は棍棒で殴り合って勝者を決める時代ではないから、「言葉」は人の最強の武器の一つだ。
言葉の発し方を磨いて、人を動かすことができるのはとても面白い。「この人(たち)にどう話せば伝わるのか。変わってもらうことができるのか」は、何かを実現したい人にとって、常に問い続けるべきことがらだろう。

関連して。Tumblr経由で内田樹さんのちょっと前のブログ記事が引っかかった。引用しておく。

現状認識やなすべき手立てについて、自分と考え方が違う人と対面状況に置かれたときに、多くの人は、両者の意見の相違の理由をもっぱら「オレが利口で、あいつがバカだから」と思い、口にもする。
だが、当人が言うように、知的力量にほんとうに天地ほどの差があるのなら、相手を説得するくらいのことはできてよいはずである。
クリアーなロジックで、平明な文体で、カラフルな比喩を駆使し、身にしみる実例を挙げて、「なるほど…そう言われれば、そうですね」というところまで導けるはずである。
でも、そういうふうな話し方をする人を、私は論争場裏では見たことがない。
論争的場面において、人々は詭弁を弄し、論点をすり替え、相手の思考を遮り、相手が「むずかしいことも理解できるように知性が好調になること」を全力で妨害している。
それは論争の目的が、相手の知性を不調にさせて、ふつうなら理解できることも理解できなくなるように仕向けることだからである。
論争相手を知的に使い物にならなくすることによって「どちらがボスか」という相対的な優劣関係は確定する。
この優劣の格付けのために、私たちは集団全体の知的資源の劣化を代償として差し出しているのである。
よほど豊かで安全な社会であれば、成員間の優劣を決めるために、競争相手を効果的に無能力に追い込むことは効果的だろう。
けれど、それは「よほど豊かで安全な社会」にだけ許されたことであって、私たちの社会はもうそうではない。
私たちは使える知的資源のすべてを最大化しなければどうにもならないところまで追い詰められている。

via 暴言と知性について (内田樹の研究室)

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