南相馬・小高:再び出荷再開を願う農場でのお手伝い(ボランティアチーム援人 1107便)

Posted on 2014年11月10日. Filed under: Roundup | タグ: , , , |

ボランティアチーム援人、1107便、2014年11月8日土曜日の南相馬・小高でのお手伝いの記録。

早朝、鹿島区の真野川河口に鮭の遡上を見に行った。

南相馬・小高でボランティア(援人号 1107便)

この日のお手伝い先は、ホームセンターなどに苗を卸している大規模農家さんだった。ハウスが建ち並ぶ規模は、去年ぼくらを含め多数のボラがハウス解体のお手伝いに行ったあるファームよりさらに大きかった。ボラセンからはすでに5、6回行っている大きな継続案件だ。

依頼者(この農園の経営者)は震災後、いくつかの避難先へ経て関東のある県へ。震災前の納入先から早く出荷をと促されたこともあり、そこにハウス(賃貸)を見つけ、農業を再開した。が、小高ではピーク時に30人ぐらい雇っていたという人手集めがとても難しかった。
そこで今年8月に南相馬に戻り、夫婦二人で原町の仮設に。ハウス群と同じ敷地内にあるご自宅は電気水道は戻ったがボイラーが壊れ風呂に入れないため、特例宿泊などがあってもまだ自宅に泊まれないという。

南相馬に戻ったとき、家の周り、ハウスに至る道などは2m以上の雑草に覆われていたが。ボランティアたちが少しずつ切り開いた。現状避難指示区域である小高で作物を育てても、震災前と同じような出荷のメドは立てることができない。が、、ボランティアたちの手伝いにも励まされ、いつになるかはわからないが、小高で事業を再開したいと思っているという。

南相馬・小高でボランティア(援人号 1107便)

ぼくらのお手伝いとしては久々の依頼主立ち会いであり、それもシニアではなく現役世代、事業の再開を期している方たった。依頼主自ら片付け作業をされていたので、ぼくらも前向きな気分で“少しでも多く終わらせるぞ”とがんばることができた。

おそらく100人日以上の案件なので終わることはなかったが、ハウス三棟の残材出し・草刈りにメドをつけることができた。

この日は九州・川内原発の再稼働が決まったというニュースが新聞(福島民報)にも載っていた。

南相馬・小高でボランティア(援人号 1107便)

そんなとき、まさに原発災害によって苦しめられ、再起を期する方のお話を聞くことの意味は重かった。

広告

Make a Comment

感想やアドバイスがあれば、お気軽にどうぞ

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

Liked it here?
Why not try sites on the blogroll...

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。